死神と女神の狭間 第ニ章  

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「でよ、オレがそいつの首根っこをつかんだら、目の前のババアが泣き叫びやがんの。あんまりうるせえんでババアの方から斬ってかかろうとしたら、つかんでたジジイがいきなりぷるぷるふるえだしてよ。気味が悪かったからジジイのほうからあの世におくってやった」
「ケイレンか?年食うと死に際まで見苦しいねえ、ヤダヤダ」
「そのあとすぐにババアも殺ったけどな、オレの慈悲で。同じ日にあの世にいけて、幸せだったんじゃねえか?」
「ちげえねえ!」
 暗い森に響きわたる、男達の喧騒。
 ここはサガン国の東南部にある、グレアムの森。国内一の広さを持つ深い森は、日の照った昼間でも薄暗く、夜はいっそうひそやかな空気に包まれる、暗黒の空間だった。中天に星が瞬くいまの時間、どこからともなくなにかの鳴き声やはいずりまわる音、葉をこする音が森の中を不気味に支配する。人食い狼や正体不明の巨大動物など、この森を通らざるをえなかった行商人や旅人の有形無形のうわさは絶えることがなく、それらは周辺に住む人々を恐れさせ、遠ざけていた。実際、人を寄せ付けないある種の神聖な雰囲気が、この森には漂っていたのだ。
 しかしそんなうわさとは無縁だといわんばかりに、このグレアムの森の中に荒々しく踏み入った男達がいた。今日の彼らは森の中に残された古い城跡の中で、たき火をかこみながら各人思い思いに歌い、騒いでいた。
「それでよ、村長みたいなやつが出てきてよ、『村のものを全部差し出しますから、どうか命だけは』って、オレたちの前で何回も土下座しやがんの。オレおかしくってさあ、その場で腹かかえて笑っちまった」
「オレも。情けねえったらありゃしねえ。後ろでちぢこまってたやつらもあわせて土下座してただろ?オレあれ見てまた……」
「そうそう!ざまあねえよなあ。あんなことするくれえなら、死んだほうがマシだっつーの!」
「それで村のもの全部っていってみてみたら、なんのことはねえ、村には作物と牛しかいねえ!」
「あれにはびっくりしたよな!なにしろ村中探しても、金も酒も出てこねえ。女はいたが、どれももうしわだらけのかれきったババアばかりだ。いままでのオレの人生の中でみた村の中で一番ひでえ!」
「それでもまだ食い物があっただけマシだったんじゃねえか?やつら、カスミでも食ってたらどうしようもなかったぜ?」
 笑う男達の大声は、重く沈む静かな森中に響き渡る。だれもかれも酒を飲み、踊りだし、騒ぎあい、深酒で倒れる者まで、彼らは今日一日がいかに可笑しかったかをあらわすように、これ以上ないほど浮かれていた。
 彼らは、グレアムの森に巣食う盗賊団『グレアムの兄弟』。
 今日の戦利品の食べ物は、森の近くにあった小さな村を襲撃し、手に入れたものだった。
「最初は村を襲うなんてどうなるかと思ったけどよ、全然たいしたことなかったな。むしろ警備を連れていた行商人を襲うほうがてこずったくらいだぜ」
「ああ。ハーンが『この村はまったく話にならねえ』って言ってた意味がわかったな。肩透かし食ったくらいだ」
「オレは今日三人くらい斬ったが、みんな逃げまわるばかりで抵抗しねえんだよ。ハンターがウサギを追ってるようなもんだ。オレの剣の腕のみせどころがなかったぜ」
「オレだって華麗なナイフさばきがみせられねえで、うずうずしっぱなしだ!おいお前、いまからオレの投げナイフの相手しろ」
「なに?その口の聞き方はなんだ。おまえ、オレにケンカ売ってるのか?」
「あん?できねーってのか、弱虫め。お前、ちゃんとついてるもんついてんだろうな?」
「んだとこら!?いいぜ、相手してやらあ!こっちこい!(二人とも城跡の外へ向かう)」
「――ああ、二人ともいっちまったよ。しかたねえなあ」
「ま、どっちかが死ぬか大ケガすんじゃねえか、いまの感じだと。ほっとけほっとけ」
「しっかしつまんねえ村だったな。今度はもっと酒と女のいる村にしてほしいぜ」
