死神と女神の狭間 第一章  

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「すごいすごい!ねえ、さっきの!どうやってそんな技、みにつけたの?」
 メロウは自分を救ってくれた女の手を引きながら、つい先刻とはうって変わって、機嫌よくはしゃぎまわっていた。
「石をなげてあいつらをやっつけるなんて、すごいよルナン!」
 ルナン、と呼ばれたその女性は、それに対しさめた様子だった。
「……あれも仕事だから」
「仕事?ねえ、ルナンってどんな仕事してるの?」
 と、メロウは元気にしゃべり続ける。
 もうどうすることもできないと思われたあの状況から、みごとに男二人を倒し、自分を助けてくれたルナン。そんな彼女に、好奇心の塊となっていたメロウは、お礼と称して彼女を収穫祭のメイン通りへつれ出しながら、聞かずにいられないことを次から次へと尋ねていた。
「ねえ、仕事!どんな仕事なの?」
 そのメロウの質問攻めに対し、一方のルナンはひとつひとつ丁寧に答えていた。
「国付きの警備員、といえばいいかしら。この街の警備を任されているの。今日はオフだったけれど」
「え、じゃあ警察の人?すごーい、かっこいい!だからあんなに落ち着いてたんだ」
 メロウはいたく感心するとともに、偶然警察の人間が通りがかったという自分の不幸中の幸いを純粋に喜んだ。
「女の人でも、警察の人は強いんだ。男に勝っちゃうんだもん」
「……まあ、仕事だから」
「ふ〜ん。とにかく、さっきはありがとう。今日は時間あるんでしょ?」
「……まあ」
「じゃあ、うんとお礼するから!」
 そう言いながら、メロウはルナンを、喧騒と歓喜の声が激しくなってきた祭りの方へ、なかばむりやり連れて行った。
 雨が上がり、祭りはいつものにぎわいを取り戻していた。大通りでは出店から客を呼ぶ大きな声が聞こえ、広場では楽団がゆかいな曲を演奏し、道ばたでは道化がこっけいな演技を披露する。残り二日となった祭りの日を一秒たりとも逃すことのないように、人々はみな、おもいおもいにさわぎ、うかれ、楽しんでいた。
 メロウもルナンとともに、雨上がりの祭りを歩いてまわった。

