死神と女神の狭間 第ニ章  

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 グレアムの兄弟は、混乱を極めていた。
 とつぜん頭上から降り注いだ。大量の矢。ある者はそれが足に刺さり動けなくなり、ある者はそれが肩口にくいこみ武器を落としてしまい、またある者は首元を裂かれ、噴きだす鮮血にあえぎながら絶命した。
 進行がとまった彼らへ、ここぞとばかりに襲いかかったのはダグラスの率いるグループだった。手に剣や斧をもち、掛け声をあげながらチンピラたちに斬ってかかる。声を発しながら走れば腹がすわり、決意が揺るがなくなる。ダグラスのそんなアドバイスを彼らは忠実に守り、各人が自分にできる最大限の声を出し、盗賊たちの群れへ突っ込んでいった。
 出鼻で完全に気圧(けお)されたグレアムの兄弟たちは、体勢を立て直すまもなく次々に鉄剣団の団員たちに切り伏せられていった。なんとか吹き矢の災禍を免れたハーンやソーム、それにやや離れたところにいたラスターらはすぐさま応戦し、周りを鼓舞するのに必死になる。ゴブは、腕を吹き矢でやられ武器がにぎれず、その小さな体でちょこまかとひたすら逃げ惑うことしかできなかった。
 そこへさらに、彼らの後ろからもう一隊。
 アラウンが統率していた部隊が、グレアムの兄弟の背後から現れた。
 さらに混迷する盗賊たち。その中を、ダグラス以下鉄剣団の村人らは、戦うことへの恐怖を振り払うように大きな声をあげ、手にした武器を精一杯の力で敵にたたきつけ、突き刺した。盗賊たちもだまってはおらず、少しずつ反撃する。剣と剣のふれあう音がそこかしこで響き渡る。飛び散る鮮血、もれるうめき声、絶叫。
 戦場は、まさに彼らがふだん味わうことのない騒乱に包まれていた。
 そんな光景をヨシャブシの上から見下ろし、身を堅くしていた二つの小さな影があった。
 彼らは周りよりもひときわ太い幹をもつ木の上で、ひとかかえほどもある大きな枝につかまっていた。手には、鉄剣団が使用している吹き矢がにぎられている。
 鉄剣団とグレアムの兄弟の戦場は、彼らのいる場所から少しだけ離れていた。といってももう目と鼻の先といってよく、争っている大人たちの顔がいつになく必死の形相であることがわかるくらい、ごく近い距離だった。
 本来なら、彼らもヨシャブシの上からチンピラたちへ吹き矢を射かけるはずだった。しかし彼らはまだそうしていなかった。それは、吹き矢を飛ばすには若干距離があったことも理由のひとつだったが、それ以前の問題があった。
 彼らは、戦場という世界の恐ろしさを目のあたりにし、動けずにいたのだ。
(…………)
 ひとりが思わずつばを飲み込む。人がだれかに斬られ、血を流し、その場に絶望的な表情で倒れ伏す光景が目に映る。それもひとつではなく、見渡す限り。
(……タ、タウラス……)
 彼は小さく、しぼるようにしてようやく声を出した。
 この二人、いうまでもなく、レオとタウラスの兄弟である。
 二人はこの日、決めておいたとおり鉄剣団が戦いの準備をしているところを見て回った。そして団員の一人が吹き矢を倉庫から取り出してくるところをみつけると、タウラスが話しかけて注意をひきつけ、その間にレオが懐に吹き矢を数本忍ばせたのだった。
 首尾よく武器を獲得し、彼らは日が暮れるのを待った。タウラスは一度母親のところに戻ったらといったが、レオはそれに賛成せず、ひたすら村の出口で鉄剣団が出発するのを待った。
「母ちゃん、オレたちをみつけたらまっさきに避難させるに決まってる。だから帰るわけにはいかないだろ」
