死神と女神の狭間 第ニ章  

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 その日の夜。
 彼らはこれまで根城にしていたグレアムの森の城跡をあとにし、ヴェルタ村にほど近い岩山の裏まで移動していた。この山をこえれば、半日もせずにグレアムの村に着く。日が完全に沈んだころようやくこの場所にたどりついた彼らは、今日一日体を休め、明日の夜、ヴェルタ村への襲撃を開始するてはずとなっていた。
 ハーンやその周りの者・ゴブやソームらは、この場所についた時間がやや遅かったこともあり、早々にテントをつくるとすぐに眠りに入った。他のものも大半は、昨日の夜更かしが響いてかまだ完全に体力の戻ったものも少なく、加えてあまりここで昨日のように騒いだりたき火をたいたりしては万一ヴェルタ村の見張りの目や耳にとまるとも限らないことから、すぐに寝静まっていった。彼らの中には、ヴェルタ村を攻め落としてその後のぜい沢を夢に見るものもいれば、明日の闘いに武者ぶるいするもの、あるいは恐れをなしてなかなか寝付けないものなど様々いた。寄せ集めである彼らであったから心の状況はそれぞれ違っていて当然だった。それでも彼らは彼らなりにハーンを信じ、現在の状況を過去の無残な自分の人生とを比べ、いまの自分自身を信じていた。
 そんな、希望と不安が交錯する夜更け。
 彼らのねぐらからやや離れた場所で、かすかな足音が足元に生える草をわけた。それも一人ではなく、複数。
「おい、本当にこっちのテントにいるんだろうな」
「ああ、間違いない。今日ここについてから、あいつの動きをずっと見張ってたんだ。あの女、あそこのテントで眠りこけているはずだ」
 そう小声で口にしたのは、巨漢の男・ラスターだった。
「首領が気いつかって、わざわざオレたちから少し離れたところにテントを張らせたんだ。それがオレにとっちゃ都合のいいことだ。だれにもみられず、あの女に復讐できるんだからな」
 いいながら、彼は思い出した怒りをふつふつとわきたたせ、いまいましげな表情をみせた。
「仲間たち全員の前であんな赤っ恥かかされちゃ、オレの気がおさまらねえ。それがさらにオレたち『グレアムの兄弟』の仲間に加わるってんだから余計にだ。あの女、ボコボコにしてやって二度とオレに逆らえねえようにしてやる」
「ラスター、こんなことしてハーンはなんていうかな。大丈夫かな」
 彼に連れられてきた者のうち気の弱い男がラスターに問うが、彼は依然として気丈だった。
「ふん!首領が間違ってんだ、あんな女をオレたちの同胞にするなんてな。いくら実力があるっていっても、なに考えてるか分からねえ、気の許せねえ人間をオレたちの仲間と呼ぶわけにはいかねえ。オレたちはいまの生活が楽しけりゃ、それでいいんだ。それだけで結束してるようなもんだ。だがあの女はどうだ?こっちがなにをいおうが騒ごうが、全く面白くないとでもいいたげに眉ひとつ動かさねえ。気味が悪いくらいだ。なにより許せねえのは、オレに勝ったときにも表情ひとつ変えなかったことだ!勝ったのが当たり前みたいな、小生意気なあの態度が、オレの目に焼きついて離れねえんだ。オレだってあいつのやり口さえある程度わかっていりゃ、対処の仕方はいろいろあった。それにあのときこっちは素手だ。剣を使ってりゃ、オレが絶対に勝ってたんだ。それをあの女は――」
「ラスター、こんなところで負け惜しみはよせよ」
 そばにいた男が冗談めかして云った。しかしそれがラスターの気にさわり、
「負け惜しみじゃねえ!」彼は云った男の首根っこをつかみかかった。「オレが、グレアムの兄弟でも剣の腕なら一ニを争う、格闘でも負け無しのオレが、あんな細いマッチ棒みたいな体の女に負けるとでも思ってんのか?あ?どうなんだ!」
「よせよ、ラスター!こんなところで騒ぐな!」
