死神と女神の狭間 第三章  

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「わしは反対じゃ!!」
 大きな怒号が、テーブルを叩く音とともに響いた。
 ガダルカの城の大会議室。王弟の演説が終わった後、ただちに対ネイル軍の戦略を練るため、サガンの役職者が集まっていた、その席上のことである。
 三十人ほどがついた白亜の囲いテーブル。そこには大導師フェルトールの姿も、それに付き添うウェインとウェラの姿もあった。
 ネイル軍が攻め込んできたのは四日前のこと。
 ネイルとサガンの国境に位置するここガダルカに、ネイル軍が侵攻しつつあるとの情報が入ったのが、もう二十日ほど前になる。戦争の備えをし、ネイル軍の姿が見えたのが四日前。ここから馬でしばらく走ったところに陣地をとっているのが、斥候により確認されたのだった。
 その間、ガダルカは打って出ることなく、この『鉄の壁』の内側に潜んでいた。住民を近くの農村に逃がし、いまやガダルカには軍関係の者ばかりが残っている。兵士達をはじめ、給仕のもの、医療従事者、城の関係者等。
 フェルトールが協力を請われたのは、十日ほど前。たまたま表敬訪問に訪れたのだが、彼らが着いたときにはすでに現サガン国王ファルヴァン四世から直々の文書による要請がガダルカに届いていた。
 フェルトールとファルヴァン四世、というよりフェルトールのいる魔道立国ミコールとファルヴァン四世のサガン国が昔から友好的な関係を保っており、それを守る形でフェルトールは急な協力要請を受け入れ、そのままガダルカに残ることになった。フェルトールはもともとあまり他国の争いに干渉しない人物だったが、ミコールの最高権力者である三大導師の一人である彼としては、それがサガンとの良好な外交関係を保つための最適な判断だった。それに加え、連れてきたウェインとウェラに、国と国の間の戦争を間近で見るという貴重な経験を積んでほしい、という思いがあることも、二人には告げていた。
 その双子の兄妹も、はじめは師匠の後ろについているだけであったが、戦争に関わることになった今、フェルトールと同じくサガンにとっての客人という扱いで、いまこうして師匠と横並びに戦略会議のテーブルについているのだった。
 そこに響いたのが、さきほどのどなり声である。
「そんな兵の配置では、この城を守ることなどできやせん!!全く、お前さんらは戦争を甘くみとるとしか思えん!!」
 気の弱いウェインが思わず身を縮めてしまったのは、言うまでもない。
 叫んだのは、ウェインの真向かいで立ち上がる、白い無精ひげの老人ノガン=ブレフ。背は低いが、見た目の年齢のわりにがっしりとした体格をしている。顔や腕にいくつか傷が見え、それが兵士としての場数の多さを物語っていた。ウェインの真正面にいるため、しわの深い顔が怒りに満ちているのがはっきりと見える。
「そうはいうが、ノガン殿。これだけの兵を城の中に全て置いておくのは、宝の持ちぐされというもの。『鉄の壁』さえあれば我がガダルカの守りは磐石なのだから、ここは打って出てネイル軍を完膚なきまでに壊滅させるべきではないかな」
 そう云い返したのは、ベル王弟のすぐ近くに座っていた細身の中年男、トゥーレ。細身、というよりはやせぎすといったほうがいいくらい、頬がこけ、腕もやせている。薄い髪をオールバックにし、神経質そうな顔をしてノガンの方を見返している。
「軍師殿はなんでもかんでも『鉄の壁』に頼りすぎなのじゃ!万が一あれが突破でもされれば、城内はがらがらの状態じゃ、王弟の命が危うくなるのは火を見るより明らかじゃろうが!」
「『鉄の壁』はそんな簡単に突破されるものではない。ネイル軍がなにやら怪しげな兵器を準備しているとのことだが、そんな程度で壊れはせんよ。それは鉄兵隊隊長であるノガン殿もよくお分かりだろう」