 二人は父親にみつからないように他の団員に話しかけ、それとなく、どうやって盗賊たちと戦うのか、どのあたりで戦う予定なのかを聞きだした。彼らはそれをしっかり記憶にとどめると、その予定の場所へ先にむかった。もちろん、だれにもみつからないように細心の注意を払いながら。
 やがてヨシャブシの生えている場所に着くと、彼らは早速木に登り、生い茂った葉の上に身を隠し、鉄剣団と盗賊たちがやってくるのを待っていたのだった。
 レオはタウラスと緊張しながら木の上でじっとしていた。タウラスに、鉄剣団の人たちが吹き矢を使うより先に、オレたちが矢を吹き始めるんだと云った。タウラスは拒んだが、レオは臆病な性格の弟に云って聞かせた。
「他の人たちと混じったら、まぎれてなにがなんだかわからなくなるだろ。だから最初にオレたちが盗賊を倒すんだ」
「でも、鉄剣団の人たち、怒らないかな……絶対怒るよ」
「怒らないって。オレたちが一発で盗賊たちを倒したら、ダグラスおじさんもオレたちのことほめてくれるよ」
「でもそれでもしはずしたりしたら……」
「そのときは、またすぐに次の吹き矢を用意すればいいんだ。この葉っぱの上にいれば、見つかりっこないって」
 そう云ってタウラスをなだめ、レオはわくわくしながら、はやく盗賊たちがこないかと首を長くして待った。
 しかし鉄剣団の団員が配置を終え、グレアムの兄弟が列をなしてやってくると、さすがのレオも極度の緊張に身を堅くした。タウラスは身をこわばらせながら、兄の合図を待っている。彼が口を開かなければ、弟も吹き矢を吹かない。タイミングを待って。もう少し。もう少し――
 だが二人から少し離れたところに隠れていた団員らが、先に盗賊たちへ吹き矢を放ってしまった。
 まだ兄弟がいる場所では、吹き矢は届かない。しかしそこで、鉄剣団と盗賊との戦いがはじまってしまった。レオは焦り、木の上を渡ってもう少し近づくべきか、この場でもう少し待機して盗賊たちが自然にこっちに来るのを狙うべきか迷った。
 その間に彼の目の前で繰り広げられたのが、人が傷つき、次々と倒れていく戦争の光景だった。
 人と人とが互いの命を削りあい、赤い血が幾重も飛び交う。人々の口から発せられる絶叫が、うめき声が、二人のいた世界を全く別の空間にぬりかえてしまう。痛みを伴う恐怖。命を落とす恐怖。逃げ惑う恐怖。あらゆる恐怖がその場全てを支配しているのを、レオとタウラスは見た。そこには彼らが愛する父親アラウンも、彼らが尊敬するダグラスおじさんもいるはずだった。
「……兄ちゃん」
 タウラスが不安そうに兄を見上げていった。その体は、小刻みに震えていた。どうしてこんなところに僕らはいるんだろう。決して来てはいけないところに僕らはいるんじゃないか。タウラスはその予感を強く感じ、顔を青ざめさせた。気分が悪くなっていた。
 その予感はレオにもあった。この木に登るよりずっと前から、自分たちのしていることはとても危険で無謀なことだという理解が、この幼い少年にもあった。ただそれには、実感が伴っていなかった。盗賊たちをやっつけて父やダグラスおじさんに認めてもらうという希望の方が、彼の中でははるかに勝っていた。
 盗賊たちを吹き矢で倒せば、きっとほめてもらえる。あわよくば、鉄剣団に入れるかもしれない。レオはそればかりを想像し、楽観的な未来ばかりを思いながらここまでやってきた。しかしいま自分たちのいる場所は、活躍や名誉といったものには目もくれない人間たちの戦いの場であることに、レオはようやく気づいたのだった。
 二人は身動きがとれないまま、ただじっと鉄剣団とグレアムの兄弟の殺し合いを見ているしかなかった。
 レオは震える弟の手を握りながら、これからどうするかなかなか判断できずにいた。すると、ひとり、またひとりと、盗賊たちが自分たちのほうへ移動してくるのが見えた。レオの肩に力が入る。
 彼はタウラスから手を離すと、腰に差していた吹き矢を取り出した。