 他の二人があわててラスターと男とをひきはなす。ラスターは鼻息も荒く、興奮した様子で両の拳をにぎりしめた。
「ラスター、冷静になれよ。いまはとにかく、あの女を黙らせることだろ?」
「ああ、そうだ。ちっ。お前も余計なこというんじゃねえよ」
 実際彼にとって、男の云ったことは図星なのだった。
 リースリングに石の刃を投げつけられたとき、彼にはいったい何が起きたのか把握できていなかった。いつのまにか、首筋に激痛が走り、彼の肩を、胸を、血が伝っていたのだった。なすすべがなかった、というのが彼の――頭では認めないにしても――正直な実感だった。だからこそ余計に、ヴェルタ村の襲撃を前にしてのこの屈辱は、彼にとっては耐え難いものだったのだ。
「でもあのリースリングとかいう女。なんていうか……妙なところあるよな」
 一番後ろからついてくる気弱そうな男がつぶやくと、前にいたラスターが反応した。
「妙なところ?」
「なんていうか、何を言っても動じないっていうか……あいつ、普通じゃねえような気がして」
「普通じゃねえって、どういうことだ」
「あいつだけ別の次元にいるっていうか、オレたちと同じ人間とは思えねえんだ。こんな男ばかりのところに単身乗り込んできた、ってことがまずおかしいし。普通の神経じゃ考えられねえよ。……ソームは別にしても、オレたちみたいな中に女一人で何日もいられるもんじゃないだろうし。もしかしたら、いまオレたちがこうしていることだって、もうあの女はお見通しで――」
「そんなわきゃねえ。そりゃ、あいつがいつも知ったふりしてずっと黙ってるから、そう見えるだけだ。面はいくらつくろえても、一枚その仮面をひっぺがしゃあいつだってただの女さ。窮地になりゃあ、不安と恐怖でおののいた顔をオレたちに見せるはずだぜ」
 そういってラスターがにたりと笑う。ハーンには決してみせることのない、残忍な笑みだった。
 ハーンが、ラスターはよく頭が回るといったのは、こういった意味も含んでいた。つまり闘いにおいて理知的な手法をとるというだけでなく、自分独自の考えを彼はもっていて、それに反することが起きればハーンの指示もなく自分で勝手に片を付ける、ということである。チンピラたちの間では、もしハーンの首領としての地位を脅かす存在があるとすれば、このラスターがまず筆頭にあがるだろうと予想されていた。彼は首領に対し基本的には従順であるが、一方で反抗的――野心的、といったほうがいいかもしれない――な面ももちあわせているのだった。
 彼らの先にテントがみえる。三角形の、小さな野外用テント。四人くらいが寝られるようになっていたが、いままでだれもこのテントを使う者がいなかったため、いつもゴブが小さな体でこの重い荷物を運んでいた。それが今日はリースリングのために、ひさしぶりに日の目をみていた。
 彼らは音を立てないよう慎重にそのテントの正面まで近づくと、まずラスターが一人で近づき、その入り口の布をそっと横にやった。中はかなり暗かったが、なんとか全体の様子がぼんやりと、のぞきこんだ彼の右目にうつった。
 テント内にはほとんど荷物はなく、ただ小さな荷袋が奥のほうにおかれているだけだった。ラスターが視線を右側のほうにうつすと、かぶせられたかけ布から黒い髪がすこしだけのぞいている光景が目に入った。
 少しして、彼は後ろの男たち三人に合図を送った。
(いる。女が中で寝ている)
 その合図をみて、残りの三人が入り口にとりつく。ラスターは息を止めて彼らを振り返ると、ここに来る前に打ち合わせておいた内容を確認した。
「よし。全員で一気にかかるぞ。俺が先に入るから、お前ら二人はあとから足の方をおさえるんだ。あいつが逃げられねえようにな。お前は外を見張ってろ。いいな」
 ラスターが一呼吸おく。全員の顔が少しだけ緊張したものになる。相手は寝ているのだから大丈夫だという確信が、彼らの中にはたしかにあった。しかしそれとともに、なぜか心の奥底では、得体の知れない女に対する奇妙な不信感もあった。