 地元名物の菱まんじゅうをほおばる。とてもおいしい。

 人だかりの中に混じってサーカス団の技をみる。ルナンのようなナイフ投げの技術に感動。

 ネズミのレースで三番の「ヒットピチュー」に十ラムを賭ける。デットヒートを演じたがおしくも二位。

 噴水広場で休んでいると、子供たちと遊んでいるシロネコの着ぐるみに遭遇。かわいさに思わず見とれる。

 各種装飾品の並ぶアクセサリー店。小さく素朴な紫色のネックレスが気に入り購入する。
 大切にそれを箱にしまうメロウに、ルナンがはじめて自分から口をひらいた。
「それ、だれかにあげるの」
 きかれ、メロウは大きくうなずきながら、ルナンにつげた。
「うん。うさぎちゃんにあげるの」
「うさぎちゃん?」
 けげんな顔をするルナンに、メロウは少し視線を外にそらしながら、小さく云った。
「私のともだち。うさぎちゃんに」
 つぎ、どこにいこう。メロウは少しだけ表れた自分の内にある気持ちをしまい、ルナンをまた人だかりの中へひっぱっていった。
 大通りの人の込み具合は、時間が経つごとに増していく。いまや二人がなかなか身動きが取れないほどに、通りを歩く人がふえ、そしてにぎやかになっていた。それは街の端から端まで埋めるようなおおきなうねりとなり、このネイル国の中でも、最も密度の濃い時間が流れているに違いなかった。いつもなら夜になってからしか開かない居酒屋でさえ、もう昼過ぎから店の扉をあけ、そしていまや盛況となっていたのだから。
 メロウとしては、実は、はじめはルナンをこの祭りに誘うことに不安を抱いていた。しかし彼女の目からみて、ルナンは口数こそ少ないものの、それでも彼女なりにお店まわりを楽しんでいるようだった。ブローチを手に取って隣のものと見比べたり、茶葉の香をたしなんでうなずいたりしている。メロウもそれに同調し、すこしずつ、ルナンとの会話を深めていった。
「ルナンって、紅茶がすきなの?」
「そうね。でも、ハーブの入ったものの方が好き」
「ハーブティー?へえ〜、やっぱりルナンっておとなっぽい」
「……おとなっぽい?」
「うん。ハーブティーって、そんな感じしない?味よりも香りを楽しむものだから、大人の飲み物、っていう感じがする」
「……そうかしら」
「そうよ。私はそう思うな。ね、なんのハーブがすきなの?レモングラス?ラズベリー?」
「ミント」
「ミント?じゃ、あとでミントティーおごっちゃう」
「……そこまでしてくれなくても。さっきから全部あなたにおごってもらっているし」
「いいの!今日はルナンにたっぷりお礼するって決めたんだから」
 メロウがそう伝えると、ルナンはほんのわずか両目を細めて云った。
「……ありがとう」
 それを聞いて、メロウは心の中ですこしほっとするとともに、うれしさを感じた。ちょっと見ただけでは分からないが、これがルナンの精一杯の喜びなのだと思えた。
 そうしてメロウは、知り合ったルナンとの会話を、祭りの間中ずっと楽しんでいた。機嫌よく、さわがしい通りを二人でねり歩く。アクセサリー、民芸品、お菓子。広場では手品のパフォーマンスやコーラス、特設舞台での見世物などなど。
「よお、そこのカワイイねーちゃんたち!!ここらでひとつ粋なゲームなんてどうだい?」
 そんななか、メロウとルナンが次に声をかけられたのは「的屋」だった。
「ゲーム?」
 メロウが反応すると、男が勢いよく答えた。「ソウ、ゲームだ!」
 的屋、といえば、用意された小さな球を店の奥にある棚に並んだ人形に投げつけ、倒せばそれが手に入るという非常にシンプルな遊びを提供する店のことだ。
 そういう意味では、この店はしごくまっとうな的屋だった。軽くも重くもないごく標準的な球があり、棚には人形や置物など、どこにでもあるようなごく標準的な品物が並んでいる。
 しかし、ひとつだけ妙な点があった。
 それは、店主の格好だった。
「ハハハ!この『マッスル肉弾ストレート☆ウルトラDX』、キミタチにクリアできるかナ?」
 そういうこの店の店主とおぼしき男は、パンツ一丁の覆面だった。
 筋肉質の体に、怪しげなトラ柄の覆面、そして紺一色のパンツ。それ以外は、かろうじて靴をはいているものの、それ以外は地肌をさらけだしていた。
 店にはひとりの客もみえない。出店だから、それはよくあることだろう。しかしこの店の場合は、今の状態が長時間続いていたことは容易に予測された。なにせ店主がこの格好では、
「怪しすぎる」
 そうルナンに云われても、不思議はまったくなかった。だが、言われた店主は露骨にうろたえた。
「な、なぜダ!オレはいつも誠実かつ実直をモットーにこの的屋をアピールしてきたのに……」
 ルナンがどこか遠い目をしているのに、その店主、およびメロウは気がついた。
「そんな目をするナ!いっぺんやればワカル!」
 メロウも、祭りをルナンと楽しみたい一心で、筋肉男を弁護した。
「そうよ、ちょっとこの格好は犯罪的かもしれないけれど、中身はまともだと思うし」
 メロウはフォローしたつもりだったが、男は犯罪的といわれて多少ショックをうけたようだった。