「……タウラス、あいつらが来たら、吹き矢をとばすんだ」
「えっ」タウラスは顔を引きつらせた。「……ほ、ほんとうにやるの?やめようよ……」
「ここまできてなにもしないで逃げるなんて、恥ずかしいだろ。一回だけ吹き矢を使うんだ」
「でも、もしはずしてあの人たちにばれたら……」
「どさくさにまぎれてとばせば大丈夫だって。あいつらがこっちのほうに大勢きたら、やるんだぞ」
 タウラスは信じられないといった表情で、でもこの状況で兄に逆らうわけにもいかず、しぶしぶうなずくしかなかった。
 レオは意地を張っていた。危険であるのは十分わかっているのに、それでも自分がやりはじめたことなんだからと、弟の前であきらめるのはイヤだと、吹き矢を握りしめて体勢を変えた。
 オレが先にやるからな。レオはそう云い、視線を真下に向ける。生い茂った葉の隙間から、ちらちらと人の影が見える。もう少し増えてからやるぞ。彼は自分に強く言い聞かせ、怖さで体が震えるのを必死に自制した。





 戦いの火ぶたが切られてからすぐは、完全に鉄剣団の思惑通りだった。ヨシャブシの上からの吹き矢による不意打ち、正面と背後からの挟みうち。ハーンたちは完全に混乱し、隊列もなにもなくただ慌てふためいて周りの人間を寄せ付けないよう武器を振り回すのが精一杯だった。ときには仲間の別もなく斬りつけ、同士討ちになった者もいた。
 それでも少し時間が経過すると、グレアムの兄弟たちは徐々に反撃を始めた。戦い慣れたハーンが早くもひとりふたりと鉄剣団の団員に手傷を負わせ、まず状況を確認してから、声を上げて周りへ指示を飛ばした。
「やつら、ヨシャブシの木の上から狙ってきやがるんだ。少し下がれ!このあたりから早く離れろ!」
 声を枯らしながら、目の前の鉄剣団を切り払う。その間にも容赦なく吹き矢は降ってくる。鉄剣団の団員も戦いに混じったため最初ほど多くはないものの、彼らは夜空をさえぎる枝葉の陰から少しずつ盗賊たちを狙って射かけてくる。応戦したくても、木の上にいる相手では飛び道具をもたない彼らには対応が難しかった。
「早く走れ!お前ら一度も稼がずに死ぬつもりか!ソームなにしてんだ、死体は後にしろ!ゴブ、うろちょろするんじゃねえ、目ざわりだ!早く向こうへ行け!」
 ハーンが叫ぶ。その声に、盗賊たちは少しずつ吹き矢の届かないところへ移動していく。
 しかしすでに、グレアムの兄弟の被害は甚大なものだった。
 ハーンはまだ気づいていないが、この時点でまだ両の足で立っている者の人数は、元の半数ほどになっていた。手負いのものも多く、まともに戦える者は三分の一、三十人ほどしか残っていなかった。
 それに対し、鉄剣団の被害はまだごく少数で、ほとんど無傷といってよかった。形勢は、完全にダグラスら鉄剣団の方に傾いていた。
 彼らから少し間合いを取りつつ、一緒に逃げてくる仲間たちをうかがい、ハーンにもようやく今の自分たちの状況がおぼろげながらつかめてきていた。
「……なんか少なくねえか」
 口からもれた彼の言葉は、すぐに現実のものとして捉えられた。元気な者があまり見当たらない。数が集まらない。そのわりに、後ろから追ってくる鉄剣団の人数が多すぎる。さすがにラスターは姿を見せたが、やはり傷がたたったのか、かなり体力を消耗して疲れきった表情をしてやってきた。
「おい、どうなってんだお前ら!ばたばたと簡単に倒れやがって!こっちまでくりゃ、余計な吹き矢は降ってこねえ。ここからが本当の戦いだぞ!」
「しゅ、首領……」
 肩の後ろに軽い傷を負ったゴブが、息もたえだえにハーンのもとに駆けてきた。
「ゴブ、あんなやつらに斬られたのか!?だらしねえなあ。さあ、さっさとあの卑怯者の鉄剣団どもを――」
