死神と女神の狭間 第一章  

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 祭りのにぎわいは、まだまだやむ気配を見せない。
 太陽が中天を過ぎてからいくぶん時間がたつが、大通りを行き交う人々の数は熱気とともに増すばかりだった。町の中心部にある噴水広場は特に人が多く、浮かれ騒ぐ者、買い物を続ける者、演奏を聴き、踊りを楽しむ者などが押しかけ、もはや足の踏み場もない。どちらをむいても人、人、人という密度の高く濃度の濃い空間が、この町の大半をしめていた。
 さらにそこへ、馬に乗った貴族の集団が一列に並んで入ってきた。人々は少ないスペースをむりやりに外へつめ、彼らの通る道を開けようとあわてる。その中を堂々と進んでいく馬と、馬上の高家の人たち。彼らの右手には、そろって火のついた麦わらがにぎられている。
 収穫祭の恒例行事のひとつ、『麦火の行進』である。
 それは、フランセの主要農産物である麦を農業と産業の神アグレルに捧げるため、町の有力者が火のついた麦わらを掲げながら、馬で大通りを歩くという、この町に昔からある伝統行事だった。派手に装飾された十騎の馬が大通りを並び進む姿は、郊外の農業都市にしてはなんとも壮観な光景であり、なおかつ麦わらからたちのぼる白煙が、やや離れた地域に住んでいる者にもいまの祭りのなんたるかを知らしめるのぼりの役目も果たしていた。煙を見上げる町の者にとってそれは、今日の祭りのクライマックスを演出する伝統に守られた一大行事であり、また馬に乗る者にとってはフランセでの自分の威光と権力を示す最良の機会でもあった。
 より一段と盛り上がりを見せる大通り。それを横目に見ながら、通りのかたわらにある酒場のカウンターで、ある男が昼間から酒をあおっていた。
「なんだ、やけに騒がしくなってきたな」
 その男――ガルマ=フィリンクスは、色濃いブルーに染まった目を細め、通りを囲む人だかりのむこうに貴族たちが進むのをじっとみつめていた。人と馬とに飾られた宝石が、彼のほうからでもきらきらと輝いて見える。
「あれが毎年恒例のお偉い方の行進です。お客さんも近くで見てきたらどうです」
 そうやって声をかけたのは、彼がさきほどから話し込んでいた、居酒屋の主人だった。
「そんなに有名なのかい」ガルマがきくと、背の低い丸顔の男は得意そうな笑みをうかべた。
「年一回のお披露目ですんで、あれだけのお人がそろうのはめったにねえですよ。フランセの長・オセールさま、商工会長のティモシーさま、農会長のチャールズさまの御三家はもちろん、首都ネイルから出向されている外交官のキルシュタインさま、最近売り出し中のまだ若いレス・ホスキン一級騎士さま、他にもそうそうたる方々が一同に会してるんですから。出ておられねえのはマルクス・レンシンク騎士長と老オットルーさまくらいじゃねえですかね」
「ふーん」みじかく息をつくと、ガルマは右手のジョッキを口につけ、この店いちおしの『とれたて新麦の麦酒』をのどに流す。
 ガルマはこの居酒屋の主人に、あることを聞き込みに来ていた。
「そのふたりはなんででてこないんだ」
 聞き込む素振りがおもてにでないよう、彼はごく自然に――半分は本当に純粋な好奇心であったのだが――尋ねた。
 主人はそんなことを知る由もなく、気前よく答える。
「老オットルーさまは足腰を悪くされてるんで。マルクス様は体調をくずされて、とかおっしゃってましたがね。ただ――」
「ただ?」
 ガルマが聞くと、主人はガルマのほうにちかづき、やや声をひそめて言った。
「マルクス様に関しては、最近不穏な噂がたえねえんですよ。なんだか、首都ネイルのお偉方との権力争いをされてて、身辺があやういってんで今回でてこられないんだとか、そんなことをちらほら聞いてるんでさ。いや、マルクス様だけじゃねえんで。あの悪夢の三国会談のあと、サガンもグリーグもぴりぴりしてやすでしょ?国境付近じゃこのごろ戦争ばかりで、ちょっとお偉いさん方のほうでもいろいろあるみたいなんですよ」
「三国会談って、いまの戦争のきっかけになった、あれか」
「そう!」主人がおおきくうなずく。「悪夢以外のなにものでもねえ、あの会談ですよ!このネイルとおとなりの鋼鉄国家サガン、そして海峡を隔てた島国のグリーグ、正式にはグリッグランド。この三つの国の間でひらかれた三国会談。もともと緊張状態だった三国間のトップが奇跡的に集った和平交渉だ。あれが無事に終わってりゃ、いまごろは三つともなかよくやってこられるはずだったのに、いや、まさかあんな大惨事になるなんて、思いもよりやせんでしたよ」
 憤慨してうなだれる主人に、ガルマは店の外をみながら、淡々とした調子で云った。
「ありゃあひどかったな。たしか、国のトップ級の三人が、あの場で一度に殺されたんだろ」
