死神と女神の狭間 第ニ章  

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 ダグラスらが村に戻ったのは、朝と昼の間ごろだった。
 ふりかえってみれば、鉄剣団の団員に犠牲者は一人もいなかった。負傷したものはいたがそれも致命傷ではなく、ほぼ彼らの完全な勝利といってよかった。
 そんな彼らの凱旋(がいせん)を、村人たちは村長をはじめ総出で出迎えた。彼らは家族の無事に安堵し、歓喜にわいた。涙を流すもの、抱擁しあうもの、さまざまな形で村人たちは、帰ってきた鉄剣団の団員たちをたたえた。
 そんな中、サンドラはいまだ村長の家の中にいた。
 戦いの結果を知るのが恐く、彼女は外に出ることができなかった。レオが殺され、タウラスがさらわれ、アラウンも犠牲になった彼女にとって、また訃報が届けられるのではと悪い想像ばかりが頭の中をめぐり、とても立って歩くことなどできなかったのだった。
 そんなサンドラのいる部屋のドアが、豪快に開かれた。彼女は驚き顔を上げる。姿を見せたのは、ダグラス。
「サンドラ、こんなところにいたのか!」
 そういう彼の顔がどこかほころんでいることに、サンドラは気がついた。彼の右足にはきつく包帯が巻かれており怪我をしているようだったが、表情はいたって明るい。期待が芽生えた。
「ダグラス……」
 サンドラは椅子から立ち上がり、声をしぼった。
「タウラスは……私の息子は……」
 彼女の言葉に、ダグラスははっきりとした笑顔をみせた。
 そして彼の後ろから部屋にかけこんでくる、背の低い子供の姿。
「――タウラス!!」
 走ってきたのは、まぎれもなくダグラスらが救い出した、タウラスだった。
「タウラス!!」
「母ちゃん!!」
 サンドラは自分の胸に飛び込んでくる子供を思い切り抱きしめた。もう決して離さないといわんばかりに、強く、強く力をこめて。
「タウラス!ああ、よかった――本当に、本当に――!」
「母ちゃん――」
 サンドラは涙を流した。タウラスも母の胸の中で泣きじゃくる。
「母ちゃん、ごめん――ごめんなさい……ごめんなさい――」
「ばかよ、この子は……あんな危ないところに行くなんて……本当に無事でよかった――」
 ひとしきりタウラスをだきしめるサンドラ。そのとき、ダグラスは口を開いた。
「――サンドラ。実はもうひとつ、お前におみやげがあるんだ」
「えっ――?」
 そういって顔を上げる彼女の目に、ドアに立つもう一人の男の姿が見えた。
 その目にうつった光景に、彼女は一瞬とまどった。
 信じられなかった。
 夢ではないかと思った。
 彼女の目の前に現れた、正義感と責任感の強そうな、まっすぐ自分の方をみつめる男の姿。
 サンドラは半信半疑のまま、あえぐように声を出した。
「――アラウン――?」
 たしかに、その顔があった。
 ダグラスの後ろから現れた男。
 サンドラが愛した夫。タウラスを救いに行った父親。
 もう戻ってくる望みがないと思っていた人。
 彼女の前にいたのは、死んだと思われていた、夫・アラウンの姿だった。
「サンドラ――」
「アラウン――うそ――」
 彼女はただアラウンの顔をみつめていた。
 夫だ。アラウンだ。
「サンドラ――!」
 彼はサンドラに近づく。サンドラはタウラスがそうしたように、今度はアラウンの胸に飛び込んだ。
「アラウン!!」
「サンドラ!!」
 お互いの名前を呼びながら、抱擁しあう二人。死を覚悟していたアラウンも、希望が消えていたサンドラも、また相手の存在にふれることができた喜びにあふれる涙をおさえきれなかった。
「すまん、サンドラ。遅くなった」
「本当よ――あなたのこと、どれだけ心配だったか――どれだけ――!」
「すまん――」
 抱きしめあう二人。かけあう言葉が尽き、彼らはしばらく互いの体温を確かめ合った。
 部屋に村長とデュデックが入ってくる。やさしい顔つきで、村長は二人の様子をみつめた。
「よかったのう、アラウンまで助かって――」
「まったくだ」
 デュデックもそれにうなずいた。
 ……と、彼の横でもすすり泣く声が聞こえる。
 ダグラスが、もらい泣きしていた。
「ああ、ほんとうに――よかった――」
 涙をだだ流しするダグラスに、デュデックは苦笑いした。
「おいおい、大丈夫か。俺より若いくせに涙もろすぎるぞ」
「……そうはいっても、なんというか、感動してな……ぐすん」