「まったくだ!」
 そうやってお互いに言いたいことをいいながら、いよいよ宵も深まっていく。たき火の炎はなおも絶えることなく、黒い夜空にゆらめき続けた。
 そのうち、なにやら彼らがざわつきはじめた。口々に、同じような言葉がついてでる。
「首領だ」「ハーンだ」
 彼らのいる場所から少し離れた、石垣の並んだ向こう側に張られたテントから、一人の男が出てきた。
 その男は戦士であることを思わせる、肩の広い、戦う者特有の筋肉質の体をもっていた。しかし戦士というにはやや細身であり、あまり力のあるような感じにはみえない。足取りもどっしりしたものではなく、足の裏を前に投げ出すようないかにも尊大な歩き方だった。
 だらしなく伸びた深緑の髪は後ろで軽くまとめられている。顔つきは若く、まだ二十代そこそこの年齢であるようにみえた。切れ長で他人をにらんだような目つき。首筋には赤く腫れた、目じりには切ったような古い傷跡がある。あまり第一印象が良いとはいいがたい人物だった。
 そしてもう一人、テントから現れた彼の後ろからついてきた女――この集団で唯一の――がいた。スマートというにはかなりやせすぎた肩や腕、こけたほおにひどく角ばった輪郭。髪はだらんと後ろに流しているだけで、背は極端すぎるくらい直立にのばしきっている。きびきびした動きでどこかぎこちないその歩き方は、ある種異様ともいえる雰囲気を周囲に放っていた。
「ハーン!」男達の声がいっせいに高まった。
「首領のおでましだ!」「ハーンだ!」「ハーン!」
 口々に、自分達の首領である男の名前を呼ぶ。それは尊敬や羨望とは少し違う。信頼がおけ、皆の先頭に立ってはいるが、あくまで自分と同じ仲間の一人、同志を立てている、という方が、彼らの歓声を表現するのにふさわしい。
 その歓声に対し、彼はもう慣れたことだというように、すっと手を上げて答えた。
「お前ら!」ハーンと呼ばれた男が口を開くと、彼らの声はいったんひいた。
「今日は楽しんでるか?なにしろいままでの戦利品ははいてすてるほどある。酒でも食い物でも、いくらでももっていけよ!」
「ハーン、遅えぞ!」
「ハーンもはやく入れよ!」
「まてまて、われらが首領をまず祝福してからだ!そうだろ、ハーン?」
 ハーンは笑みをうかべつつ、それを手で制した。
「いいぜそんなの。オレは神じゃねえんだから。とにかく、まずはオレたち『グレアムの兄弟』の今日の成功を存分に祝おうじゃねえか!」
「そうだ!ハーン!」
「ハーン!」
「ハーン!」
 彼の目の前にいる百名近くのゴロツキたちが、いっせいに首領の名を呼びはじめた。ゴロツキ――そう、いかにもかたぎではないような人物――片目に大きな傷を負ったもの、耳が削げ落ちたもの、全身切り傷だらけのもの、両手ともの小指の無いもの――そんな者たちが、この盗賊団を構成していた。彼らの中にはハーンよりも年齢が上の者も下の者もいたが、いまのこの一晩の祭りにしても、みな歳のことなどまったく気にせず、だれかれかまわずしゃべりあい、肩をたたき合っている。それは今夜だけではなく、常にそう。お互いに決して過去を語ることなく、だれもがいまの楽しさ、おかしさを謳歌(おうか)していた。
 そしてその中心にいるのはいつも、『グレアムの兄弟』を率いる男、ハーン・ラチェットだった。
 彼は近くにあったイモの蒸留酒を適当な小皿になみなみと注ぐと、皿を手にして一気にのどに通した。飲み終わり口をぬぐうと、ゴロツキたちが手をたたきハーンをたたえる。
「いい飲みっぷりだぜ、ハーン!」
「さすがハーンだ!おい、まだ酒無えのか?もってこい!首領に飲ませんだ!」
「それよりハーン、今日の村はなんだい、ありゃ?」
「そうだ。村を攻めるって聞いてたんでどんなやつらが出てくるかと思いきりゃ、もうお迎えがきそうなよぼよぼのジジイとババアしかいねえでやんの!」
「そうそう!殴っても蹴ってもぜんぜん抵抗しねえし、ただうずくまるだけで、なんにもおもしろくねえ!」
