死神と女神の狭間 第ニ章  

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 結果的に、彼らにとっては祝うべき夜になった。
 自分たちの陣地に帰ると、彼らは残っていた酒を出し、またいつものようにバカ騒ぎを始めた。もう夜遅い時間であったが、彼らは今日の戦いで自分たちが大勝利したかのようにうかれ、騒いだ。現実には彼らの数はほぼ三分の一、三十数人ほどに減少していたのだが、生き残っていた者は死んだ者を力がないから死んだだけと言ってのけ、生き残った自分たちをこそ誇るべきだと言い合っていた。
「一時はどうなることかと思ったぜ。オレたちの倍くれえの鉄剣団が囲んできやがってよ。絶体絶命、って感じだったじゃねえか」
「あれはやばかった。どうやって逃げるかしか考えてなかったぜ」
「おいラスター、お前今日全然動いてなかったじゃねえか。いくらケガしてるからって、あれじゃシロウトで危なっかしい鉄剣団のやつらよりアブねえよ」
「うるせえ。じゃあお前は今日何人斬ったってんだ?オレは少なくとも三人は斬ったぞ」
「オレはお前みてえにやたらと剣を振り回したりしねえんだよ。ダグラス狙いよ、ダグラス狙い」
「ウソつけ!お前にあのひげおやじが殺れたら、オレはこのグレアムの森一周逆立ちで歩いてやらあ!」
 とまあ、その日を楽しく生きることしか考えていない彼らにとって、だれが死んだだの今回の反省点はどこかだのといったことはまるで他人事で、ましてや今後ヴェルタ村に対しどうするかなどということは、自分の知らない異世界でおきているごくごく小さな事件だとでもいうかのように、全く彼らの話題にのぼってくることはなかった。
 さすがに、首領であるハーンのほうではそうはいかなかった。とはいえ、
「これで勝ったも同然だな!さあ、今日はなにも考えねえでやつらと前祝いといくか」
 根は彼らと同じであった。
 彼は自分用のテントの中で、今日使った剣の刃先を点検していた。戦いを終えてそれなりの結果に満足する首領の姿がかがり火の中でゆれている。その正面に、今日の戦いを「命からがら逃げ切った」ゴブの姿もあった。
「でも、あの人質どうするんでやすか?とりあえず縄でしばって地下の牢屋に閉じ込めやしたけど」
 斬られた肩を包帯で巻いたゴブが、低い腰でハーンに尋ねる。
「傷は軽いようでしたんでよかったでやすけど、いつやつらに返すんでやすか?」
「あの子供がここにいりゃ、やつらは手を出せない。最後まで、やつらに渡すつもりはねえよ」
「じゃ、じゃあ……」
「ま、相手の出方次第だな。取れるものはあらいざらい取って、それからやつも――」
 そうハーンが云いかけたところで、テントに入ってきた者の姿があった。
「おう、リースリング。ご苦労さん」
 ハーンが迎えると、彼女は戦いの疲れなど微塵も見せずにいつもと変わらぬ姿勢で云った。
「……あの人質を、どうするつもり」
「お前も同じ質問か。まあ、明日の話し合い次第だな。それにしても、よくあのガキが木の上にいるってのがわかったな。葉が茂りすぎて人の気配なんてまるでなかったぜ。しかも短剣で一撃、だ。お前、物を見透かす力でもあるんじゃねえか?」
 ハーンの言葉に、彼女は若干目を細め、嫌なことを聞かれたような顔をみせる。
 それをみて、ふと、ハーンは思った。
 こいつが表情を変えるなんて、珍しい。
「……あなたたちの仲間の人数、だいぶ減ったけど、これじゃもう鉄剣団とまともに戦うことは不可能じゃない」
 だがすぐに彼女はもとの無表情に戻る。さっきの表情のほうが人間味があっていい、とハーンは思った。
「だから人質をつかうんじゃねえか。やつらから取れるだけとって、それから――」
「……鉄剣団は、何らかの方法で人質を奪いにくるかもしれない」
「何らかの方法?」
 ハーンは疑問を投げかけた。リースリングは静かに返す。
「……彼らをいまつなぎとめているのは、あの子供だけ。彼さえ助かれば、ここはすぐにでも鉄剣団に攻め込まれる危険がある。もうこちらの戦力は向こうにはわかっているし、この場所もスパイだったデュデックの情報で知られているから」
「じゃあ、さっさとここを引き払ったほうがいいってのか?面倒くせえ。別にいいじゃねえか、やつらがきたって人質をたてにすりゃ問題ねえこったろ。そのために、ソームを見張りにつけたんだ。あいつは、自分の興味あるものだったら三日間寝ずにぶっ通しで見ていられるやつだからな」
「でも、ひとりで見張らせるのはやっぱり……」