「『鉄の壁』がやわだとは言っとらん!じゃが、戦争には予想だにしない事態が起こるものなのじゃ。ネイルの兵器とやらもまだ正確にはその正体が分かっておらんのじゃろう。ワシは、壁を突破されても対応できるだけの最低限の備えをしておくべきだと言っておるのじゃ!」
「ネイルの兵器は、魔力を蓄積した巨大な『積荷』のようなものだという情報がある。それに、そこにおわすフェルトール殿もネイル軍にある強大な魔力の存在を感知しておられる。もろもろの情報を合わせると、おそらくその『積荷』を車輪にでも乗せ、我らが『鉄の壁』にぶつけると同時に、内蔵していた魔力を発動させ破壊するのではないかと思われる。ネイルの集める魔力程度では我らが『鉄の壁』を破壊することなど当然できないと考えているが、万に一つの可能性を考え、今回はフェルトール殿にその魔力の封じ込めをお願いしている」
 そのとき、その場にいた者の大部分がフェルトールの方に視線を向けた。
 期待の目、よりは、疑いの目の方が多い。ウェインは注がれるサガン国の人間達の目線に、言い知れない圧迫感を感じた。
「フェルトール殿の協力と『鉄の壁』があれば、ネイルとの戦いに不安な要素など何一つないだろう」
「ふん、どうじゃかな」トゥーレの堂々とした物言いを、ノガンは鼻で笑った。「ネイル軍の兵器にどれだけの魔力が積まれているのか、フェルトール殿に本当に把握できておるのか?わしらはガダルカにいるのじゃぞ。いくら接近してきたとはいえ、ここからネイルの陣地まではまだ相当な距離がある。そこにある兵器の魔力をこのガダルカにいながらにして分かり、そして兵器が『鉄の壁』に突っ込んできたときにはそれを魔法で封じ込めるというのは、ワシには全く実感がわかん!」
 老人の言葉に、しかしフェルトールは冷静な顔のまま。むしろウェインの隣にいたウェラが、少しむっとした表情を見せる。
「ノガン殿!客人に失礼ではないか!」
「失礼も何も、信用できんから信用できんと言っておるのじゃ!」
 トゥーレとノガン。お互い席を立ったままにらみ合っている。ベル王弟はどうにかとりなそうとしているが、言葉が浮かんでこないようで口をもぐもぐいわせているだけ。先ほどの演説では堂々とした印象が残ったが、今は逆にやや頼りないようにも、ウェインには思えた。
 そこへふと、口をはさんだ者がいた。
「軍師。俺もその案には反対だ」
 そう云ったのは、ノガンの隣に座っていた大柄な体格の男。歳はまだ三十代だろう、短い金髪に精悍な顔つき。目は深い灰色で、油断の無い鋭い視線を備えている。ノガンの『鉄兵隊』と対をなす、『剣兵隊』の隊長グレイ=ファン=ハールだった。
 グレイは腕を組んで座ったまま、トゥーレに向かってよく通る声で云った。
「いまの配置では、壁を突破されないまでも何らかの形で潜入されれば、すぐにこの城の最上階にある王弟の部屋まで行くことができる。守備態勢としてあまりに心もとない。もう数日すれば本国から増援部隊が来るのだから、我々は守りを固めてそれに攻撃を任せるほうがずっと合理的だ」
 その言葉にも、トゥーレは反抗する。
「グレイ殿もか!まったく、お前達は我らが『鉄の壁』を全く信用してないのだな!過去の戦いでも、あの『鉄の壁』が一度でも破られそうになったためしがあるか?結局人が守らなければならないのだとしたら、何のための我らが『鉄の壁』だ?」
 それに対し、そんな返答を予想していたのか、特に熱くなる様子もなく淡々とグレイは返した。
「鉄の壁の性能や魔法兵器の云々を言ってるんじゃない。基本的な戦術の話だ。いつものようにノガンの鉄兵隊を固定位置、俺の剣兵隊を自由に置いて守っていれば、無駄に打って出る必要性がなくなる。こちらから打って出るということは、いくらかでも相手に隙をつくることになる。その隙を無くしたいだけだ」