「首領、それが……オレたちけっこうヤバいでやすよ」
「ヤバい?」
「最初いきなりやつらが出てきたところで、オレたち大半はやられちまったんでやす。もう残ってるのは半分くらい……下手したら三分の一くらいしか……」
「な……」
 ハーンは一瞬、表情を固くした。しかしすぐに気を改め、声を荒げる。
「な……なにいってやがる。オレたちがそんな『やわ』なわけねえだろ!お前も早く剣を持って……あっ」
 そこでハーンが仲間たちがやってくるほうに目を向けると、チンピラの二人が、仲間どうしで斬りあっている姿が目に入った。どちらも見覚えのある顔。間違いなく二人とも、グレアムの兄弟だ。
 どういうことだとすぐに駆け寄ろうとしたところで、彼は違和感を覚えた。片方の者の肩が、オレンジ色に染まっている。今日目にした鉄剣団の団員は全員、肩をオレンジ色に染めていた。ということは――。
 さらにそのむこうから鉄剣団が追いついてくる。彼らは二人のうち一方に加勢し、もう一人はあえなく切り伏せられる。ハーンはそれを見て、おもわず叫んだ。
「デュデック!?」
 彼の声に、向こうにいた白髪交じりの中年男で、グレアムの兄弟にもぐりこんでいたスパイのデュデックは、びくりと体を反応させた。
 ハーンはすぐさまデュデックの方へ向かった。逃げ腰になったデュデックは、あわてて反対の方向へ逃げ去ろうとする。
 そこへ、彼の代わりに前へ進み出たものがあった。
「お前がハーンか!」
 そういわれ、ハーンは足を止めた。
 出てきたのは、鼻の下からあごまで生やしたひげが印象的な、色黒で大柄の男。
 これまでの男とは雰囲気が違っている。ハーンはそう感じ、男のほうを見ながら油断なく長剣を持ち直した。
「なんだお前。オレは後ろのデュデックに話があるんだよ!」
「俺はダグラス=エシアン。鉄剣団の団長だ」
 そう男が名乗るのを見て、ハーンはひとつ息をついた。
「ダグラス……鉄剣団の御大将か」
 両者が向かい合う。ダグラスは全く物怖じする様子もなく、どっしりと構えている。口を真一文字に結び、丸く大きな目で、真剣なまなざしを相手に向けている。
 一方のハーンは、心の中で舌打ちをしていた。できれば避けたかった相手。もう少し村に近づいたところまで、こいつとは面を合わせたくなかった。
「おいダグラス、こんな不意をついたやり方で待ち構えやがって、ただの自警団のくせして卑怯なマネするんじゃねえよ!」
「そっちこそ、俺たちの村を夜襲で陥れようとしたくせによくいう。盗賊どもはやはりそんな姑息(こそく)な手段を使わないと、村ひとつ襲えないようだな」
「なんだとこの野郎!」
 ハーンは激昂し、前へ出ながら大きな声を出した。
「スパイまで忍び込ませやがって、姑息なのはそっちじゃねえか!おいデュデック、出てこい!てめえよくも裏切りやがったな!」
 呼ばれ、ダグラスの背後から少しだけ白髪交じりの中年男・デュデックが顔をのぞかせたが、すぐにまたそれを引っ込めた。
 追おうとするハーン。だがやはりダグラスが立ちはだかる。
「……ちっ!」
「ハーン。お前にひとつ忠告したいんだが」
 と、ダグラスは少し構えを解いてから云った。
「お前らには、もう勝ち目がないといっていい」
「……なんだって?」
「周りをみてみろ。お前らの周りは、すっかり俺たちが囲んでいる」
 そういうダグラスをじっとにらみつけていたハーンは、毒づきながらさっとあたりを見回してみた。
 状況は、ますます悪化しているといってよかった。いや、最初の時点ですでにおおかたの決着はついていたと言ってよかったのかもしれない。それがいま、明確になったのだった。
 お互いの首領どうしが向かい合い話を交わしていたため、周辺の者たちはみな自分たちのリーダーの後ろへ回るようになっていた。そこで、双方の人数が徐々に明らかになった。
