死神と女神の狭間 第ニ章  

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 時が過ぎるのは早い。
 次の日、グレアムの兄弟は戦闘の準備を整え、夕方ごろから徐々にヴェルタ村へ進行しはじめた。だれもが略奪の開始をいまかいまかと待ちわび、鉄剣団との戦いに対する恐れを勝利とぜいたくを思い描いた未来で追いやっていた。
 小男のゴブは相変わらずあくせくあたりを動き、仲間たちの状況を過剰なくらい何度も確認して回っていた。それはハーンの命令でもあったが、本人がじっとしていても落ち着かないというのが本当のところだった。堅苦しい態度のソームは依然としてハーンにぴったり付き、つかいの用事があればそれを忠実にこなしていた。ゴブと違い、緊張した表情は一切見せない。それよりも、どこか違うことに興味がいってしまっているような、そんなそぶりだった。
「もし若い人間の死体が落ちていたら、いくつか拾ってもいいでしょうか」
 日も落ち始めたころにソームから唐突に出された質問が、これだった。ハーンは返答に困り適当に生返事を返すだけだったが、本人はいたって真面目に考えているようで、口の端を引き上げながら、ゆがんだ笑みをつくって云った。
「特に子供の体を手に入れたい――。いまは中年以上、老人のものばかりで得られるものが少ないのです。若い血と肉、骨の情報が不足しています。今日の戦いではぜひそれをみつけなければ……」
 ソームは、ひとことでいえば、ネクロフィリア(死体愛好家)だった。
 いくつもの病死した人間の死体を集め、骨や筋組織、内臓の機能や構造がどうなっているのか確かめる。それが彼女がグレアムの兄弟にやってくるまでの職業であり、彼女の生きがいでもあった。それが仕事として成立している間はよかった。しかしそれがいつからか危うい方向へのめりこんでしまい、いくつかの殺人を犯した結果、彼女はいまここにいるのだった。
 ハーンはそんな彼女の半分ひとり言になっている話を無視するのがやっとだった。こいつ、これから鉄剣団と戦う意味がわかってないんじゃねえか、ともハーンは思った。
 ともかく、彼らのほとんどは太陽が地平線に沈んでいくにつれ、徐々に顔つきに緊張感をみなぎらせていた。口では「鉄剣団なんてザコだ、楽勝楽勝」だの「シロウトの村人になにができる。こっちは何人も人斬ってんだ」だのとまくしたてていたが、それも完全に日が落ち、もうヴェルタ村と目と鼻の先の距離にまで近づいてくると、彼らの口から出る威勢のいい話もきれいに影をひそめていた。
 暗闇の広がるグレアムの森。
 ヨシャブシの大きく広がった枝々が森を歩く人々の真上を覆う。その中を、かさかさと草を分けながら進み行く「グレアムの兄弟」のチンピラ達。ときどき遠くから動物の鳴き声がし、風が森を通り抜ける悲鳴のような音に混じる。普通の者なら恐怖に打ち震え、一人では絶対に踏み入ることのない、恐ろしく奇怪な空気を秘めた、暗く深い森。
 目の利くものなら、遠目にヴェルタ村の家の屋根がわずかにのぞくところまで、彼らはやってきた。横に大きく広がりながら、ハーンらはできるだけ静かに歩みを進める。首領を先頭に、わきにいつもどおりゴブとソームを控え、その他の男たちも次々と左右に連なっていた。近くには、手傷を負ったラスターの姿も、そして暗闇に溶け込むようにしながら歩く黒髪の女の姿ももちろんあった。
 しばらくしたところで一度進行を止め、ハーンは皆に向かって云った。
