死神と女神の狭間 第ニ章  

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 ダグラスの行動は早かった。
 総攻撃の話が決まり、ダグラスらはすぐに村中の団員を集めると、短く話を済ませてすぐに村を出て行った。それはあまりに急な命令であるはずだったが、団員たちは不満を一切示さず、むしろ意気揚々としてダグラスの言葉に従った。それは、彼らがダグラスと同じく昨日の盗賊たちの態度に我慢しがたいものがあり、同時にタウラスを救い出すチャンスがあればすぐにでも飛び出していきたい気持ちをもっていたからだった。
 『グレアムの兄弟』に敗北の汚名を着せられたまま黙っていることは、彼らの誇りを深く傷つけていた。先日の敗戦を取り返せるのなら、早朝でも深夜でもいとわない。自分たちが何のために他の自警団がやらないような厳しい修練を重ねてきたのか。その力を最大限に発揮し、最後に勝利を飾りたい。それは程度の差こそあれ少なくとも団員全員の願いであったし、また戦いに倒れた者へのせめてもの手向けだと、彼らは考えていた。
 よって彼ら鉄剣団は、朝のごく早い時間帯に行動を開始し、まだ『グレアムの兄弟』たちが目覚める前に宿営地まで到着することができたのだった。
 デュデックの言葉に従い、ダグラスはタウラスの閉じ込められていそうなテントに当たりをつけた。戦いが始まればまずタウラスの捜索を最優先とするよう、各団員に伝える。もちろん全員がそのつもりで、人質さえ取り戻すことができれば最大の懸念がなくなり、あとは人数の少なくなった『グレアムの兄弟』を再起不能なまでに徹底的に攻め立てるだけだとだれもが分かっていた。自分こそが人質を、アラウンの息子を救い出す。だれもがその意気込みで戦いに臨んでいたのだった。
 それに先の戦いで、自分たち素人でもチンピラたちにある程度太刀打ちできることがわかり、その自信が彼らの士気をいっそう高めていた。以前は臆病だった者も、腰がややひけていた者も、二日前の戦いで生き残った経験をもついまは足のすくみが少ない。さらに死んでいった仲間たちのことを思うと、彼らはさらに心が後押しされたのである。
 自分たちがタウラスを救うのが先か、それとも盗賊たちが人質をおさえるのが先か。
 速さが、この戦いの明暗を分ける。できるだけ早く、グレアムの兄弟の陣内を駆け抜けること。あとは団員の皆を、鉄剣団を信じるしかない。
 ただひとつ、懸念があるとすれば――
 宿営地がみえると、ダグラスを先頭に、鉄剣団は剣を振り上げて突っ込んでいった。盗賊たちを制するように、口々に声を張り上げる。
 ウァァァーーーー!!
 ラァァーーーーーー!!
 二度目の戦いが、静寂に包まれていたグレアムの森で始まった。
 まだテントからぱらぱらとしか現れない盗賊たち。それも半分何が起きているのか分からないような、おぼつかない体勢の者ばかり。その中を、彼らは走り抜けた。
 ようやく何人かが武器を持って飛び出してくる。ダグラスは大きな体を走らせ、それらに目もくれず真っ先に宿営地の奥を目指した。それは、彼がタウラスを――親友であるアラウンの息子を、サンドラに涙目で頼まれた息子のことを――救いたい一心だったこともあった。
 だがもうひとつ、彼は懸念していたのだった。
 それはこの戦いで、タウラス救出の成否に次ぐ深刻な問題。
「デュデック!この奥だな!?」
「ああ!そこをまっすぐ行け!」
 デュデックが指し示す先に、盗賊が二人立ちふさがる。ダグラスはすぐに彼らと剣を交えながら、改めて決意していた。