「ああもううるせえな!じゃあお前が見はりゃいいだろ!」短気なハーンはいら立ちを隠せなかった。しかしすぐに落ち着き、云い直した。
「お前があのガキをしとめたことには感謝してる。助かった。命の恩人だ。正直、こっちは手詰まりだったからな。だからもう今日は休め。ご苦労さん。あとはこっちに任せろ」
 そういわれ、リースリングはひと息だけついてから、特に渋い顔をすることもなく彼に背を向けてテントから出ていった。
 それを眺めていたゴブが、思わしげな顔をしながら、ハーンに小さくつぶやいた。
「――あの人、いまはお面みたいな表情していやすが、さっきの戦いのときはすごかったでやす……」
「すごかった?顔がか?」ハーンは半ば笑いながら聞くと、ゴブは少しだけふるえながら云った。
「表情も、でやすが、なんというか……鬼気迫る、っていうか、必死の顔で……なにより近づくのが怖かったでやす。ちょっと手を出したらこっちも殺されそうなくらい……」
「…………」
「ヨシャブシの上からわしらが吹き矢をかけられたときも、あの人、矢を当たるか当たらないかのところでかわしながら、ずっと木の上に短剣や石を投げていやした。すると次々に人が落ちてきて……少ししたら、あの人の周りだけ倒れて動かない人間だらけでやした。なにか、わしらとは全然違う世界の人間のようが気がして……あの人みていると、死神かなにかを見てるみたいに見えたでやす……」
「死神」ハーンは吹き出した。「ゴブ。お前、死神みたことあるのかよ」
「ね、ねえでやすけど……もし死神っていうのが現実にいたら、こんなふうになるんじゃないかと思ったんでやす」
 ゴブは頭をかきながら戸惑うように答えた。そんなゴブを見ながら、案外それがあの女の正体なんじゃねえかとも、彼は半分冗談で思った。





 そんなグレアムの兄弟とは対照的に、ヴェルタ村では失望が広がっていた。
 村で番をして待っていた少数の村人たちのところに鉄剣団が戻ってきたのは、もう明け方が迫るころだった。
 知らせを受けて避難先の村からやってきた村長をまじえ、ダグラスの口から結果が報告された。戦い自体はうまくいったこと、しかしアラウンの息子タウラスが人質に取られてしまったこと、今日の昼ごろには人質交渉に彼らがやってくることを、ダグラスは悔しさを胸におさえつけ、はっきりとした口調で村で待っていた者に伝えた。
 それを受け、村人たちが黙ってしまう。事態の深刻さを、彼らを包む重苦しい空気が物語っていた。
 最初に口を開いたのは、村長だった。
「――鉄剣団はよくやってくれた。最大限の努力をしてくれた。その結果がこれなのじゃから、仕方なかろう」
「すみません、村長。死傷者も多く出してしまいました。全て、私の力が足りなかったばかりに……」
「もう己を責めんで下され、団長。みな全力を尽くしてくれたのじゃ。倒れた者も村のためにと戦った果て。悔いはないはずじゃ。それに、負けたわけではない。これからどうするのかを考える余地はまだまだあるじゃろう。そんなに落ち込まんで下され」
「村長……」
 長い歳を積み重ねてきた老人の言葉には、重みがあった。それをうけとめ、ダグラスは気を取り直して全員の顔を見回した。
「とりあえず、みんな今日は休んでくれ。やつらへの対応は、これから俺と村長で話し合う」
「俺も加わっていいか」デュデックが進み出る。「やつらの内情がわかるほうがいいだろ」
「なら、俺も」アラウンも手を上げたが、それはダグラスがおさえた。
「アラウン、お前はだめだ」
「どうしてだ?俺だって、鉄剣団のリーダーとして――」
 そういいながら、彼は気が付き、言葉をとめた。それをみてダグラスは、彼の肩にそっと手を置いて云った。
「お前には重要な仕事がある。ここに残るより、サンドラのもとに行ってやれ」
 ダグラスの言葉に、アラウンはもうなにもいわず、ただうなずくだけだった。
「……すまん、ダグラス」
「謝るな。これは、俺たち全員の問題だ。みんなそれはわかっている」
 その場の団員たちがうなずく。アラウンはもうなにも云わなかった。
 ――いや、云えなかったのか。
 ともかく、彼らの中でひととおりの踏ん切りがついたところで、場はやや静まった。それを破ったのは、また村長からだった。
「その、アラウンの息子の命を奪ったのは、例の黒髪の女だということじゃが……」
「そうです。あの女が」
 その会話で、アラウンはレオとタウラスの悲惨な光景が頭の中で再生され、思わず顔を伏せた。