「よし、もうすぐヴェルタ村だ。いいかお前ら、オレが森の切れるところで合図をしたら、いっせいにヴェルタ村に走れ。全員で寝ているやつらを片っ端から斬っていくんだ。そうすりゃ、やつらは混乱して鉄兵団を集めにかかるだろう。そうなる前に、あちこちの家に火を放つんだ。いくらやつらが立派な自警団だっつっても、炎の勢いまではそう簡単にとめられねえ。幸い今日は風もある。ちょっと火をつけてやれば一気に燃え広がるはずだ。そこからは略奪だ。襲ってくるやつは皆殺しにしろ。いいな」
 全員に聞こえるような声を出すわけにはいかなかったが、周辺の男たちはハーンの身振りで言いたいことを察し、事前に打ち合わせていたことを頭の中で復唱した。打ち合わせといって、いま彼が言ったようにたいした作戦があるわけではないのだが、それでもただ漫然と襲いかかるだけだったこれまでの略奪とは違い、組織だっての動きがひとつやふたつあるということだけで、彼らにとっては十分特別で複雑なことなのだった。
(ダグラスが出てきたら、できるだけ無視しろ。相手にしていたら身がもたねえ。それよりも、弱いやつらを先に狙え。なんなら一人か二人捕えて、人質にするんだ。これならやつらだって手出しできなくなる。そこまでいきゃ、もう勝ったも同然だ。わかったな)
 ハーンは小声で言い終えると、再び彼らは歩みを進めた。
 ゆっくりと、ヴェルタ村までの距離が縮まる。早く暴れたくてうずうずしている者は自分を落ち着かせ、気おくれしている者は自分を奮い立たせ、各人が各人なりに戦いへの心の準備を整えていた。ぴんと張り詰めた緊張。
「しゅ、首領、本当に大丈夫でヤスかね……」
 うずうずしているか気おくれしているかといえば、確実に後者に入るであろうゴブは、体を震わせながら首領の近くに寄って声を漏らした。
「鉄剣団のやつらがくるまでに、村に火を放って、そいでから村人を襲って、鉄兵団を集めにいって……」
「しっかりしろ、ゴブ。言ってることがめちゃくちゃだ」
 ハーンは横目でゴブを見ながら云った。
「なに、簡単なこった。ようは何も考えずにいつもどおり攻めこみゃいいだけさ。やつら素人集団にはなにもできやしねえ。大丈夫、『グレアムの兄弟』はこんなところで終わるほどちっぽけな集団じゃねえ。これからもっとでかくなって、くそったれサガンを食って国をつくるまで、オレたちは負けねえ。だろ、ゴブ」
 云われ、ゴブは目の前に迫る戦いに震えながらも、必死にうなずいた。
「そ、そうでやす。お、おいらたちは、こんなところで死ぬわけないでやすね……」
「あたり前だろ。不吉なこと言うんじゃねえ。そんなこと言ってっからお前はいつまでだっても臆病ぐせが抜けねえんだよ」
 そこに横からぬっと、ソームのひどくほおのこけた顔が現れた。
「な、なんだ、ソーム」
「今朝、どこからか私の頭の中に声が聞こえました」
「なんだって?」
 ハーンがけげんな顔をしたが、ソームはいたって真面目な態度で云った。
「頭の中に、こう響いてきたのです。この戦いは全ての始まりであると。グレアムの兄弟にとっての、出発点になると。信託が、私におりたのです。私はこれを、グレアムの兄弟が栄光を手にする第一歩だととらえました」
「信託、ね。このさい何でもいい。要はオレたちが勝つってことだろ。それなら文句はねえ」
 ハーンは再び顔をヴェルタ村へ向けた。もう森が切れるところまでわずか。彼の中で自信と不屈とが緊張と混ざり合い、そのことが余計に彼を興奮させていた。
 人生に何回あるだろうか。のるか、そるかの戦い。彼はまさにその一戦を迎えようとしていた。





 しかしハーンたちの状況は、それほど良いとはいえなかった。なぜなら、デュデックがもたらした情報により万全の体制を整えていた鉄剣団は、すでに彼ら『グレアムの兄弟』の周りを遠巻きに取り囲んでいたからである。