「でも、これは逮捕すれすれの線よ……」
 街警察ルナンはぼやくが、それもメロウの元気な声にかき消された。
「とにかく、やってみようよ。意外と楽しいかもしれない」
 積極的なメロウに押されてか、ルナンもそれ以上は何も云わなかった。
 そうして、二人はこの店「マッスル肉弾ストレート☆ウルトラDX」に挑戦することとなった。
 ルールは、手もとのボールを三回投げて、やや離れた棚の上の対象物に当ててそれが倒れれば自分のものになるという、いたって的屋らしいもの。それを説明すると、『犯罪的』から立ち直った店主が、今度は挑戦的に話す。
「さあて、マズはどちらからやるのかナ?」
「わたしから!」
 手のひらよりやや小さな青い球をもち、さっそくメロウは狙いを定める。棚の上には安っぽいお菓子から高級ネックレスのついた像まで様々なものがあったが、彼女の視線は一番右下の、羽ばたく鳥の人形にむけられていた。
「よーし、絶対とってやる」
 メロウは意気込んで、球をもった手を構えた。そして、勢いよく人形に投げつける。
 球はうまく人形に向かっていき――
 ぺちん。
 しかし、意外に重い人形だったためか、当たった球は簡単にはじかれてしまった。
「あっ」
「フッフッフッ。残念だったナ。さあ二投目ダ。あ、魔法は使用禁止だからナ!この魔法を検知する水晶球が……」
「わかってる!」
 再び球を渡し、静かに笑い声をたてる覆面男。メロウはさっき以上に力を込めて、それを投げつけた。
 しかし今度は力みすぎたのか、球は人形をそれていった。
「フハハハハ!まあオマエの力ではそんなものだろうナ!」
 およそ客を相手にした的屋の店主とは思えない言いぐさに、メロウはよけいむきになった。
「くう……!はやく三つ目の球、ちょうだい!」
 メロウは覆面男が手に持った球をかっさらい、右手でぎゅっとにぎりしめた。
「ぜったい、これで決めてやる!覆面男なんかに言われっぱなしにさせない!」
「まあせいぜいガンバルんだナ、はねっかえり娘」
「だれがはねっかえりよ!」
 興奮して熱をおびるばかりのメロウは、強くにぎった右手を思い切りふりあげ、人形に向かって最後の一投をおこなおうとした。
「まって」
 そのとき、ルナンがとつぜんメロウを止めた。
「えっ、なに……、ルナン?」
 とまどうメロウに、ルナンは小さな声でささやいた。
「力が入りすぎてる。それじゃあ、人形にあたらない」
 ルナンはメロウを後ろに下がらせると、覆面男に聞こえないよう、背中を向けてメロウに言った。
「腕の力を抜いて。右手の小指をつかって……」
 メロウは思い出した。そうだ、ルナンは『小石を投げる名人』だった。覆面男の挑発に乗って全くそのことが頭から抜け落ちていたメロウは、少し気持ちを落ち着かせながら、ルナンのアドバイスに全幅の信頼をおいて聞いた。
「こう?」
「そう。それで投げるときは、しっかり肩を後ろまでひいて……」
「わかった。でも、あと一回しか残ってないのに、うまくできるかな」
「それはあなた次第。でも、これができないとたぶん、あの人形は倒れない」
「――わかった。やってみる」
 再び二人がもどってくると、覆面男の不敵な笑みが待っていた。――いや、実際には覆面に隠れていて笑みも何も見えないのだが、そうした類の表情をしていたことを、メロウは彼の雰囲気から容易に想像できたのだ。
「なんだなんだなんだ、作戦会議カ?そんなことしても無駄なあがきダ。さっさと投げた方がいいゾ、はねっかえり娘」
「ふん。もうあなたの挑発にはのらないもの」
 メロウは覆面男をいちべつし、目を閉じてさきほどルナンに教えられたことをイメージした。
 小指に力を。はじめは軽く。
 肩をしっかり引いて。手首を柔らかく。
 そして、意識を目標物に集中させる。
 彼女は深く息を吸いこむと、羽を広げた鳥の人形をしっかりと見すえ、球を振りかぶる――
「えいっ!」
 三投目が、彼女の手から投げ放たれた。
 それは、即席で試みた投げ方にしては、さきほどより明らかに勢いが勝っており、かつ正確だった。
 メロウの手から放たれた球は一直線に、羽ばたいた鳥の人形目がけてとんでいき、そして、みごとに鳥の顔面にあたる。
 人形の片足があがる。
 倒れるか?
 倒れる――。
 だが、ぎりぎりのところで人形は持ち直し、若干向きを変えただけでもとの姿勢に戻ってしまった。
「ああーっ!!」
 メロウは、きわめて惜しいチャンスをものにできず、おもわず大声をあげた。それとは対照的に、覆面男の方は勝ち誇ったような大声をあげる。
「ハハハハハハハ!!ざんねん!いやー、実に残念だったナ!まあはねっかえり娘にしてはよくやったほうじゃなかったのかナ?ン?だがこれがキミの限界ってことダ!ハハハハハ!!」
 覆面男にさんざん罵られ、力の抜けきっていたメロウは、胸の中にえもいわれぬくやしさがこみあげていた。
「……もう少しだったのに……」
 涙目になりながら、メロウは無情にも棚にふみとどまった鳥の人形をみつめた。精一杯やってもなお届かなかったあの人形に、彼女は無念さを隠せず、声を震わせた。横で覆面男が浮かれていることがなお悔しい。