「二人はヨシャブシの上に隠れていたということじゃが……あの上に隠れれば、まずめったなことでは見つかるまい。戦いで混乱しておれば、なおさらじゃ。なにか枝が揺れたり、二人がいることを示すことがあったのじゃろうか」
「いえ。そういったものは我々は気づきませんでしたし、盗賊たちもわからなかったようでした。ただ、あの女だけが――」
「俺、あいつがヨシャブシの上から吹き矢で狙っていた団員に、次々にナイフみたいなものを投げつけていたのをみました」
 団員の一人が証言すると、他の者もそれに同調する。
「あいつが刃物を投げるたびに団員木から落ちてきて――ほとんどはずしてないようでした」
「一番安全な部隊だって、ドレンもシャルノも吹き矢部隊を選んだはずなのに、みんなやられちまいやがって……」
「たしかに、一番被害の大きかったのが吹き矢部隊だった」ダグラスが云った。「四人が命を落とした。重傷者はその三倍だ。俺は直接見ていないんだが、ほぼその女がやったとみていいのかな」
「ほぼじゃない。全てだ」
 アラウンが押し殺したような声で答えた。
「俺はやつらの後方から攻め込んだから、あの女の様子がよく見えた。後ろのほうで、吹き矢を射かけられて右往左往している盗賊の中で、あいつだけ吹き矢をかわしながら黙々と短剣を投げていた。短剣だけじゃない。地面の石も使っていたな」
「石?」ダグラスはおもわず声を上げた。
「ああ。手のひらくらいのサイズの石を投げ上げていた。短剣はそんなに数がなさそうだったから、石も使っているという感じだった」
「俺、石を当てられました」後ろのほうから、比較的若い団員が手を上げた。ひじと足を太い包帯でまかれた彼が前に出てくる。
「あてられたのは、足か?」ダグラスが問うと、彼は首を振った。
「いえ、これは木から落ちたときのものです。当てられたのは、胸でした」
 そういって、彼は上の服を脱ぎ、シャツを持ち上げて上半身を見せる。胸の辺りに、紫色の大きなあざが出来ている。
「俺、その女が危険なやつだって聞いてたんで、吹き矢で狙ってたんです。そうしたらあの女、右手で地面の石を拾って、すぐにこっちにそれを投げてきて――最初は何が起きたかわからなかったんです。何が飛んできたのか、それくらい速くて――で、当てられたと思ってから一瞬、息ができなくなって、枝をつかんでいた手にも力が入らなくなって――そうこうしているうちに木から落ちてしまいました」
「ラスターとタイマン張ったときも、あいつは飛び道具を使っていたぞ」デュデックは指摘した。
「つまり、あいつはナイフなり短剣なり、何かを投げるのが得意な『殺し屋』ってとこか。ダグラス、お前の目から見て、あの女はどうだった?」
 すると、ダグラスは少し黙ってしまった。考え込むように、言葉を選んでいるようにも見えた。
 少しの間をおき、ダグラスは慎重に、重たい調子で云った。
「――あの女には、近づかないほうがいいだろう」
 その言葉に、団員たちはつばを飲み込んだ。それくらい、ダグラスの口調には深刻な色がはっきり表れていた。
「あの女――リースリングといったか。あいつは、間違いなくプロだ。それも飛びきり腕のいい、一流の。あれだけの者がやつらみたいなゴロツキたちに手を貸していることが信じられん。正面からいっても、まず間違いなく殺される」
 青ざめた表情を見せる団員たち。アラウンが云った。
「……お前でもか、ダグラス」
「さあな。俺が見たのは少しの間だけだから、なんとも言えん。だが、戦わないにこしたことはない、ということだ」
 ダグラスの言葉に、アラウンはなぜか考え深いような、どこか冷えた表情を見せた。
 デュデックはため息とともに、言葉をはいた。
「ま、俺たちにとっちゃ、突然ふってわいた死神みたいなもんだな。得体がしれないし――ひょっとして本当にあいつ、悪魔か死神が俺たちを苦しめるために……」
「不吉なことをいうなよ、デュデック」ダグラスは苦い顔で云った。
「あいつだって、人間の姿形をしているからには人間だ。ただ、俺たちにはそれが見えないだけのことさ」





 それから鉄剣団は、一部の者だけ残しとりあえず解散した。
 死者は四名。七割以上の者が負傷。だが、盗賊たちの損害に比べれば、これは軽いといっていいのかもしれない。
 それでも、失われた四人の命は、この村に暗い影を落とす。そして、幼い少年一人の命も。
 これで戦いが終わっていれば、まだ救いもあったろう。しかし、状況はいまだ不利であることが、彼らの気分をずっと落ち込ませていた。