「ひどいなんてもんじゃありませんぜ!わたしもはじめ聞いたときにゃ信じられなかったんです。あの会談の場で、同時に三人――ネイルの外交主任、サガンの最高軍師、そしてグリーグの王様、アンヌーン五世が、殺されたんですから!会談三日目、そろそろ話がまとまるか、というところだったのに、せっかくの和平交渉がこれですべて台無し。おたがいに疑心暗鬼になっちまって、話し合いどころじゃなくなっちまった」
 主人はそうとういやな記憶を蒸し返したためか、自らもカウンター下の小樽から『とれたて新麦の麦酒』をジョッキにつぎ、それを口にした。
「それ以上に気にくわねえのは、いまだに犯人が捕まってねえってことですよ!そもそもどうやってあんな場所で三人も殺しながら逃げおおせるのか、どんな凄腕の男だったのか、想像できねえ。あたしゃあのとき警備していた兵士たちをうたがいますね。よっぽどそいつらの気がゆるんでいたのか、魔法にでもかけられてたのか……あるいは、まさかあの中に犯人がいた、なんてね。そうおもわねえと、どうにも信じられねえです」
「でも、その中からも結局犯人はみつからず」ガルマが主人に向きなおして言う。「だったよな?」
「そうなんですよ。だからわからねえんです」
 ジョッキの麦酒を半分ほど飲み干し、主人はため息のかわりに大きなげっぷをはいた。
「だからあたしゃね、あれはとつぜん現れた死神があの三人の命をかすめとったんだってね、そう考えてるんですよ。そうじゃねえと、説明がつかねえです」
「死神?」
「ええ。うちにくる客はみんな、そういってるんでさ。三つの国の人間をきれいにひとりずつ殺すなんて、いったいどこの国が得をするんです?南の魔道立国ミコールはうちのネイルとは友好的で争う気配なんてねえし、もっと南の大国グラシュティグは、まだこっちの方まで関心がねえようだし。こりゃ、ただ人間の生き血を吸いたかっただけの、死神のしわざだってね。うちじゃそういうことにしてるんです。
 せめてグリーグの王様だけでも生きていりゃ、いまのように戦争ざたは避けられたかもしれねえのに……。あの人が呼びかけ人でしたからね、今回の。まったく、どこの男が三人もいっぺんにやったのか、それとも本当に死神がやったのか……」
 主人は云い終わると、いやな思いをふりきるようにジョッキの麦酒を飲み干してしまった。それを見て、ガルマも気がついたように新鮮な麦色の清涼を味わう。
 外をみやると、すでに行進は最後尾を過ぎ、別れていた人の群れはまたもとのように通りを埋め尽くした。行進をうしろから追う者もかなりいるようだった。
「ああ、行進ももう終わりですかね」名残惜しそうに、主人がつぶやく。「お客さんもみにいけばよかったのに」
「人ごみはきらいでね。ここから見ているのがちょうどいい」
 苦笑し、ガルマは云った。
「それじゃ、そのマルクスとかいうのも、今日はそのへんのわけありで出てこれねえってわけか」
「今日もそうですし、最近はとんとお姿をおみかけしませんね」
 主人は再びささやくように、声を抑えて言った。
「なんでも、暗殺者に命を狙われてる、なんていう噂もあるくらいですんで」
「暗殺者」ガルマは軽く関心をこめて云った。「そりゃ物騒だな」
「いやね、ここだけの話なんですけど」
 そして、主人はより一層、身をかがめてガルマの方にささやきかけた。
「実はマルクスさま、この店に一度、お忍びでいらっしゃってるんですよ」
「なんだって」
 ガルマはそれを聞いて、単純に驚いたのと同時に、心の中ではすこし違った意味で驚いた。
 この主人は接客好きで、しゃべることが大好きなようだった。ただ、ちょっと「過ぎた」きらいがあるようで、客をたのしませるためなら少々の秘密は話の種に用いるというのがこの丸顔の主人の主義であるように、ガルマには思われた。そしてそれは、彼にとってはとても都合のいいことだった。
 たずねもしないのに、向こうの方からつぎつぎとしゃべってくれる。今日の俺はついてる。そうガルマは思った。
 カウンターに身を乗り出し、ガルマは主人の話に耳を傾ける。
「マルクスが、ここにきていたのか」
「そうなんです。それがね……マルクスさま、一月ほど前にこの店をたずねなすって、なにか自分に関する噂がないかって、お聞きなさるんで――ほら、この店、自慢じゃねえけどこの通りじゃ一、二を争う規模なもんで、いろいろお客さんから聞けることも多いんでさ――そのせいでか、そのあともマルクスさまの使いが、同じ用件でもう三回ほどこられてるんです。そのたび、なにかあったらすぐ教えてくれるようにとお願いされてるんで」
「なんでまた、居酒屋にまで人をよこしてうわさなんか集めてるんだ?」
「そう、そこなんですがね、わたしも何度かお聞きしたんですが、なかなか教えてくれねえんですよ。でもわたしが思うに、ありゃ誰かに命を狙われてるな、なんてね」