 普通なら、何の心配もない、いつも自分たちがやっている略奪と似たような状況だ。しかし今回はひとつだけ決定的に違う。
 相手がここにいる男たちのだれよりも、おそらくずっと強いということ。
 そのことだけが、全員の、ラスターにさえ、ひっかかっていた。
 それを振り払うように、ラスターは全員の顔を見回すと、入り口の布にさっと手をかけた。
 そして――
 一気にそれを横にやり、頭から自分の体をテント内にとびこませる。
 ラスターは狭いテント内を一歩、二歩でつめ、眠っている女のすぐそばまで近づく。そしてそのままラスターは女の体を上から強くおさえつけ、他の二人が続いて足元をおさえる――
 はずだった。
 しかしラスターがいままさに女の肩に手をかけようとした瞬間、女の上半身が急に寝床から持ち上がった。
 行き場を失ったラスターの手は宙をさまよいながら、起き上がった女の方へ再び襲いかかろうとしたところで――
 彼の腕は、ぴたりと止まった。
 両足を押さえつけようとした男二人も、寸前で足がひかれてしまったため戸惑い、それでも女を取り押さえようと彼女の方をみた。
 その彼らの目にうつったのは、闇の中でぴたりと動かなくなったラスターと、ひざ立ちの状態になってラスターの首筋に手刀の形をとった左手をむける女の姿だった。
 あっけにとられ、二人の男も動きを止める。するとラスターが声を上げた。
「てめえ……起きてやがったな」
「動かないで」
 静かに、刺すような口調で女・リースリングが制した。
「動くと、いまあなたの腕につけたものと同じ傷を、あなたのクビにもつける」
「なんだと?――あっ」
 そういったころに、ようやくラスターの右腕に痛みが走り始めた。
 ラスターが横目で見ると、暗がりの中でうっすらと自分の腕先に血のラインがにじんでいるのがみえた。しまったと思う気持ちと、どうやってという疑問とが、彼の脳内を交錯する。
 その痛みと、突きつけられた彼女の手先に、ラスターはひとつの結論を出した。
「お、おいラスター、なんで動かないんだ。こいつ、素手だろ?」
 足を押さえようとした二人のうちひとりが声を漏らした。ナイフでももっているのかと思い目をこらした二人だったが、彼女が向けているのは何も持たない左手の手刀。しかしラスターは金縛りにでもあったかのようにぴたりと動かず、二人も動けずにいた。
「爪だ――」
 ラスターは昨日の左肩に続き右腕にも痛みを抱えながら、苦しそうに云った。
「こいつ、爪に――なにか仕込んでやがる!」
 凶器は、彼女の左手指にある爪――正確には、爪につけられた細かな刃らしかった。もちろん直接みえないが、近づいた瞬間に傷つけられた右腕といまの彼女のそぶりから、ラスターにはそれしか考えられなかった。きっといまつきつけているこの左手の指先が、女に襲いかかったときに自分の右腕を切り刻んだのだ。彼はそう推理した。
「てめえ、調子に乗るなよ……!」
「……余計な動きをみせたら、命はない」
 冷え切った調子で云う黒髪の女に、ラスターは相手が一枚上手であることを認めざるを得ず、心底くやしがった。
「くそったれ!寝てたふりしてオレたちが来るのを待ってていやがったのか!」
 彼が叫ぶと、リースリングはそれには答えず、静かに云った。
「……私のテントに勝手に入ってこないで。なにも用事がないのなら、睡眠の邪魔をしないで」
「用ならあるぜ。てめえに仲間の前で侮辱されたこと、ここでお返しさせてもらいにきたんだよ!」
 ラスターは半ばやけくそになって云った。
「ちっ。いつもいつもよくわからねえツラしやがって!むかつくんだよ、てめえのその態度がな!今日はその仮面をひっぺがしてやろうと思ったんだが、やっぱり変わらねえ。てめえ、いったいなんなんだ?オレたちをバカにしてるんだろ、ええ!?」