 特に、ひとりの息子を亡くし、もうひとりがいまもグレアムの兄弟に人質をとられている者にとっては、心に苦痛、憂慮、悔恨などがない交ぜになった重く辛いものを抱えたまま、元の場所へ帰らなければならなかった。
 アラウンが集会所である村長の家を出て少し歩いたところで、後ろから駆けてくる音が聞こえた。
「アラウン!」
 彼が振り返ると、心配そうな顔がすっかり定着してしまったサンドラの姿があった。
 彼女はアラウンに抱きつき、彼はサンドラを強く抱きしめる。
「サンドラ……」
「アラウン。よかった、生きていてくれて……」
 サンドラは顔をほころばせ、これまでの不安が全て晴れたような顔を、アラウンに見せた。
「私、あなたがケガしたりしないか……無事に帰ってくるか心配で……ああ、でも本当によかった」
「ああ、そうだな……」
「……アラウン?」
 そのとき、彼女は夫の深刻な顔に気が付いた。
「どうかしたの……」
「サンドラ……」
 アラウンは、妻の目を見ない。どこか後ろめたいことでもあるかのように。
 それを見て取り、サンドラは次第に、晴れたはずの不安が再び胸の中に広がるのを感じた。
「どうしたの……なにかあったの?」
 抱いた腕をほどき、アラウンはサンドラの両肩をそっとつかんだ。
「サンドラ……レオと、タウラスは……」
「あの二人?そう、まだ帰ってこないのよ。結局、夕飯の時間になっても家に戻ってこなくて……それが、どうかしたの……」
 サンドラは、なぜか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。アラウンの表情は暗いまま。彼の口からは不吉な言葉しか流れ出ないのではないか。そんな予感がした。
「サンドラ……落ち着いて聞いてくれ。二人は……レオと、タウラスは……」
 そして、避け続けた彼の目が、タイミングを計ったかのように彼女の目と合った。
「レオとタウラスは――グレアムの森に来ていたんだ。ヨシャブシの木にのぼって、俺たちと盗賊たちの戦いをみていた……でも、やつらにみつかって、タウラスは人質として連れ去られて、レオは……殺された……」
「……え?」
 サンドラは、息を止めた。
 言葉は、聞こえた。だが、サンドラの頭の中には、それは読み込まれなかった。その言葉を、彼女の頭は否定していた。
 タウラスが、人質。レオは、コロサレタ。
「……いま、なんて言ったの……」
 アラウンは、もう逃げることなくサンドラを見つめた。
「聞いてくれ、サンドラ。レオは――殺されたんだ。やつらの中にいた、黒髪の女に。安全なヨシャブシの上にいたのに、その殺し屋の女に短剣を投げつけられて……そばにいたタウラスも、やつらにつれさられてしまったんだ……」
「…………うそ」
 サンドラの耳から、夫の残酷な言葉が流れ込んでくる。彼女はいやでも、それを理解しなければいけなかった。
 彼女の頭が、真っ白になった。
 首を振りながらゆっくりと、彼女はアラウンから離れる。
「サンドラ、聞いてくれ。息子たちは――」
「聞きたくない!!」
 サンドラはしゃがみこむ。もう夫の言葉がなにも入ってこないよう、両手で耳を強くふさぐ。
「聞きたくない――そんなのうそよ、うそ、うそよ……」
「サンドラ……」
 アラウンもしゃがみこんで、妻の様子をうかがう。その目には、涙がうかんでいた。
 と、サンドラはそのまま、力なく地面に横倒しになった。
「……サンドラ!?」
 昨日からずっと寝ていない疲れと、夫と息子たちを心配する心労、それにいまのショックが重なって、サンドラの中の張りつめた糸がぷつりと切れたようだった。
 アラウンは何度もサンドラの名前を呼んだ。それとともに、両目から涙があふれてとまらなかった。
 なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
 昨日までは、四人で何も心配なく幸せに暮らしていたはずだった。レオとタウラスのやんちゃにサンドラが怒り、自分がたしなめる光景が確かにあった。
 それなのに――。
 アラウンはサンドラの体を再び抱いた。力強く。彼女を悲しませてしまった息子たちの不幸と、それに対する自分の無力さを胸に痛く感じながら。
 もうすぐ、ヴェルタ村は日の出を迎えようとしていた。薄暮の中にうっすらと見え始める陽は、この日のヴェルタ村を支える光明の光となるのか、それとも村を焼き尽くす業火となるのかは、まだだれにもわからなかった。




 
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