 ハーンの周りにいる仲間たちの数は、先ほどから増えていなかった。戦いの前には百人を超えていたゴロツキたちが、どう見積もっても三十人ほどしか見当たらない。それに対し、肩を黄色で塗った鉄剣団は、この周りだけでハーンらの倍はおり、さらに人数を増やしつつあった。
「ダグラス、どうだ」背後から突入したアラウンが、ハーンと対峙するダグラスと合流した。ダグラスはあごでハーンの方を示す。
「やつが首領だな。どうする、いまなら全員取り囲んで一網打尽にできる」
「できればそうしたくない。こちらもこれ以上犠牲は増やしたくないからな」ハーンから目を外さずに、ダグラスは小声でアラウンと打ち合わせた。そして今度はよく通る低い声を、ハーンのほうに向けた。
「ハーン、もうあきらめろ。武器を捨てて降参するなら、国の警備兵に引き渡すだけで済ませてやらんでもない」
「馬鹿いえ」ハーンは笑った。「だれがお前らみてえな平和ボケした村人に頭を下げるか。お前こそ、死にたくねえならとっとと家に帰ってケツでもふいてろ」
 彼の挑発にも、しかしダグラスは全く乗ってくる気配を示さなかった。ハーンにも少しずつ、焦りが見え始めた。
 徐々に鉄剣団とグレアムの兄弟の人数の差が明瞭になってくる。鉄剣団は後ろからまだ人がやってくる。しかし自分たちはもう今以上の人数にはならないようだった。それも体のそこかしこに傷を負った者が多い。
 巨漢のラスターの姿がハーンの視界の端に入った。しかし彼も戦う前から負傷していた左肩と右腕上腕の他に、足にも怪我を負っているようだった。さすがに戦う前からの傷の程度が深く、いつもの頼もしい戦力からはほど遠い状態。ラスター自身もそれはよくわかっており、今回はあまりでしゃばらないよう後方から相手を受けてたつくらいの動きしか見せなかった。
(ラスターのやつ。戦う前に大ケガなんてだせえことやってんじゃねよ。まったく戦力にならねえ)
 その大ケガのきっかけをつくったのは自分だということを忘れ、ハーンは憤りながらラスターが自分の後ろへよたよたと回ってくるのを横目で見た。
(本当にこれだけしかいねえのかよ。情けねえ……。もうこうなりゃ、ダグラスをやるしかねえ。ラスターがだめなら、リースリング……)
 そこで、ハーンは気づいた。そういえば、リースリングの姿をまだ見ていない。
 まさかやられたんじゃねえだろうな。ハーンが考えていると、再びダグラスが話しかけてきた。
「犬死するつもりか?玉砕するようなまじめな信念がお前ら盗賊団にあるとは思えんぞ」
「うるせえ!だれがこんなところでのたれ死ぬもんかよ」
「なら、さっさと剣を捨てて降伏しろ。見ればわかるだろう。戦うのはお前らの損にしかならんぞ」
 ダグラスが諭すように云う。それとともに、まるで戦力の差を見せ付けるかのように、鉄剣団の団員がどんどんハーンたちの周囲を囲んでいく。
 組織的な行動などいままでしてこなかったチンピラたちは、集まるか、散るかしか知らない。いまの鉄剣団の動きを防ぐことは、ただ集まっているだけの彼らには難しかった。
 逃げ場がなくなる。ハーンは決断を迫られていた。
 そのとき。
 ハーンの右手のほうで、草地にどさりと人が倒れる音がした。一人、そしてもう一人。
 にらみ合いをしていた彼らに、その音はよく聞こえた。
 倒れたのは、鉄剣団の団員。ダグラスは一瞬苦い顔をし、アラウン、鉄剣団の者たちも一斉に武器を構えなおす。
「やはり戦いを続ける気か、ハーン。なら、容赦はせんぞ」
 ダグラスが強い口調で云う。しかしハーンはそれを半分聞き流していた。
 倒れた二人の後ろから歩いてくる影。ハーンが少しだけ安堵したように目じりを下げ、じっと見すえる。