 タウラスを助けるのは、デュデックや他の者たちにも任せられる。
 むしろ、自分の役割は――
 タウラスのテントと首領ハーンのテントのさらに奥にいるはずの、戦場の死神。
 女は、必ず現れる。
 そのときに、死神の相手をするのは、自分しかいない。
 彼女のテントは、デュデックの話によればハーンのテントよりもさらに向こう側にあるとのことだった。だから戦いが始まっても、彼女がそのことに気づくのは位置的に最も遅いことになる。しかし必ずそうなるという保証はどこにもない。特に、人質を救出する前に彼女に気づかれるかどうか――
 彼は目の前の男を早々に切り伏せ、また走り出した。これ以上いたずらに鉄剣団の犠牲者を出さないために。そして、万一の時には自分が犠牲になるために。





 タウラスの閉じ込められていた場所は変わっていなかった。殺されたソームの代わりに別の牢屋番を置き、それで事足りるとハーンは考えていたのだった。
 タウラスはすでに起きていた。正確には、一睡もしていなかった。見た目にはそれほど変わったところは見られない。だが見方を変えれば、ぼう然としたような、表情を無くしてしまったような顔つきにも見える。
 幼い少年の心は、すでにぼろぼろにいためつけられていた。
 昨夜のこと。
 父親と別れてから少しして、黒髪の女がテントに戻ってきて彼はまた牢屋に閉じ込められた。父親のことを聞いても彼女は無表情のまま何も答えず、そのまま去っていく。そしてしばらくたち、小男と新しい牢屋番がやってきて、父の死をあまりにそっけなく告げられたのだった。
 タウラスはまた泣きわめいた。兄に続いて、父まで。とても信じることができず、タウラスはウソだウソだと泣き叫び続け、牢屋番の男にどなられてようやく黙るような状態だった。そこへさらに、タウラスは殺されたソームの死体を牢屋番が嫌な顔をして片付ける光景を見てしまい、その映像がまぶたの裏に焼きついてしまっていた。
 これらのことにより、かわいそうな少年はとても寝つけるような精神状態ではなかったのだった。
 牢屋番はやる気がなかったためか、タウラスを大人気なくどなりつけたあとすぐに眠りに落ちた。タウラスは三角座りになって、目の前に見えるソームの血の跡をみないよう目をつむり、ひたすら父親のことを頭の中で思い返していた。
 ――すぐ戻ってくる。心配するな。
 そう父ちゃんは約束した。約束したのに。
 父親の姿が少年の頭の中で去来する。本当に戻ってこないのだろうか。本当に、父ちゃんは――
 そうして彼は、いつのまにか朝をむかえていた。
 ふと、彼はかすかな音がするのに気づいた。テントの外から、なにか騒がしい声が聞こえる。
 顔を上げ、タウラスは入り口の方をみる。その声は徐々に大きく、はっきり聞こえるようになった。そのころになってようやく牢屋番も目を覚ましたようだった。
「……なんだ、なんのおとだ」
 寝ぼけた顔で牢屋番の男は椅子から立ち上がる。そして、外の様子をうかがおうとおもむろにテントを出る。
 タウラスも気になり、座ったまま首をのばして、テントの入り口をみた。
 そのとき。
「ぐっ」
 テントのすぐ外で、男のうめき声が聞こえた。
 それとともに、入り口の幕から中へ倒れこんでくる男の姿。タウラスが驚く。
 いま出て行った牢屋番の男だ。
 胸のあたりが真っ赤に出血している。タウラスは顔をこわばらせた。
 倒れた男は苦しそうにしていたが、すぐに動かなくなった。だれかに刺されたんだ。タウラスは思った。
 だれに?