 ダグラスの作戦通り、鉄剣団の団員たちは部隊を三つに分けた。ひとつはダグラスを先頭に、オニイバラの茂みの裏にひそみつつ正面からグレアムの兄弟を迎え撃つ部隊。ひとつはヨシャブシの木の上に上がり、上から吹き矢を射かける部隊。そしてもうひとつは、森の少し奥の斜面の下に待機し、盗賊たちを背後から襲う部隊。すでに人員の配置も終わり、あとはグレアムの兄弟がくるのを待っている状態だった。
「アラウン、やつらだ」
 その三番目の部隊――斜面の下の団員を率いるアラウンは、仲間からの知らせを受け、顔をやや緊張させた。
「きたか。よし、みんな。俺が合図したら、いつでも飛び出せるようにしておいてくれ。落ち着いて行動すればきっと――いや、必ず勝てる」
 アラウンは二十名程度の団員たちの顔を見渡しながら云った。仲間を判別できるよう肩のあたりをオレンジ色の塗料でぬった団員たちが、全員しっかりうなずく。ここで負ければ、自分たちの家族を、村を、全て失うことを彼らは知っていた。そこには怯えを微塵も感じさせない、精悍な顔つきがあった。
 アラウンらのいる場所は人の背くらいのごく小さな崖の下だった。遠めに見ればわからないほどの段差のため、森の中にいる者からすれば死角になりやすい。彼らはそうした場所に身を潜めていた。小さな音すらたてず、じっと『グレアムの兄弟』が通り過ぎるのを待つ。いつもならあっという間に過ぎていく時間が、彼らには永遠のようにとても長く感じられた。
 アラウンも気を張りつめ、盗賊たちの足音に耳をすませていた。だが一方で、彼の心の隅にひとつ、ひっかかっていたことがあった。
 村を出発する直前、アラウンのところに妻サンドラがやってきた。生死をかけた戦いを前に、二人は強く抱き合ってお互いに言葉をかけあった。彼だけではない。これから戦いに出る男たちの周りにはその家族や親戚、友人たちがかけより、堅い握手と熱い抱擁を交わしていた。おもわず涙をこぼすものもいた。もしかしたら、この戦いで彼らは命を落とすかもしれない。いや、可能性から考えて全員が生きて帰ってくることは難しいのだから、たぶん、団員の誰かは犠牲になる。そのことを、村中の誰もが認識していた。だからこそ、彼らは団員たちと最後になるかもしれない時間をかみしめ、いつまでも名残惜しそうに声をかけあいながら、しだいに別れていったのだった。
 サンドラも目をうるませていた。そしてひととおり言葉を交わした後、心配げにこうつぶやいたのだった。
「レオとタウラスがどこを探しても見当たらないのよ。こんなときに、いったいどこにいったのかしら……」
 少し流れた涙を指でそっと払いながら、サンドラが怒るのを見て、アラウンは苦笑いをつくった。
「あの二人のことだから、またどこかに遊びに行ってるんだろ」
「でも昼間からずっとよ。村の子供はみんな村長と一緒に避難しているのに、どこにもいなくて――」
「大丈夫。どうせ晩ごはんの時間になったら戻ってくるんだから、心配しなくてもいいよ」
「早く戻ってきてほしいのは、あなたのほうよ」
「もちろん、そのつもりさ」
 そして軽く唇を重ねてから妻と別れ、彼はこの場にやってきたのだった。
 口ではああ言ったものの、彼も息子たちのことがやや心配になっていた。レオとタウラスは、周りの空気に敏感な子供だ。特にレオは察しがいいから、子供たちが避難しなければいけないことにはすぐに気づくはずだ。それでも家に戻っていないということは、またなにか別の場所でいたずらでも考えているんじゃないか。
 だが心配はそれだけではなかった。なにかいいようのない不安が、彼の心の奥底に深く沈んでいた。根拠はない。でも彼には、そんな悪い予感がしていた。