「……あなたはよくやったわ。でもあれじゃ仕方ない」
 と、後ろからルナンが右肩に手を置いてくれたのをメロウは感じた。メロウはその手に左手でふれ、力なくつぶやく。
「そうね。私の投げ方じゃ、あの人形が倒れないのも仕方ないし……」
「そうじゃないの」
 そう、ルナンが相変わらずの涼やかな口調で云った。
「あなたはよくやった。普通なら、あの人形は倒れてた。でも、あの『しかけ』じゃ仕方ない」
「えっ」
 メロウは一瞬、ルナンの云った意味がよく判らなかった。その間に、ルナンは覆面男に告げ、球をうけとっていた。
「フフフ。こっちのやつも興味がでてきたようだナ。かたき討ちカ?ま、せいぜいがんばるんだナ。フハハ」
 よゆうたっぷりの表情で、覆面男はルナンを見下ろした。――いや、実際には覆面に隠れていてよゆうたっぷりも何も見えないのだが、そうした類の表情をしていたことを、メロウは彼の雰囲気から容易に想像できたのだ。
 メロウはそう思うと、しぼんでいた意気が再びふくらみはじめるのを感じた。覆面男に、これ以上なめられてはいけない。それは、彼女のプライドが許さなかった。
「そんなか細い腕で狙えるのは、ま、せいぜいこの小さなお針箱かマッチ棒くらいなもんだナ!」
「ルナンを甘くみないでよ!ルナンは小石で男を二人も倒せるくらい、すごい腕なんだから!」
「ハハハハハ!おもしろい冗談だナ!こんなやせたひょろひょろの女に、小石なんかで男がやられるわけないダロ!」
「やられたわよついさっき!一人がすぐに倒されて、もう一人の男なんか、私の横でずっとルナンを恐がってたのよ!」
「メロウ、あまりそのことは……」
 ルナンに止められ、メロウはさらにしゃべりだしそうになるのをややこらえた。
「……と、とにかく、ルナンはすごいの!ちゃんとその目でみてなさいよ!」
 ルナン、お願い!とヒートアップするメロウにうながされ、ルナンはゆっくりと前へ出た。
 いつのまにか、メロウと覆面男、二人の大声に、通りの人もなんだなんだと興味をもって、店の前に集まっていた。これからを投げようとするルナンの姿に、その視線が集中する。
「さあ、ギャラリーがふえたゾ!ん?緊張して手がふるえてるんじゃないカ?」
「別に」
「クッ……」
「……あの鳥の人形を狙う」
 覆面男の挑発に一切のる様子もなく、ルナンは静かに目標を告げ、右手をかまえた。
「ルナン……」
 メロウは祈るような思いを、ルナンの方に投げかけた。ついさっき、男に捕まっていたときと同じように。
 ルナンは、全く平然とした表情のまま、右手を振りかぶる。見た目には、メロウの投げたフォームとさして変わった様子はない。
 だが、そのとき。
 メロウのいた空間の、空気が変わった。
 空気。メロウはこの場の空気が、なぜかとても静かに、そして重くなるのを、感じた。
 彼女も、覆面男も、周囲の見物客も、ほんのわずか、黙ってしまったその時間。
 ルナンの瞳は強い緊張感をもちながら、刺すような目線を標的に向けている。これまでずっと維持してきた涼しい顔が、たった今、この一時だけは真剣になるのを、メロウは確かに見た。
 ルナンの手に力がこもる。
 そして――
 勢いよく、彼女は手にした青い球を投げ放った!
 メロウのときとの違いは、明白だった。
 投げ方のどのあたりが、メロウと違っていたのだろうか。その軌道はまるで閃光のように速く、直線的で、そして一瞬のきらめきとなっていた。
 空を切って進むその像は、目でとらえることすらままならない。つきさすような速度をもった球は、まさに凶器といって差し支えなかった。
 その凶器が人形に襲いかかる。
 周囲の人間にはどこに当たったのかもわからなかっただろう――それは正確に人形の胴体をとらえ――
 そして人形を……
 人形の体を、見事に棚の向こうへふき飛ばした!
 ――はずだった。
 そして、ふき飛んだ人形は、その右足の底と棚とをつないだゴムによってひっぱられ、再び棚の上にカムバックし、元の姿勢を取り戻した。
「やった……え?」
 歓声をあげようとしたメロウの顔が、すぐにかたまった。
 そのありえない人形の動きに、メロウは自分の目を疑った。
 たしかにルナンの放った球は人形をとらえ、おつりがくるほど棚からその人形を押し出した。メロウは自分を救ってくれたそのルナンの研ぎすまされた技をまた見ることができ、痛く感動した。
 しかしその直後。その鳥人形の足からなにやら細長いものが棚に伸びており、それが縮んで、落ちた人形をもう一度棚の上に引き戻したのだった。
 メロウはそれを確かに確認した。後ろのギャラリーも、それを確認していた。
 そして覆面男は――。
「……フ、フハ、フハハハハ!や、やはりはねっかえり娘の友達でも、この人形はおとせなかったようだナ」
 ただただ、その『仕掛け』をごまかすのに尽力していた。
「……最低」
 メロウはこわばった顔で、極度の怒りをふつふつとたぎらせるしかなかった。


 
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