 そうしているうち、鉄剣団の他の団員たちも何名か部屋に入ってきた。ダグラスは涙をごしごしと腕でふくと、その場にいた全員を居間の机にむかわせた。
 ダグラスはひとまず村長に、今回の戦いの経過報告をした。『グレアムの兄弟』への早朝襲撃が成功したこと、タウラスを助け出し、盗賊たちのほとんどは倒されるか逃げるかしたこと、首領のハーンに重傷を負わせたが、黒髪の女に邪魔をされ、あと一歩で息の根を止めることができなかったこと。それらをダグラスはかいつまんで説明した。村長はうなづきながら彼の話を聞く。他の者も、ひとりひとり様々な思いをめぐらせながらいままでの一連の戦いをふりかえった。
「――もう少しのところでハーンを捕えることができたのですが、私の力が至らなかったばかりに……すみません」
 ダグラスが謝るのを、村長はおだやかな顔で制した。
「いや、ダグラスはよくやってくれた。とにかくタウラスを救うことができたのじゃ。それにそこまで追い込めば、もうやつらとて早々立ち直ってはくるまい。団員たちにもだれも犠牲者は出なかった。これ以上望むことはなにもないじゃろう。それにしても――」
 村長はアラウンの方を見て云った。
「アラウンはどうして助かったのじゃ。どこかに潜んでおったのか」
 村長の質問に、サンドラも注目する。アラウンは神妙な顔つきになって、答えた。
「いえ、私は『グレアムの兄弟』の宿営地についてからすぐ、タウラスのいるテントに向かいました。そして牢屋番を倒し、タウラスを牢屋から出すところまでいったんです。でもそこに現れたのが、あの黒髪の女、リースリングでした……」
 その名前を聞き、サンドラの表情がこわばる。
「あの女が――」
「そう。そして私は彼女と対峙したのですが、あえなく負けてしまい、気を失いました。そのとき、私も死を覚悟したのですが……気がつくと、私は近くの藪の中に転がされていたんです」
「藪の中――?」
 村長がつぶやくと、アラウンがうなずいた。
「ええ。あの女と闘って、たしかに後頭部になにかをぶつけられたのですが、致命傷ではありませんでした。そして藪の中にいたということは……」
「その女が、お前を藪まで引きずっていった、ってことか」
 デュデックが云った。彼はすでにアラウンの話を聞いていたが、まだそれを完全に信じ切れていなかった。
「そうとしか、考えられない。そのおかげで、私はダグラスらが攻め込んできたときまっさきにタウラスのテントに駆け込み、代わって入ったらしい牢屋番を斬って、タウラスを救い出せたんです」
 彼の話に、その場にいた全員が黙り込んだ。
 アラウンの説明に、困惑とも不審ともいえる表情を浮かべる彼ら。その沈黙をやぶったのは、ダグラスだった。
「ということは、あの女――リースリングは、お前にタウラスを助けださせようとして、そんなことをした、ということか」
「分からない。その時点では鉄剣団が朝に攻めてくることは知らなかったはずだから。だが、命を助けられたのは確かだ」
「そんなわけないわ」反論したのは、サンドラだった。
「あの女がそんなこと――だって、タウラスを救う気ならどうして最初からあなたを見逃さなかったの。あなたを危険な目に合わせておいて、タウラスを救い出させようなんて、私には信じられない。それにレオを殺しておいて、そんなこと――」
「レオを殺しておいて、か……そうだ。たしかにそうだな……」
 アラウンはどこか含みを持たせるようにつぶやく。それに、ダグラスは気がついた。
「何を考えているんだ、アラウン」
「いや、別に……」
「隠し事は無しだぜ、アラウン」デュデックもつっかかる。「なにか気になることでもあるのか?」
「そういうわけじゃないんだが……」
 アラウンは困った表情をしたが、サンドラも自分に視線を向けていることに気づき、息をついて答えた。
「――これは俺の勝手な想像だと思って聞いてほしいんだが……あの女は、時間を稼ぎたかったんじゃないかな。盗賊たちにとってあの場で虎の子の人質がいなくなれば、もう鉄剣団とはまともに戦えないわけだから、すぐにまた森の奥深くに戻って体勢を立て直そうとするだろう。そうなれば鉄剣団がやつらを追うことはほとんど無理だ。だが人質がいれば、やつらは油断してあの場所に堂々ととどまっている」
「ちょっと待て。てことは――」
 デュデックが疑問をはさむと、アラウンは先に答えた。
