死神と女神の狭間 第ニ章  

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「総攻撃……?」
 その場にいた全員が顔を上げる。ダグラスは神妙な顔で、彼らの視線に答えた。
「明け方、いまからすぐにダグラスの兄弟の宿営地を襲う。鉄剣団総出でだ」
「そんなのだめよ……」サンドラがあえぐように云った。
「タウラスは……タウラスはどうなるの。こっちから攻め込んだりしたら、タウラスが男たちに――」
「だが、かといって今日やつらとの交渉がうまくいくと思うか」
 ダグラスは重く云った。
「昨日のやつらの態度からみて、タウラスをこちらに返してくれる可能性がどれだけあると思う。おそらくどんな条件をのんでも、やつらはタウラスを手放したりはしない。もうやつらにはこちらと戦うだけの戦力が残っていないからだ。それにアラウンがやつらに見つかっていたとすれば、なおさらだ。それならこちらから仕掛けるしかないと、俺は思う」
「でも、もし……もし、盗賊たちがそれにはやく気づいて、タウラスをまたタテにとったりしたら――」
「そうされるより先に、タウラスを助け出す。タウラスが閉じ込められていそうなテントをしぼって攻めるんだ。デュデック」
 そういってダグラスは中年男の方を向く。デュデックは頭をかきながら、やや苦い顔で云った。
「だが、アラウンが行っちまったことで、やつらタウラスを閉じ込める場所を変えたかもしれん」
「それでも、人質を閉じ込めておけるようなテントはそう多くないだろう」
「まあ、な」
 ダグラスの言葉に、デュデックは仕方なさそうに小さなため息混じりに答えた。「いくらかはしぼれるが」
「……やっぱりだめ。だめよ。タウラスまで……失ったりしたら……」
「サンドラ、だがもうやつらの交渉を待っているわけには――」
「だめよ!」サンドラは叫んだ。
「きっとだめよ……アラウンだってそう言って、結局戻ってこなかった。タウラスは、どこか大事なところに閉じ込められているんだわ。だからきっとダグラスが行っても、タウラスを助け出せずに――」
「そんなことはない。必ず俺と、俺たち鉄剣団がタウラスを救い出す」
「ウソよ!そんなこと言って私を安心させようとして……本当は、うまくいくかどうか五分五分くらいで考えているんだわ。そうでしょう?それなのに、どうして私をだますようなことばかり――。鉄剣団だって、いつもはクワをもって荷車をひいている、シロウトの集まりなのよ。それで残忍な盗賊たちを相手にして、まともになんか戦えないわ。だからレオだって殺されて――」
「サンドラ!」
 ダグラスが、ヒステリックになっている彼女の名を云った。語気を強めて、いつになく真剣なまなざしを彼女に向けて。
 その彼の態度に、サンドラははっと気づき、われに返った。うろたえるように視線をさまよわせてから、目を伏せて謝る。
「……ごめんなさい……」
 声を震わせる彼女に、ダグラスは表情を緩めてやさしく、彼女に云った。
「サンドラ。タウラスを助けに行くことは確かにリスクをともなう。万が一のことがあるかもしれん。でも俺は、これが一番タウラスの助かる可能性が高いと信じている」
 ダグラスの言葉に、村長も同意した。
「わしも、ダグラスの提案に沿うほうがいいように思う。交渉でタウラスを助け出すことは、おそらくできんじゃろう。酷な話じゃが、盗賊たちは人質をもっているということの優位を最後まで主張するに違いない。昨日も彼らが言っておったとおり、交渉次第ではタウラスの身の危険も危ない。早朝なら彼らも油断しているじゃろうし、いまが絶好の機会なのかもしれん」
 しわがれた声で云う村長。デュデックは複雑な顔をして、黙ったまま。
「お前の許可が必要だ、サンドラ」
 ダグラスが伝える。サンドラはうつむいたまま彼らの言葉を聴いていた。
 だがやがて、サンドラは思い直したように小さくうなずいてから、云った。
「……わかったわ。ダグラス、お願い。タウラスを……タウラスを助け出して。アラウンもレオも、おとといまで元気だったのに――私、もうこれ以上――」
 最後の方は言葉にならず、涙声になった。手を口の前にかざす。
 その彼女の答えを、ダグラスは唇をかみしめながら聞いた。
 息子を亡くし、夫の消息は分からない。サンドラはいますぐにでも、なりふりかまわず泣き崩れたいのだろう。自分の身に起きていることに頭の理解がついてこず、混乱していることだろう。それでも最後の心の柱を折らないよう必死になり、こうして自分たちを信頼しようとしてくれる。その心中は察するに余りあると、ダグラスは胸をえぐられる思いだった。
「……ありがとう、サンドラ。鉄剣団は、お前をこれ以上悲しませない。約束する」
 サンドラがすすり泣く。デュデックがそっと後ろから彼女の肩をたたいた。
「心配するな。神様もそこまで理不尽じゃない。勝利の女神は、最後にはきっとこっちにほほえんでくれるさ」
 村長もうなずく。そのときの村長の顔が、静かに笑顔をたたえているのをダグラスはみつけた。きっと村長もタウラスのことが心配なのだ。子供にいつも愛情を注いでいる村長としては、タウラスが人質にされたことにとても胸が痛んでいるのだろう。そんな中でも希望を持ちたいという村長の気概が表れていると、ダグラスは思った。
 空が白み始める。風がささやきはじめ、鳥のさえずりが盛んになる。だが今日に限っては、穏やかな朝の空気が張り詰めた緊張の糸でしばられていた。



















