「それよかむしろ早めにあの世にいけて、あいつら喜んでるんじゃねえか?そう思うとオレたち、世の中にとっていいことしたような気さえするな」
 大きな笑い声が、城跡にたかれた火の周りに響き渡る。ハーンもそれにあわせながら話す。
「そのおかげで、こっちは一人の死人も出さずにすんだがな。オレもたしかに下調べはしたんだが、まさかあそこまでとは思わなかった」
「ハーンもそう思うか?だったら次はもっと若い女のいるところを攻めようぜ!」
「そうだハーン!酒と女とうまい食い物がある村だ!」
「今度はそこでやりたい放題やってやろうぜ!」
 盛り上がる『グレアムの兄弟』たちに、ハーンは再び手を上げ、わかってる、というしぐさをした。
「オレだって同じ考えだ。あんなちんけな村で満足するほど、オレたちはケチケチした性格じゃねえ。そうだろ、おまえら」
 歓声が上がる。それをみてから、ハーンは云った。
「だから今度襲うのは、もう少しまともな村にする。酒も、女も、思いのままだ」
「もう決まってるんですかい、首領?」
 ひとりが尋ねると、ハーンはうなずいた。
「ああ、どこだと思う、おまえら」
 しばらくおいてから、いろいろ考え、つぶやきあう彼らの視線を受け、ハーンは告げた。
「グレアムの森の西にある、ヴェルタ村。次のエサ場はそこだ」
 それを聞き、一瞬、ゴロツキたちの表情が固まる。
 こういう反応を、ハーンは予期していた。
「ヴェ、ヴェルタ村って……まさか」
「あの『鉄剣団』のあるところじゃねえか?」
「ハーン、マジで言ってんのか?」
 にわかにざわつきはじめる彼らを、ハーンは制すようによく通る声で云った。
「当たり前だろ。大マジだぜ、オレは」
 ハーンが云うと、彼の後ろにいていままで黙っていたやせぎすの女がはじめて口を開いた。それはとてもか細く、女にしてはきわめて低い声だった。
「ハーン様のはからいにより鉄剣団の人間どもを血祭りにあげる機会ができた。こんなにうれしいことはない……。われらがグレアムの兄弟によって業火に焼かれ、八つ裂きにされる彼らの姿が目に浮かぶ……」
 そうして残忍な、ただれた笑みをうかべる彼女を、ハーンは自分の後ろへやった。
「ソームは黙ってろ。お前がしゃべるとややこしいことになる。だがまあ、そういうこった。ヴェルタ村を襲撃して、今日以上の収穫をごっそり頂く」
「ちょっとまてよ、ハーン!」深い切り傷で片目のふさがったゴロツキの一人が、立ち上がって反論する。
「ヴェルタ村っていやあ、サガンの鉄兵団長だったダグラスとかいうやつがいる『鉄兵団』が村を守ってるところじゃねえか。あそこは村中の男たちが鉄兵団の団員で、いざとなりゃ総出で村を守る体勢ができてる、この近辺の村の中でも一番やっかいなところじゃねえか。なんでわざわざそんなところを襲うんだ?」
「なんだ、ずいぶん弱気じゃねえか、エルク」ハーンは見下ろすように答えると、その場にいる男たち全員にむかって言った。
「サガンの鉄兵団長がいるから?村中の男が総出で守ってるから?おまえらいつからそんなへっぴり腰になりやがったんだ。いくら鉄兵ったってたった一人。ほかのやつらは毎日農作業しかしてねえ、人を殺したこともねえただの優男ばかりだ。どうしてびびる必要があんだ?え?」
 それに対し、今度はぼさぼさの髪をした小男が手を上げた。
「ハーン、でもいきなりヴェルタ村じゃなくてもいいんじゃねえか?もっとほかにも手軽なところはいくらでもあるだろ。北のほうのラック村とか、イーベンス村とか。まずそっちのほうから襲っていったほうが確実だと思うんだが……」
「わかってねえ」
 ハーンは首を振って、答えた。
「おまえらなんにもわかってねえ。いいか?オレたちがこれからさき生き残るのに、いまなにをしたらいいのか考えろよ。『グレアムの兄弟』はいま何人くらいいると思ってるんだ?もう百人近くになるんだぜ。ちんけな村をいくら襲ったって、そのあと何日か分の食いぶちが手に入るだけだ。小さな村に残った食糧なんざあっという間になくなっちまう。目先の幸せだけ追うならそれでもかまわねえ。だがな、それでいいのか、おまえら?