 『グレアムの兄弟』は彼らに気づくことなく、森の中をゆっくりと歩き過ぎていく。もうすぐ戦いの始まりだ。彼は息子たちのことをいったん思考から消し去り、気を引きしめた。右手で鞘に入った鉄の剣の柄を握る。少しだけ、手に汗をかいているのを感じた。





 すぐそこだ。
 ダグラスが目をこらす。目と鼻の先。グレアムの兄弟が横にやや広がりながら、ゆっくりと木々の下生えの中を前進している。
 多い。暗がりに見える影と葉をすりきらせる音から、自分たちよりも確かに人数は向こうのほうが多いと、ダグラスは判断した。彼とても、サガンの鉄兵をやめてからこれほどの大人数で戦いを起こすことは初めてだった。自分たちは人を斬ったことのない素人、相手は戦いのイロハも知らないチンピラ。どんな戦いになるのかは、彼自身想像できないでいた。ただ、ここで負ければヴェルタ村の灯も消えるだろうと、彼は鉄兵団長として命を賭(と)す覚悟していた。何人かでも重傷者や死人が出れば、村のだれかが悲しむ。しかしそれを避けることは、およそ不可能なように彼には思えた。だれかが犠牲になるだろう戦い。ダグラスはそのことに胸を痛め、他に良い手が考え付かない自分の力の無さに唇をかんだ。
 それでもやらなければならない。さらに大きな犠牲を出さないために。
 彼は時を待った。一刻。また一刻。自分たちを陥れようとする者達の足音が近づいてくる。
 その音が、彼の定めていたラインをひとつ、こえた。
 彼が手を上げる。すぐに、そばにいた団員が笛を吹く。
 高く良く通る音が、森の中を駆け抜けていく。一瞬、グレアムの兄弟がざわつく。
 すると、彼らの上から突然、細い矢が一斉に降りかかった!
 ヨシャブシの上にいた団員らが、合図とともに放った吹き矢が、盗賊たちを襲う。肩口、首筋、頭部、胸、足に、矢が突き刺さる。
 チンピラたちがうめき声とともに、徐々に騒ぎ出した。いまだ、とダグラスは腹をくくった。
 彼は自分にできる最大限の声を張り上げた。
「突撃ィ!!」
 兵隊を率いるかのような号令。
 とたん、イバラの後ろに潜んでいた団員たちが、大声を上げながらいっせいに走り出す!
「鉄兵団!鉄兵団!」
「ウアーーーーーー!」
「走れ!走れぇ!!」
 おのおの剣や斧を抜き、目の前で明らかに驚いた表情をみせるチンピラたちの真ん中に、彼らは走りこむ。
 そのまま、オレンジ色の肩に力を入れ、獲物をがむしゃらに振り下ろす。
 あまりのことになすすべなく一撃を受けるグレアムの兄弟。そのあいだにも、次々に団員がやってくる。
「なんだ、どうした!?」
 ハーンがあわてて剣を抜く。一瞬、状況が理解できずに周りをみまわす。
「鉄剣団でやす!鉄剣団が、もうすぐ――ひいっ!」
 必死に逃げ惑うゴブの姿が目に入る。その後ろから続々と駆けてくる男たち。ハーンは自分の目を疑った。
「どういうこった!?オレたちの情報がやつらに漏れてたってのか!!」
 叫んでいる間に切り込んできた相手をなんとかいなし、ハーンは仲間の状況をうかがおうとする。ソームはいつのまにか離れたところでだまったまま短剣をとりだし、応戦しようとしていた。
 飛び交う怒号。吹き矢の雨。混乱する仲間たち。グレアムの森には一瞬にして戦いの嵐が巻き起こっていた。
「くそったれ、鉄剣団のやつら!待ち伏せなんてしやがって!」
 狼狽するより早く、怒りがハーンの中にわきあがった。
「絶対に許さねえ!お前ら全員みなごろしだ!」
 剣を振り上げ、突き進むハーン。
 こうしていま、ヴェルタ村の鉄兵団とグレアムの兄弟との戦いの幕が上がった。




 
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