 暗く――


 暗い、闇の中。


 長い長い距離を、歩いてきたような気がする。


 どれだけ歩いても、先が見えない。何も聞こえないし、何も感じない。あるのは地面らしきものをふみしめる自分の歩く感覚だけ。


 ここはどこだろう。なんでオレはこんなところを――


 すると突然、光がさしこんでくる。


 急激な、明るすぎる光が。


 彼はその光のあまりのまぶしさに、両腕で目の前をさえぎる。


 そして――
















「今度はオレの番だ!」
「あ、ずりーぞハーン!順番守れよ!」
「やなこった。お前じゃどうせまたはずすに決まってる。オレが一発で決めてやらあ」
 まだ大人の腰を少しこえたくらいの背の子供たち数人が、はしゃぎあっている。
 やや遠いところにある壁に描かれた、いびつな黒い点。子供たちの前には、足で地面に書いた線。
 この線の手前から、あの的にボールをぶつければいいんだ。
「いくぞ。みてろよ。……おりゃあ!」
 線を越えないぎりぎりのところから、ハーンと呼ばれた少年は手に持ったボールを思い切り投げた。
 きれいな放物線で、ボールがのぼっておちていく。壁に当たる。やった。
「ほらみろ!一発だ!」
「ちげーよ!いまちょっとずれてただろ!」
「なにいってんだよ、ちゃんと黒い点に当たっただろ!なあ、お前もちゃんとみただろ?」
「う〜ん、そうだなあ、微妙なところだなあ」
「なんだよ微妙って!ちゃんと当たったって!」
「当たってねーよ!だから次オレが投げる!」
「当たっただろ!お前どこ見てんだよ!!」
 言い争い、そして取っ組み合いになりそうな雰囲気のところへ、やさしそうな顔をした紳士がやってくる。
「こらこら、けんかはよしなさい。神様がお怒りになるよ。なにがあったんだい」
「だってこいつが、あの的にボールが当たってないって」
「だって当たってねーんだもん」
「当たっただろ!こいつ――!」
「わかったわかった。ハーンも落ち着きなさい」
「でも……」「こいつが……」
「ハーン、みんなも聞きなさい。神様はいつもあなたたちのことを見ておられるのだよ。あなたたちが言い争ったり、仲たがいする姿もね。神様はみんながそうすることをとても悲しまれる。だからどんなときもみんな仲良く、力をあわせなくちゃいけないよ。わかったかい」
「……わかりました」
「よし、ひとまず部屋に戻っておやつでも食べよう。隣町の知り合いがおみやげをもってきてくれたからね」
 おやつ、という言葉に子供たちは色めき立つ。ケンカしていた二人もそれにつられて、いつのまにか熱は冷める。
 とりあえずおかしを食べよう。ほかのやつらにとられる前に、早く行かないと。
 子供たちが部屋に戻っていく。ハーンも急いでいこうとしたが、紳士に呼び止められた。
「ハーン、ちょっといいかな。話したいことがあるんだ」
 そう言われ、なぜかいやな予感がした。
「君の引き取り手が決まったんだ。おめでとう」
 本当なら喜ぶべきことなのに。どうしてオレはこのとき――。
 祝福を述べオレの顔をじっとみつめるその人の顔は、どこにも陰りのない、満面の笑顔だった。
