 その答えを求めて、少年の視線は男の上に向いた。
 テントに入ってくる人がいる。外から差し込む光に照らされ、その姿が徐々にあらわになる。
 牢屋番の男を刺した人。その体が完全にテント内に入ったとき――
 タウラスの表情が、さらなる驚きに満ちた。





 より焦っていたのは、ハーンの方だろうか、それともダグラスの方だろうか。
 ハーンは人質を鉄剣団にとられることを、ダグラスは人質を盗賊たちにとられることを恐れていた。形勢としては鉄剣団の方が圧倒している。人数は現在の『グレアムの兄弟』の倍はいたし、さらに盗賊たちの不意をついた格好になっていたため、戦況としては鉄剣団が間違いなく優勢だった。
 だが有利か不利かでいうと、まだ人質を救出されていないハーンの側に利があるといっていい。ハーン自身は、少なくともそう考えていた。
 どれだけこちらの人数が少なくなっても、たとえ一人になったとしても、人質がいればやつらは手を出せない。こちらの言いなりになるしかないのだ。ハーンはそのことに自信をもっていた。牢屋には牢屋番がいる。やつが人質をとらえれば、それだけで鉄剣団は降伏するだろう。彼らに、子供一人を犠牲にして勝利を得るだけの達観した度胸はない。善人ばかりというのはとことん面倒なものだ。ハーンは心底思った。
「人質だ!あのガキのテントにいくぞ」
 ハーンはゴブを連れてタウラスのテントへ走ろうとする。だが彼がテントから出たのは、いくぶん遅かった。
「ハーン!」
 背後から声がする。彼は振り返った。
 鉄剣団の団長、ひげ面の男の姿がそこにあった。
 タウラスを真っ先に救おうと宿営地の奥を目指したダグラスと、人質のテントの近くに置いた自分のテントから出てきたハーンとが、はち合わせになった。
「ダグラス……てめえ」
「ハーン……」
 ダグラスは歩みを止める。彼にかまっているヒマはない。
「デュデック、ここは俺がなんとかする。早くタウラスを」
「ああ、わかった!」
 ダグラスの後ろにいたデュデックが、ハーンを差し置いてその背後を行こうとする。
「デュデック!よくも裏切りやがったな!!ゴブ、やつを止めろ!」
「へ、へえ――!」
 突然云われ、ゴブがデュデックの前に立ちふさがる。だが、彼は完全に戦いの恐怖にのまれていた。
「わあああっ!!」
「な、なんだ?」
 がむしゃらに剣を振り回すゴブ。そのあまりの動きの大きさにデュデックは若干戸惑ったが、やがてそれを見極め、なんとか横をすり抜けることに成功した。
「あっ!?」
「なにやってんだゴブ!早く追いかけて――」
 ハーンが叫ぶ。しかしゴブがそれをおこなうことはかなわなかった。
 ダグラスが、デュデックを追おうとするゴブを背中から斬りつける。
「ぎゃっ!」
 地面に倒されるゴブ。
「ゴブ!!」
「デュデック、こっちにかまうな!早く行け!!」
「分かった!」
 双方の思惑が交錯する。
 デュデックがハーンの後ろを駆け抜けていく。ハーンはそのことにかまわず、ゴブの方にとらわれていた。
 容赦なく斬られた彼の背中から、おびただしい量の血が流れ出る。明らかに、致命傷だった。
「ゴブ……」
 文句も云わず、いつも彼のそばでつかわれていたゴブ。たいしたことはできないが、ハーンのそばにいることをだれよりも喜んでいたゴブ。
 その彼が、鉄剣団の団長の足元であっけなくしかばねになろうとしている。
「ダグラス――!」
 ハーンは腹の底から強い怒りがこみあげてくるのを覚えた。頭に血がのぼり、剣を握る腕に力が入る。
 いつのまにか、彼は走り出していた。
 長剣をふるい、ダグラスに襲いかかる。
「てめえ、よくもゴブを!!」
 ハーンの切っ先を、ダグラスは大剣を巧みにあやつって受け流す。ハーンはわれを忘れたように、力任せにただダグラスに斬りかかっていく。
 キィンッ!
 カキィンッ!キィンッ!!
 金属音がはじけとぶ。
 三合交え、ハーンの息はすでにあがっていた。それは体力的なものよりも、極度の興奮によるものだった。
「ダグラス……てめえさえいなけりゃ……」
 なお剣をふりかぶり、彼はダグラスの脳天めがけて剣を振り下ろそうとする。
 しかし。
 次のダグラスの動きに、ハーンは反射的に不吉な予感を感じた。
 とっさに体を横によけ、避けようとする。
 だがもう遅かった。
 大きな身をかがめ、ダグラスは素早く大剣を水平に薙(な)いだ。
 ハーンの腹部めがけて。
 かわそうとしたハーンの右腹をダグラスの刃がかすめる。
 しまった、という感覚がハーンの中にあった。
 体勢を崩し、そのまま地面を転がる。
 ダグラスは、手ごたえを感じた。
 剣を握る手に伝わる抵抗感。人の肉を切り裂いたときの、決して気持ちのいいとはいえない感触。それが、彼の手の中に残っていた。
 地面に倒れた状態のハーン。体をもちあげ、すぐに剣を地面につきさし、両手をふんばって起き上がろうとする。
 だが、右の腹に激痛が走る。
 ひざを折ってしまうハーン。斬られたところから出血が見られる。
 かろうじて身をよけたため致命傷にならずにすんだが、それでもかなり深い傷だった。これ以上まともに戦うことは、できそうにない。
 ダグラスは直立し、ハーンの状態を確かめると、彼に告げた。
「ハーン。もう終わりだ。お前はもう戦えない」
「……んだと……てめえ、えらそうにいいやがって……!」
 冷たい汗をふきだしながら、ハーンは痛みに耐え必死に顔をダグラスへ向けた。
「こ、こっちにはな……人質が……人質がいるんだぜ!オレをこんな目にあわせやがって……ただですむと思うなよ!!あの人質のガキ、指どころか腕一本切り落としてやるからな!」
 乱れた息づかいで声を荒げる。ダグラスを、血走った目でにらみつける。ハーンの形相は、すさまじい憎悪に燃えていた。
 ダグラスはそれを、ごく冷静な顔で返す。
 あとは――
「ダグラス!!」
 と。
 デュデックが、早くも宿営地の奥から帰ってくるのがダグラスの目に入った。彼が声を張り上げる。
「ダグラス!!タウラスがいない!牢屋に閉じ込められていたようなんだが――」
「なに!?」
 ダグラスは驚いた。そして、若干の疑問を表情に見せる。
「牢屋が開いたままになっていたんだ。テントの前に牢屋番らしいやつがひとりくたばっていた。どこかに逃げたのか……」
 タウラスがいない――牢屋番が死んでいる――?