「あの女は、鉄剣団が遅かれ早かれ総攻撃をかけてくることを予想していたんじゃないか。昨日の無茶苦茶な交渉をあの女が冷静な目で見ていたとしたら、ダグラスと同じように、もうまともな交渉は無理、ヴェルタ村は強行作戦に出るしかないと彼女が考えていたとしたら――」
「じゃあ、あの女は俺たちが総攻撃をかけることを望んでいた、ってことか?それはおかしい。やつら、総攻撃に対する準備も何もできていなかった。ハーンからして、俺たちの攻勢に驚いて飛び出してきたように見えたぞ。あの女だって、まだ人質交渉する気でいたんじゃないか」
「だがそれだと、俺をハーンの前に突き出さなかった理由の説明がつかない。今日も交渉する気でいたなら、俺を縛って人質の数を増やしていただろう。その方が交渉をもっと有利に進められたはずだ。でもあの女はそうしなかった。俺を生かしたまま、やつらの目に触れないよう藪の中に隠した――」
「――つまり、あの女は『グレアムの兄弟』がつぶされることを望んでいた、ということか」
 重々しく、ダグラスが口を開いた。
「でもリースリングは、ハーンを捕えようとした俺の前に立ちふさがった。それはどう説明する」
「あの女が守っていたのは『グレアムの兄弟』ではなく、ハーン個人だった、という気がしている。デュデックの話だと、おそらく何か重大な情報をハーンがもっていて、それを知りたいがためにあの女はハーンと行動をともにするようになった、ということだった。彼女が用のあったのは、最初からハーンだけだったんだ。はじめは『グレアムの兄弟』がヴェルタ村を占領すればハーンが情報を与えてくれると考えていたが、頼みは人質だけというリスクの高い状況になって、考えを変えた。きっと彼女は『グレアムの兄弟』が滅び、ハーン自身も再起が絶望的な状態になれば、彼があきらめて情報を教えてくれるとでも考えたんじゃないか」
 アラウンの説明に、みな考え込むようにうつむく。デュデックだけが、まだ疑いを含んだ調子で云った。
「じゃあ、あの女はどうしてお前を生かしたんだ。こういっちゃなんだが、お前を殺しても差し支えなかったんじゃないか。生かして藪に置いておくってのは、タウラスを助けてくれ、って言ってるようなもんじゃないか」
「それは、俺にもわからない。どうして俺が生かされたのか――でも」
 彼は、云おうか云うまいか迷うように視線をさまよわせてから、言葉をつむいだ。
「リースリング――あの女の目は、決して狂気におぼれたような目ではなかったし、冷酷非道な人間の目でもなかった。無表情だが、なにか思いを含んでの、複雑な目――。もしかしたら、最初の戦いでレオの命を――子供の命を奪ったのは、彼女にとって想定外だったんじゃないか――その代わりに、タウラスを助けようとした――」
「そんなわけないわ!」
 アラウンの言葉に、サンドラは声を上げた。
「あの女がそんなこと考えているはずないわ!どうしてあなたはあの女の肩を持つの?レオが殺されたのよ。自分の子供が殺されたのに、それなのにあなたさっきから――」
「ああ、そうだなサンドラ。すまん――これは俺の勝手な想像だ。あの女に、なにか別の企みがあったんだろう」
 アラウンはそう云って妻をなだめた。村長が二人の様子を見て、口を開く。
「――いずれにしろ、アラウンがその女の手にかからずこうして無事でいてくれたのは幸いじゃったな、まことに」
 村長はやさしい顔をアラウンに向ける。ダグラスがそれに応じた。
「ええ。ただ、結局あの女の正体はわからずじまいでした。いったいどういう人間であったのか、いや、それよりも……」
「やつが人間なのかどうか、ということだな」デュデックがはき捨てるように云う。サンドラがけげんな顔をした。
「人間なのか、って……どういうこと」
「女の左腕」ダグラスがどこか煮え切らない顔で云った。
「リースリングと闘ったとき、俺が振り下ろした剣を、あの女は左腕で受け止めたんだ」
「左腕って……ガントレットでもつけていたの」
「いや、生身の腕だ。袖の生地も、皮膚も切れていたはずだ。だが斬り落とすことができなかった。それだけじゃない。もっと驚いたのは……そこから一滴の血も出ていなかったということだ」
「血が、出ていない……?」
 サンドラの顔が青ざめる。
「どういうこと……人間じゃなかったら、いったいなんなの……」
「悪魔か、死神じゃないか」
 デュデックが冗談のように云ったが、誰も笑うものはいなかった。ダグラスの話を聞くと、彼の言葉が真実味を帯びているように聞こえた。