 これだけの人数だ。そのうち軍の目にもとまりかねねえ。そうなったらいまのオレたちでどうなる?サガンの王さんのこった。捕らえるのは面倒だから死をもって罰すべしと、一人残らず殺すのがオチだ。そうなる前に、ある程度の拠点、人数、資金、その他もろもろ、戦える体勢を整えとかねえと、オレたち『グレアムの兄弟』はただの盗賊団で終わっちまう。ならどうすりゃいいかって?決まってる。もっと大きな村を襲って、十分な財産を手に入れる。単純なこった。大所帯には大所帯なりのふるまいが必要ってことだよ。極端に言やあ、オレたちはこの森に、国をつくるんだ」
 国、という言葉を聞き、ゴロツキたちは一瞬、とまどいの表情を見せた。とつぜんの大きな話に、イメージがついていかない、というようだった。
 反応はさまざま分かれた。言った意味を図りかねるというような者が多い中、ハーンは続けた。
「国だ。この森に、オレたちが理想とする国家をつくる。ここに集まってるやつらは、みんな後ろ暗い過去をもっているやつらばかりだろう?親殺しの殺人犯、役人の家に盗みに入った強盗、麻薬の密輸人、イカサマで儲けた博打打ち、気のいい老人をカモにしていた詐欺師。人に裏切られて世の中全部を恨んでいるやつ、でかい仕事に失敗して一度人生を捨てたやつ。そんなやつらが住んでた場所を追われて、人生おもしろおかしく楽しめる場所を求めて来たのが、この『グレアムの兄弟』だ。世の中からはみだしたやつらばかりでつくったもんだからまとまりなんてものはありゃしねえが、それでもうまくやってきたのは、ここにいる全員がもっと長い時間いろんなことで、くだらねえことでバカ騒ぎしたいと思ってるからだ。いまが最高に楽しけりゃそれでいいんだと、そう思ってるからだ。全員が同じ気持ちだから、さんざいがみあいながら、どうにかこれまでやってきた。そして気がつきゃ、もうこんな大人数だ。そろそろ次のステップにふみ出してもいいんじゃねえか。オレはそう思う。
 現実に考えてみろ。これだけの人数がいて、めったに通らねえ商人や旅人なんざ相手にしたところで、スズメの涙ほどの成果も得られねえ。小さい村をいくら襲ったところで、全員に贅沢にいきわたるほどの代物は手にはいらねえ。こんなことを続けてたんじゃ、国の軍隊なんかまたずとも、そのうちおまえらの方から音を上げるさ。食うものもねえまま、残った酒で悪酔いして、仲間どうしで殺し合い。盗賊が盗むもんもなくて飢え死にするなんざ、とんだ笑い話だ!」
「そういやさっき、マリイとベントマが言い合いになって、向こうのほうに刃物もっていっちまったぜ。二人ともしばらく帰ってこねえ。ってことは……」
 それを聞き、ハーンはいよいよ勢い込んだ。
「そうだ。オレたちは、どこまでいっても性格の悪い、どうしようもねえゴロツキなんだよ。ケンカっ早く、変なプライドをもってて、力にしか頼らねえ。協調性なんざまるでねえ。他人を思いやるとか、無償で助けてやるとか、そんなことには頭を回さねえ。自分がおもしろいと感じりゃそれでいい。そんなオレたちがたまたまうまくいってこれだけの人数が集まったんだ。おまえらにもう失うものなんてなにもねえだろ?なら、最後にひとつデカいことをやってのけるってのも、オレたちゴロツキ集団らしい発想じゃねえか!おまえら、いつまでもちんけな村でジジイやババアのケツを追っかけ回すつもりか?うまい酒といい女がほしくねえのか?なら、実現しようぜ!ヴェルタ村をつぶし、近くの村々をひざまずかせ、オレたちの庭・グレアムの森を拠点に、オレたちだけの理想郷をつくるんだ!」