「ラスター、や、やっぱりこいつ、やべえやつだって……。あんまりつっかかったら、オレたち全員殺されかねねえ……」
 ラスターとともに動けずにいる臆病な男が云うと、ラスターは顔をひきつらせながら云い返した。
「やべえやべえって、こいつだってただの女だろうが。……いや、ここまでやって表情ひとつ変えねえんなら、案外人間じゃねえのかもな。ソームも全然女らしくねえが、こいつはもっとだ。おい、どうなんだ。お前、本当に人間か?」
 ラスターはリースリングに向かってみくびるように云った。しかしやはり、彼女は顔色ひとつ変えない。
 そのとき、テントの外から男の声がした。
「まずい、むこうから人が来る!」
 それを聞き、ラスターは外の男のほうに目をやると、ゆっくりと後ろに下がり、リースリングの左手から離れた。
 立ち上がり、じっと彼はリースリングの変わらない表情を見下ろす。
「――いつかその顔、苦痛にゆがませてやる。覚えてろ!」
 そうはき捨て、ラスターと他の男たちは急いでテントの外へ出て行った。
 リースリングはその後姿を、なんとも思わないような、ぶぜんとしたような目つきでながめる。そしてくしゃくしゃになった寝床から出ると、近くにあった白い布をとって左手をぬぐった。
 そうしていると、ひとりの男がテントの前にやってきた。
「リースリング、いるか。入るぞ」
 そういってテントに身をかがめて入ってきたのは、首領のハーン・ラチェットだった。
「いまここから男たちが出て行ったぞ。なにかあったのか?」
 彼が勝手にテントのランプに火をつけながら尋ねると、リースリングはなんでもなかったかのような平然とした顔で、ラスターと数人の男たちがやってきたことを告げた。
「なに、ラスターが?くそっ、あいつ……朝は妙におとなしいと思っていたが、そういうことだったのか。――お前、やつらになにか乱暴されなかったか?」
 ハーンがぶしつけに聞くと、リースリングは小さく「別に」とだけ答えた。
「そうか……」云いながら彼は、ランプの火に照らされるテント内を見回した。乱れた敷き布とかけ布とが、彼の視界に入る。
「……ほんとうになにもなかったのか?」
 かなり疑わしそうにハーンが聞くと、リースリングは小さく「別に」と答えた。
 ハーンはリースリングの手元をみる。白い布でなにやら左手をふいている。
「……ほんとうになにもなかったのか?」
 あきらかに疑わしそうにハーンが聞くと、やはりリースリングは小さく「別に」と答えるだけだった。
 ハーンは「ま、それならいいけどな」といって頭をかくと、近くにあった背もたれのない簡易イスにどかっと腰を下ろした。
「……なにか用事」リースリングが聞くと、ハーンはテントの外をみながら云った。
「眠れなかったから、散歩してただけさ」
 彼は少し目を細めながら、なにか思いを含んだように、外にのぞく暗い森をみた。そうしてから、今度はテントの中のリースリングに視線を移した。黒く長い髪に、白く端正な顔立ち。アメジスト色の謎めいた瞳が、相変わらず何かをみているようで何もみていないような、薄い視線をどこか遠くへ投げている。何かを思い悩んでいるような、何も考えないでただ沈んでいるだけのような、見る人にとって見方が変わる不思議な雰囲気を、彼女はいつもまとっている。何を考えているのかわからない、というラスターの表現は最も的確であったが、それだけでは説明できない何か確固とした想いさえも、彼女は兼ね備えているように――少なくともハーンにはそう見えた。
「……ひとつ、聞きたいことがある」
 しばらく間が空いてからそう云ったのは、リースリングの方だった。
「なんだ。また作戦のことか?」
 ハーンが云った、リースリングは首を振るでもなく、ただ言葉を発した。
「……なぜ、ヴェルタ村なの」
「なぜ?」