 体にぴたりとあった黒い服装。華奢な体型が、この戦いの場にひどく不調和なものにみえる。
 漆黒の長い髪を揺らしながら、月明かりを浴びたその女が少しずつハーンの、そしてダグラス、アラウンの視野に見え始める。
 リースリング。
 彼女はまだ、無傷だった。
 あいかわらず色のない顔で、彼女はハーンとダグラスが向かい合っている状況を見た。そして、なんでもなかったようにハーンの側へ近づく。
「おい、やつらの中で一番強いというのは、あの女ことか」
 ダグラスは驚いた表情で、後ろにいたデュデックに聞く。
「そうだ、あいつだよ」
「あんな細い体で?それにとても若く見える」アラウンも戸惑う。「およそ戦いの場には似合わない。魔導師かなにかじゃないのか?」
「いや、たぶん違う。見た目で判断するな。あっちの二人だって今あいつにやられたろ。注意してかからないと、痛い目に合うぞ」
 裏からそっというデュデックの言葉を、ダグラスはうなずいてかみしめた。リースリング。たしかに華奢な体で、剣を受けたりすれば剣よりさきに腕が参ってしまうのではと思わせるくらいスマートな体。しかしそれは、洗練されたゆえの体型なのかもしれない。デュデックは、飛び道具でラスターに勝ったと言っていた。いまも武器らしい武器をあの女は持っていない。力よりもすばやい動きを保つことを優先させているのだろう。ダグラスはそこまで分析した。
 しかしそれより他に、彼が感じていたことがあった。理屈ではない。深刻で重い、危険な雰囲気を、彼女はまとっているようにみえる。
 無表情で落ち着いた顔。静かで確かな足取り。油断なく周囲に向ける注意。他の盗賊たちの浮き足立った戦い方とは違う、戦いなれた者の姿勢。それを幾重もの戦争をサガンの鉄兵として戦い抜いてきたダグラスは、直感した。口元が自然と引き締まり、彼は剣の柄を握る右手に力を込めた。
 一方、ハーンは心ではややほっとしながら、文句たらたら、彼女を迎え入れた。
「おせえぞ、リースリング。いままでなに油売ってやがった」
 だが彼女は口を開かず、さっと周囲の状況を確かめるだけだった。
「お前がいねえからここまで時間引きずっちまった。さあ、約束だ。あのダグラスを殺れ。いいな」
 しかし、彼の言葉を聞いているのかいないのか、リースリングは全く違うほうを向きながら少しだけ眉をひそめた。そして、気が付いたように上を見上げる。
「聞いてるのか、おい!さっさとダグラスを殺せ、っていってんだよ!」
 ハーンが大きな声を出す。それに反応し、一気に周囲の鉄剣団は緊張を高めた。ダグラスも身構える。
「おい、ダグラス。もうこれ以上は聞いても無駄だ。全員でやろう。そうすればあの女も片付くだろう。全員、死を賭してここにきてるんだ。だれが死ぬなんて気にかける必要はないはずだ」
 アラウンの強い言葉に、ダグラスは少し間を空けて、ゆっくりうなずいた。
「……しかたないな」
 そうしてダグラスが合図を送ろうとしたとき。
 リースリングが動いた。
 ダグラスらに背を向け、ほぼ真上に彼女は顔を上げる。
 腰の後ろに右手をのばし、手先ほどの細く短い剣を引き出す。
 そして、彼女はそれをすぐさま上方へ勢いよく投げ上げた。
 時間にして、二秒足らず。
「――なんだ?木の上に誰かいるのか?」
 ハーンはついさっき悩まされたヨシャブシの上からの吹き矢部隊を思い出した。こんなところにまで人をおいてやがったのか、と。しかし同じくそれを見ていたダグラスとアラウンには、そんな覚えはなかった。
 そんな彼らの疑問をよそに――
 どっ、と聞こえるか聞こえないかくらいの、小さくにぶい音がした。




 
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