 ハーンの言葉を聴くうち、ゴロツキたちの目の色が、徐々にかわってきた。たしかにこれだけの人数、このまままれにしか来ない商人を襲うだけではとてもまかないきれない。今日みたいな村ではいまのように不満ばかりが出る。こんなことが続けば、そのうち『グレアムの兄弟』の人数も減っていくだろう。ハーンの言うことは一理ある。いまがピークかもしれない。いまなら、なにかやれるかもしれない。もともと暮らしのあてなどなかったのだ。ここまできて安定した生活など望んでいたわけではない。ここくらいしか身を寄せるところはないと、ここならおもしろそうな生活が送れそうだと、そう思い加わった。なら、つきつめて最高におもしろいことに挑むのも――。
「オレはやるぜ」ひとりの男が拳をあげた。「ハーンの言うことだ。まったく無謀ってわけじゃねえんだろ。だったらオレはやってやる。おもしろそうじゃねえか。オレたちの国ができるんだぜ」
「オレもやる。今日みたいな村じゃ全然物足りねえ。男の求めるものは決まってる。力、金、女だ。単純じゃねえか。それをみすみす見逃すなんざ、男じゃねえよ」
「いまさらびびる命でもねえ。オレの人生、一回終わってんだ。危険だろうがなんだろうが、楽しけりゃどんなことでもやってやる」
「オレも!」
「オレもだ!」
 次々に『グレアムの兄弟』たちが、拳をふり上げながら口にする。中には酒の勢いをかっただけのものもいたし、あまり乗り気でないものもいた。だが有無を言わせぬ雰囲気が、いまの彼らの周りを完全に包んでいたのだった。
 ハーンの前に拳がそろう。それをみて彼がさらに言葉を継ごうとしたとき、ひとつ、違う手が挙がった。
「ハーン、その前に確かめさせてくれ」
 そういったのは、四十代くらいの中年男だった。目と髪が同じ灰色で、髪には少し白髪が混じっている。ゴロツキたちの中ではわりあい端正な顔をしていたが、表情は固く、気難しそうな男だった。
「ヴェルタ村の鉄兵団に勝てる、っていうのは本当か?勝算はあるんだろうな?まさか、まったく無策のままオレたちを戦いの中にひきずりこむつもりじゃないだろう。だがオレはそれを聞かないと、おちおち寝ることもできん。どうやってヴェルタ村に攻め入るつもりなんだ?聞かせてくれ」
「デュデック、おまえ、本当に小心者だな」ハーンは答えた。
「そのくらいのことで眠れねえなんてな。まあいい、説明してやる。
 おまえらは『鉄剣団』には元鉄兵団長のダグラスがいるから手ごわいというが、実際にはどんな集団か知ってるか?ダグラス以外のやつらはみんな、ふだんは畑でくわをふるったり、町で物を売っているだけの、ただの村人だ。それも当然。もともとやつらは小せえ村の自警団だ。そこに元鉄兵団長とかいう肩書きを持ったやつがやってきてリーダーになり、もったいぶって『鉄剣団』なんて名前をつけやがった。だけどな、その実態は、人を斬ったこともねえ、斬り方も知らねえ腰抜けどもばかりなんだよ。
 一度、ちんけな盗賊があの村を襲ったとき、やつらが立ちふさがったんで失敗した。それが武勇伝になって周り中に広まって、オレたちの耳にも入るようになったんだ。だがその盗賊、オレの調べたところじゃ、たった四・五人程度だったらしい。このバカなやつらは、たいして調べもせず、自警団がいることも知らずにのこのことヴェルタ村に現れたって、それだけのことなんだよ。それを『鉄剣団』が追い返して、めでたしめでたし、だ。