 そのとき、アラウンも口を開いた。
「そうだ。そういえば、俺が彼女と出会ったときも、左腕に切り傷を負っていたのに血が出ていなかった」
「傷を……?どうしてお前に会ったとき、リースリングは怪我をしていたんだ」
 ダグラスが聞くと、アラウンは云った。
「彼女、仲間の盗賊に暴行を受けていたんだ。俺がタウラスのテントに忍び込む直前に、藪のすき間から見えた。たぶんラスターとかいうやつだと思う。そいつが、彼女の胸ぐらをつかんで地面に叩きつけたり、やたらと蹴りつけたりしていた。そのときに負った傷だろう」
「リースリングが、ラスターに……?」デュデックは疑念を隠さなかった。
「ラスターなら、たしかに動機はある……あの女がはじめて『グレアムの兄弟』に来たとき、仲間たち全員の前で無様に負けたからな。だが、リースリングがラスター程度の実力の男にいたぶられていた、ってのはどうも納得がいかん。ダグラスでさえてこずった相手だぞ」
「他にも数人男がいたようだったから、なにか卑怯なワナにでもかかったんじゃないか。結局そのあとすぐ俺の前に出てきたから、たいした怪我じゃなかったのかも――」
「いや、たぶんあの女、相当重傷だったと思う」
 そう云ったのは、ダグラスだった。
「俺と闘ったとき、リースリングは右のわき腹あたりをずっと気にしていた。明らかになにか異常があるように見えた」
「異常……そんなものあったか」デュデックが思い出そうとする。
「遠目からでは分からなかったろう。わずかな差だ。それをあの女は隠し通そうとしていたんだと思う。骨にひびが入っていたのかもしれない」
「俺は、そんなこと全く気がつかなかったが……」アラウンは云った。「でもそれくらいにはなっていてもおかしくない。むしろ俺の前に平気な顔で出てきたことの方が驚いたくらいだった」
「そんな状態で、どうしてあの女は……」
 デュデックの疑問に、ダグラスは云った。
「いや、その気持ちは分からなくもない。俺だって、この戦いの合間にどこか怪我をしたとしても、誰にもいわずに隠し通したと思う。特に敵には絶対に知られてはいけない。つけこまれるからな」
「我慢強いな、ダグラスは。俺だったら絶対他のやつらに言いふらして村で休もうとしてるぜ」
 そう言うデュデックに、サンドラはあきれた顔をした。
「あなたって、村を守る使命感とか、正義感とかには本当に無縁ね。だから結婚できないのよ」
「そ、それとこれとは関係ないだろう」
 焦るデュデックに、苦笑するダグラス。すこしだけ、場がなごやかになる。
 だが、アラウンだけはいたって真面目な表情のまま、頭の中で考えていた。
(リースリングが――もしダグラスの言うような、自分の弱みを決して他人には明かさないタイプの人間だとしたら――)
(怪我のこと以外にも、もっといろんなことを隠しているような気がする――)
(失敗したことや、自分の信条に反したことも――)
(ひとりで抱え、ひとりで解決し――)
(もしかして、彼女は――)
「それではひとまず、解散することとしよう。タウラスもアラウンも、鉄剣団のみなも疲れていることだろう。亡くなった者の葬儀の手はずはわしが整えるから、みなはゆっくり休みなさい」
 村長の言葉に、アラウンはようやく物思いから目が覚めたように頭を上げた。他の者はすでに立ち上がっている。
「アラウン、お前も疲れているだろう。今日は休め」
 ダグラスに云われ、アラウンは首を振った。
「いや、ダグラスこそ休んでくれ。これまでの戦いでも、俺のことでも散々気をつかわせたし」
「なに言ってるんだ。オレの体はこれくらいのことで参るほどやわじゃないぞ」
 お互いに言葉をかけ合う光景。数日前までは当たり前だと思っていた光景。それがいま、非常な幸せに感じられる。この日常が自分にとっていかに大切な時間であるかを、彼は心からかみしめていた。
 レオを失ったから、前のような生活には二度と戻れない。でも、だからこそこれからは、いままで以上に幸せな生活を送ろう。そしてずっとかけがえのない人たちを守り抜いていこう。
 ヴェルタ村に、ようやくもとの平和が戻ってきたのだ。彼はそれを実感していた。
 だから、彼には気づかなかった。
 たった一つだけ、小さいがとても深い暗闇が、彼らのすぐ近くまで忍び寄ってきていたことを。




 
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