 汚い床。ほこりまみれの棚。ぼろぼろの壁。
「さっさとふけ、この役立たずが!」
 そういって身なりのいい男がまたオレのわきばらを蹴り上げる。オレは吹っ飛び、床をふこうとして持っていた雑巾を落としてしまう。
「ここにいさせてやるだけでも感謝されていいはずなのに、この役立たずは本当に役に立たん。料理も洗濯もまともにできん。買い物に出せば安物しか買ってこない。掃除をさせればひと部屋掃除するのに一日かかる。やはり育ちが悪いと頭の出来まで悪くなるものですな」
 男はさきほどやってきた客にそう云いながら、苦々しい顔をする。客はそれに同調する。
「まったくです。いやしい身分の者は心までいやしい。いまに盗みを働いたり他人をケガさせたりするかもしれません。こんな者はあまり身の近くに置かない方が賢明ですぞ」
「わかっています。だからここ数年使っていなかったこのぼろ家を掃除させているのです。一日で仕上げろと言ったはずなのに、もう三日もかかっている。うちの侍女なら半日で済むところだ。やはりだめな者にはなにをやらせてもだめですな」
 二人で笑う。それを背中に聞きながら、オレはよろよろと雑巾を拾い、再び床をふき始める。
 一日で仕上げろだと?こんな傷みきった家、三日かかっても元通りにはできない。やつはオレをバカにしようとしてあんなことを云っているのだ。客の前で。
 この家にきてからあの男に暴力を受けない日はない。体中あざだらけだ。常に体のどこかが痛む。毎日が苦しく、つらい。
 どうしてこんなことになったんだ。
 なんの意味もなく、なんの希望もなく、ただあの男に使われ、たたかれ、飯をのどに通して寝るだけの毎日。
 こんな生活がやってくるなんて、思わなかった。
「あの少年の名はなんというのだ?」
「名前?はて、なんという名だったかな。いつも『役立たず』としか呼んでいないので、忘れてしまいました。おい、役立たず!お前、名はなんと言うのだ」
 男が聞いてきたので、オレは仕方なく答える。
 ハーン。ハーン・ラチェット、と。
 オレがそう云うと、やつらは笑う。傷んだ壁が崩れそうなほど、大きな声で。
「ハーン!?お前、ハーンと言ったか?そうか、では私がお前の名を聞いたのはこれが初めてだな!でなければ、そんな名前を忘れるはずがない!」
「ハーンといえば、サガン国を建国した英雄、初代の国王の名前ではないか!なんともだいそれた名前をつけたものだ。まさか今考え付いたのではあるまいな?」
 やつらは笑い続ける。最大限に侮蔑した目でオレを見下げながら。
 オレはかっとなる。いつのまにか、雑巾を投げ捨てている。
 そしてオレを毎日殴り、蹴りとばし続けてきた男へ、右の拳を思い切りお見舞いする。
 ヤツはあまり殴られることに慣れていないのか、受身もとれず無様な姿で床に倒れる。このあたりは育ちの良さが出ているなと思う。
 客の男が外へ逃げ、警備兵を呼ぶ。オレは逃げようとしたが、すぐにやってきた屈強な兵に取り押さえられる。
 そしてまた、めちゃくちゃに殴られる。
 同じことの繰り返しだ。
 明日もまたどこかで、オレは誰かに捕まり、殴られ続ける。あさっても、しあさっても。
 神はどこかでオレのことを悲しんでいるだろうか。
 でも神は悲しむだけで、手を差しのべてはくれなかった。
 少年だったオレに、反抗する力もない。だれか助けてくれるわけでもない。毎日が地獄。
 そう、毎日が――
















「首領……!」
 そう呼ぶ声が聞こえ、ハーンは勢いよく目を覚ました。
 いつのまにか掛けものを払いのけ、上半身を起き上がらせている。全身に汗をかいていた。
 ハーンの目にいつものラクダ色をしたテント内の光景がうつる。そばには心配そうにあせった顔をするゴブ。
 彼の意識に、現実の空気が戻ってくる。それとともに、さきほどまで苦しんだ景色が薄れ消えてゆく。
 いまの夢は……。
「首領、うなされている様子でやしたよ!だいじょうぶでやすか?」
「うん?……あ、ああ。ちょっとな、胸くそ悪い夢見ちまったもんだからよ……。で、またお前かゴブ。今度は何だ。またリースリングが何か言ってきたのか?」
 厚いテントの生地が明るくみえる。どうやら夜は明けているようだ。ハーンはゆっくりとした動作で寝床から起きようとする。
 だが――
 ゴブの方は彼とは対照的に、とても急いだ口調で云った。
「首領、やつらが――鉄剣団のやつらが――!」
「……なんだ?鉄剣団のやつらが」
「鉄剣団のやつらが――わしらのところに――」
 ゴブはテントの外を指で指す。その動作を見て、彼はようやく状況を察知した。
 寝床から飛び起き、テントの入り口まで駆ける。
 外に出た彼は、太陽のまぶしさに一瞬目をくらませた。そして徐々に、いまの宿営地の状況が彼の瞳に映り込む。
 あわてた様子でテントから出てくる者。すでに外で剣をかまえて走り出している者。
 そして大声を上げながら、こちらへやってくる武装した見知らぬ者たちの群れ。
「ウァァァーーーー!!」
「ラァァーーーーーー!!」
(……んだと――!?)
 ハーンは反射的にテントの中に舞い戻る。
「首領!」
「ゴブ、なんだあいつらは!?いつ来やがったんだ!?」
「ついさっきでやす……見張りのやつがとんできて……そしたらすぐに」
「くそったれ!こっちには人質がいるってのに、力ずくできやがったのか。上等じゃねえか!あのガキ、タテにとって見せしめにしてやる!!」
 ハーンは歯ぎしりして、近くに立てかけてあった剣をかっさらう。そうする彼の頭の隅には、まださきほどの悪夢が残っていた。
 胸の底の、気持ちの悪い感覚が消えない。ひさしぶりに見た夢。もう見たくない夢。
 彼は頭を思い切り振った。それは、ゴブから見れば眠気をとばそうとしているようにしか見えなかったに違いない。
 テントの外に、彼は出た。ただひとつ、自分の信頼する剣だけを手に持って。
 晴れきった空。上を見上げれば、すがすがしい一日のはじまりを予感させた。それは、憎しみと野望で血塗られた彼と彼のたちの悪い仲間たちをあざわらっているかのようだった。




 
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