 だが冷静に考えてみろよ。やつらの実力、実績、経験。そのどれも、オレたちのはるか下だ。オレたちは何人の人間を斬ってきた?入ったばかりのやつでも二人や三人、多けりゃもう十人以上殺ってるだろ?やつらの大半は人との戦い方を知らねえ。どうやって剣を構えて、どこから斬りかかりゃいいかさえ、わかっちゃいねえんだ。人数だって、オレたちの方がむしろ多いくらいだ。そんなやつらに、オレたちが負けると思うか?むしろ負けるのは恥だと、そう思わねえか?うわさがひとり歩きして浮かれているやつらの鼻をあかすチャンスが、いまオレたちの目の前にあるんだ!やってやろうじゃねえか!いまのオレたちならできる!ヴェルタ村のやつらの能面ひっぺがして、ほえづらかかせてやろうぜ!」
 正確には、このハーンの演説はデュデックの問いに答えていなかった。つまり策などはなく、『鉄剣団』ごときにそんなものは必要ないということを、彼は男たちに訴えたのだ。
 しかしゴロツキたちはそんなことに疑問をもたず、むしろ彼の情報に自信さえつけた。なんだ、鉄剣団はシロウトの集まりか。オレたちも剣の腕はたいしていいわけじゃないが、やつらはなおひどいじゃないか。おまけに人数もこちらより少ないときてる。なら、勝てないほうがおかしい。
「ハーン、だがな……」そう言ったデュデックの言葉は、周りの男たちの大歓声に飲み込まれ、ハーンの耳に届くことはなかった。
「ハーン!」「ハーン!」「オレたちはやるぜ、ハーン!」「ハーン!」「ハーン!」……
 彼らの呼びかけを聞きながら、ハーンも拳をつきあげた。ゴロツキたちの心をひきつける術を、ハーンはたしかに才能としてもっていた。それゆえの、彼ら『グレアムの兄弟』の首領だった。
 夜の暗闇に大合唱が響く中、とつぜん彼らの後ろから男が走ってきた。角ばった顔をした、小柄な男。非常にあわてたようすでどたばたとかけてくると、ハーンの横までやってくる。
「どうした、ゴブ」ハーンはふりあげた拳を下ろすと、熱狂した雰囲気に水を差されたことに若干の不満を感じながら、尋ねた。
「首領、そ、それが、大変なんでやす」ゴブと呼ばれた男が、低い背をさらに縮こませながら、息もたえだえに云った。
「む、むこうの城跡の外側で、あやしいやつがいたんで、見張りのやつがとっつかまえようとしたら、逆にのされちまったんで……」
「あやしいやつ?」
 ハーン、そしてゴブの言葉が聞こえたゴロツキたちの表情が変わる。ハーンはすぐに考えをめぐらせた。こんな時間に?しかも大騒ぎしているところにわざわざやってきて?見張りのやつがのされた?
「どんなやつだ。旅人か?何人だ?」
「ひ、一人でやす」
「一人?」ハーンの眉間が寄る。「本当だろうな?後ろにだれかひそんでねえだろうな?」
「ま、まわりにゃ人の気配はありやせんでした。そいつ一人で……首領を出せ、って言ってやした」
「なんだと?」
 にわかにゴロツキたちがざわつき始める。立ち上がって、そいつの顔を確かめにいこうと、早速剣をにぎりしめる者もいる。
「――よくわからねえが、とにかく確かめる。どんなやつだ。剣士か。商人か。まさか魔法使いかなんかじゃねえだろうな」
「いえ、身なりはただの旅人っぽいんでやすが、ただ……」
「ただ?」
 ハーンが聞くと、ゴブは言いにくそうに口を開いた。
「そいつ、女なんでやす……」




 
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