 そういうデュデックの言葉を聞き、ダグラスはハーンの方を向きなおす。そして気が付く。
 ハーンの方が、自分より驚いている。
 その表情をみて、ダグラスは悟った。
「ハーン、人質は――タウラスは逃げたぞ。そういうことなんだろ」
 ハーンの顔には、驚愕の色がありありと出ていた。
「なん……だと……?」
 デュデックの言葉が信じられず、ハーンは叫ぶ。
「う、うそを……うそをつけ!倒れていたやつは、本当に牢屋番か?いや、それよりも裏切り者のデュデックのいうことなんざ、全く信じられねえ。きっとオレをだまそうとしてそんなことを……そうだ、そうに違いねえ」
「なら、どうして『人質を助け出した』とデュデックはいわないんだ?そちらの方が確実だろう」
 ダグラスの云うことに、ハーンはあえいだ。
「そりゃあ――」
「ハーン。もうやめたらどうだ」
 ダグラスは人質の行方を気にしながらも、冷静な口調で告げた。
「勝負は決した。人質はお前たちの手から逃げた。お前も深手を負った。もう勝ち目はない。お前たちは――負けたんだ」
 彼の言葉に、ハーンが目を見開きながら云った。
「負けた……このオレが?そんな……そんなはずはねえ。オレはこのグレアムの森で、やっと自由を手に入れたんだ……オレたちの国をつくると、やつらに約束してやったんだ。そのオレが、こんなところでくたばるはずはねえ……」
 言葉とは裏腹に、彼は痛みに苦しみながらなんとかひざ立ちの状態を保つのがやっとだった。
 彼はふと、気がついたようにつぶやいた。
「……リースリングは……リースリングはどこへいった……?」
 その言葉が不吉な禁忌語句のように、ダグラスの耳には響いた。
 リースリング。
 ダグラスが思わず息をのむ。そういえば、まだあの黒髪の女は出てきていない。
 辺りを見回す。これまでと変わらぬ風景。鉄剣団が、次々と混乱する盗賊たちをなぎ倒していく光景。
 その中でなぜか、彼は感じていた。
 ――あの女が、やってくるような気がする。もうそこまで来ている。
 どこかで、こちらの状況をうかがいながら。
 そう思った直後――。
 風が、少しだけ動いた。
 これまでやんでいた風が、かすかに木々の枝葉をゆらす。それは、合図だった。
 絶望的な状況に陥ったハーンの背後から、土を踏みしめ、草のすれる音が聞こえてくる。
 そして徐々に、森の影から姿が現れる。
 黒いジャケットに身をつつんだ、細身の女の姿が。
(――来たか)
 ダグラスの目つきが鋭くなる。予想はしていた。だが、望んではいなかった。
 それは疑いようもなく、ダグラスの、そして振り向いたハーンの目に映った。
『グレアムの兄弟』に身をおく、殺し屋。
 鉄剣団の団員を幾人も殺した、アメジストの瞳の死神。
 リースリング。
 その女はいつもどおり、なにも起きていないかのような涼しい顔で、彼らの前に姿を見せたのだった。




 
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