「命を?だれに」
「さあ、そこまでは……。でもお客さんの何人かからね、マルクスさまの立場が危ういらしい、というのを聞いてたんで。なんだか、マルクスさまが重要な会議で首都のマハに出向かれた時に、サガンとの戦争のことで内輪もめがあったらしいんですよ。詳しくはわかりませんが、たぶんそれが原因じゃないんですか」
「内輪もめねえ……。てことは、マルクスの家はいま厳重警戒なんだろうな」
「そりゃあもう、警戒なんてもんじゃねえですよ。屋敷の前を通りがかっただけで門番に問いただされた、なんて話も聞きますし。優秀なボディガードを雇って屋敷中を朝晩休みなく守らせてるなんてこともよく聞きますよ。あれじゃ、例の死神が来たってきっと門前払いですぜ」
 主人はガルマにおかわりをすすめるが、ガルマは「これからもうひと仕事あるんでね」と断り、残りを飲み干した。
「仕事?お客さん、けっこういい体してやすね。どこかの兵士かなにかされてるんですかい?」
 きかれ、ガルマはズボンのポケットから財布をだしながら、答えた。
「ああ。雇われ者だけど」
「傭兵ですかい。もしよかったら、マルクスさまの屋敷を紹介しやしょうか?じつは使いの人に、腕っぷしのよさそうな客がいたら紹介してくれともいわれてましてね」
「そうだな。いや、いまはもう、ひとつ仕事をうけてるんでね」
 そいつが終わったら受けてもいいかもな、と言いつつ、彼が金を置いて席を立とうとした、そのとき。
 腕っぷしのよさそうな、筋肉質の男が店の入り口をくぐってきた。
 主人がすぐに気づき、声をかけようとした。しかしその男の様子を見て、人のよい主人の顔が、そしてガルマの顔も、一瞬ひきつってしまった。
 トラ柄の覆面に、紺一色のパンツ。
「クソッ、クソッ!あのはねっかえり娘メ!あの冷血鉄面皮女メ!よくもあの滅殺仮面男力作『ゴム底つきダルマ人形【鳥形】』ヲ!!マスター!酒ダ!!」
 と、変わったなまりの大声で叫ばれ、主人は「へ、へい」とやや戸惑いながら、この店いちおしの新麦麦酒をつぎ、覆面の男に渡した。
「よう、なにがあったんだ、大将」
 ガルマはおかしさをかみころすような顔で、カウンターに勢いよく座るその筋肉質の男に尋ねた。
「なにもクソも、この仮面男が決死のおもいでつくった人形を的屋にだしたら、二人づれの娘がすべて根こそぎとっていきやがったのダ!おかげでオレははやくも店じまいダ、チキショー!」
 だされた麦酒を一瞬で飲み干し、すぐに彼はおかわりをたのむ。
「ヤケ酒ダ!やってられるカ!」
「そうか、まあ世の中、うまくいかないこともあるさ。主人、これでこいつに一杯おごってやってくれ」
 そういって、ガルマはもう一枚、札をカウンターにおき、そこを去ろうとした。
 そのとき、覆面男がうなった。
「う、うううう……オマエ、いいヤツだなあ!」
 そしてガルマは突然、感動して涙さえながす覆面男に後ろから抱きつかれた。
「お、おいおい!」
「ううううう、この町にきてはじめて人のやさしさにふれタ!アリガトウ!!」
 他の客の痛々しい目線をまったく気にせず、必死にガルマが離そうと抵抗してもなおもすがりつく覆面男。
 そんな彼をみて、ガルマは主人に云った。
「……この腕っぷしなら、マルクスの家で雇ってくれるんじゃないか」










「ここよ」
 陽が徐々に沈もうとするころ、メロウが両手に覆面男の的屋の景品がいっぱいにつまったバッグをもち、ルナンをつれてきたのは、とある豪邸の前だった。
 その堂々と建つ白亜の邸宅は、見る者の目をはっとさせるほど圧倒的な大きさ、広さがあった。人の背より高い門、左右に長く続く塀、立ち並ぶ樹木ときれいに整備された芝、さらに門柱の前には門番が二人。一見しただけで、一般市民の持ち家でないことは明らかだった。
 そんな光景を前にしてメロウは、なれた様子で門番に声をかけ、鉄の門をあけさせた。ガラガラと重々しい音をたてひらく格子の先には、邸宅までの舗装された道が、さらにさきには白い柱の立つ巨大な玄関がみえる。
「私のいえ。おどろいた?」
 彼女があどけなく笑ってみせると、ルナンはどこか呆然としたような、感心したような、そんな顔をして、何も言葉を発しなかった。
 ルナンが横の表札をみる。そこに書かれた名前を、メロウは声に出して読んだ。
「マルクス・レンシンクの家。私のパパの名前よ。さ、どうぞ」
 そして、メロウは先にルナンを邸内に入らせる。二人が玄関までいくと、門番がまたゆっくりと門を閉めにかかった。その様子を、邸内の警備兵が、玄関の警備兵が、塀の周辺を監視する兵がみつめる。
 たしかに、警備は厳重なようだった。


 
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