 リースリングは左手をぬぐった布を近くの机に置いてから、ハーンに話した。
「ヴェルタ村以外にも、このグレアムの森周辺にはいくつか集落がある。あなたたちがほしがっている金銭や食べ物を多くもった村もあるし、ヴェルタ村に比べて警備の緩いところもある。どうしてあえて、攻めるのに難しいヴェルタ村を選んだの。それも、あなたの気まぐれ?」
「それも、ってなんだ。オレはいつだっていちおうそれなりに考えをもってやってるんだぜ」
 そういった上で、ハーンはやや考えるふうを装って答えた。
「どうしてヴェルタ村なのか、か。ま、うちの戦力なら、不意をつけば勝てるとふんだからだな。それに『鉄剣団』に勝てりゃあ、他の村はおそれをなしてオレたちに降伏するに違いねえ。そうなりゃ、無駄な戦力をつかわねえですむだろ?」
「そう……」
 リースリングはあまり納得できなさそうな表情を一瞬みせたが、すぐにまたもとの無表情に戻った。
 ハーンはそんな彼女の少ない動きを眺めながら、少し考え、口を開いた。
「オレからも質問させてくれ、リースリング」
「……何」
「お前、ほんとのところは、いったい何者なんだ?」
 彼は聞いた。
「本当に殺し屋か?いや、もし殺し屋でも、ただの殺し屋じゃねえようにみえるぜ。普通は殺し屋っつったって、もう少し人間味があるもんだ。お前みたいに表情ひとつ変えずに、だれとも話さずただ黙々と自分の仕事だけ進めるなんてのは、人から嫌われようとしてるようにしかみえねえ。わざとそうしてるのか?だいたいお前、いま何歳だ。オレは二十五だが、オレより若えような気がする。それだけ若えのに、なんでお前、こんなことやってんだ?」
 彼の質問に、しかしリースリングの方は、答える気配を示さなかった。
「……ま、いいさ。答えたくねえなら、それでも……」
 そう彼が言いかけたとき――
 リースリングは、小さな声で答えた。

「……殺し屋よ。ただの殺し屋」

 そう云った彼女の口調は、やや自虐的に、ハーンには聞こえた。
「ころしや、ね」
 ハーンがひとこというと、イスからそっと立ち上がった。
「答えてくれただけもうけものだな。じゃあもうひとつ、聞いてもいいか?」
 ハーンは切れ長の目をリースリングにむけた。彼女は視線を別に移したまま、なにもいわない。
「リースリング。お前……いまからオレと寝る気はねえか?」
「?」
 突然の言葉に、リースリングは若干目をしばたかせた、ようにみえた。
「……寝る?」
「そう。オレがここでお前と――」
「……断るわ」
「まあそういうなよ。お前、人間味がねえんだから、ちゃんと女かどうか確かめてえんだ。それをやるなら、直に触れるのが一番わかりやすい――」
「早く出てって」
 云われ、ハーンは少し残念そうな顔をしたが、早々にあきらめた。
「ちっ、わかったよ。お前が普通の女なら、力ずくでやってやるんだがな。お前じゃお互い痛い目にあいそうだ。さっきのラスターもどうせ、お前にゃかなわなかったんだろ」
 そういって、彼はテントの外へ行った。
「邪魔したな。明日は頼むぜ。約束どおりにな」
 テントの入り口をくぐり、外へ出る。気候的には寒くもなく暑くもなく、比較的過ごしやすい夜だった。中天には星々が無数の輝きを見せ、雲はほとんどみられない。明日も晴れそうだ。ハーンはそんなことを感じ、暗い森の中を自分のテントへ戻っていった。
 しばらく歩くと、彼の表情は真面目なものになった。明日が、彼にとっての、そして『グレアムの兄弟』にとっての大一番。彼はいろいろと考えをめぐらせながら、しかし深く考えればまた眠れなくなると思い直し、暗い夜道を歩いた。
 ただひとつだけ。
(……ヴェルタ村は、必ずつぶさねえとな。それがオレの――)
 そう、心の中で改めて決意しながら。




 
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