 座りながら平然とした表情で話すグレイとは逆に、トゥーレの方は完全に頭に血をのぼらせているようだった。
「グレイ殿は、我らが『鉄の壁』をなんだと思っているのだ!?ネイルの軍勢など、本国の増援の手など借りずとも、さっさと打って出て蹴散らしてしまえばいいのだ!!それともなにか、グレイ殿にはネイル軍を攻め落とす自信がおありでないのかな?いずれにしろ、我らが『鉄の壁』をそこまで侮辱するのは、もはや非国民としての扱いすらまぬかれんぞ!!」
「ちょっと待てよ!」
 そのトゥーレの言葉にすぐさま反応したのは、グレイでも、ノガンでもなかった。
 グレイのさらに隣にいた若者が立ち上がり、もう我慢ならないといった顔で声を上げる。
「隊長に向かって、いまのはあんまりじゃねーか!!だいたいなんだ、さっきから我らが我らが、って鉄の壁ばかり持ち上げやがって。そんなに鉄の壁を信用してるんだったら、兵も何も引き上げさせてガダルカには人ひとり置かないようにすりゃいいだろ!!魔法の話だって全然信用できない。よく分からない相手の兵器の魔力を封じ込めるとか……そんな得体の知れないものより、俺達のやり方を信頼するべきなんじゃないのかよ!だいたい――」
「ラッシュ」隣のグレイがその若者に向かって少し強く云う。ラッシュと呼ばれたその水色の目をした青年は、不満そうな顔で怒りの矛先をどうにかおさえ、また席に座った。
(むかつく……)
 とつぶやく声を、ウェインは隣のウェラから聞いた。
(……ウェラ?)
(魔法なんて信用できないって、魔法のこと何にも分かってないくせに……私もひとこと言ってやる!)
(ま、まってよウェラ。ちょっと落ち着いた方がいいよ)
(落ち着くって、兄さんは悔しくないの?あんな言い方されて。フェルトール様が侮辱されてるのよ?)
(でもお師匠様はほら、冷静なままだよ。僕らが突っ走っても仕方ないって)
(…………)
「そこの二人、なにか言いたいことでも?」
 と、軍師トゥーレがいらいらした口調で、ウェインとウェラの方を向いた。
「あっ、いえ!なんでもありません……」
 ウェインが取りつくろうと、彼はため息混じりにまたノガンとグレイの方に向き直った。
「……全く、ここには我らが『鉄の壁』の誇りを踏みにじるような方々ばかりおられる。とにかく、軍師は私なのだから、最終的な判断は私とベル王弟で下す。ま、少なくともグレイ殿にはネイル軍に攻め入って頂く事になるだろうから、そのおつもりで」
 トゥーレの通告に、しかしグレイは返答せず、うなずきもせず、ただ腕を組んでどこか違うところへ視線をやっているだけだった。隣にいたラッシュは、相変わらず不満そうな表情のまま。
 フェルトール殿なにかご意見は、と聞かれ、フェルトールは静かな調子で「特にありません」とだけ答えた。隣にいたウェインは緊張した面持ちで、さらに隣のウェラは不満そうな表情のまま。
 そこで、ようやくベル王弟が口を開いた。
「では、この件についてはこの会議終了後、わしと軍師とで話し合って結論を出すこととする。それで異議はないな」
 ノガンが相当不満そうな顔をしていたが、特に言葉を発さず、他の者も特に異議を出さず、兵の配置については王弟と軍師に委ねられることになった。
 それからいくつかの議題について話し合われ、戦略会議は終了した。










「フェルトール様!何でひとことビシっと言ってやらなかったんですか!?」
 会議が終わって出席者が解散する中で、ウェラは不平をぶちまけた。
「魔法が信用できないって、あの人たち絶対魔法のこと理解してないんだから!」
「ウ、ウェラ、あんまり大声出さないほうがいいよ……」
「これが大声出さずにいられる?フェルトール様がおっしゃらないなら、私があのヒゲじいとバカ男に言ってきてやるんだから!!」
 勢いあまるウェラに、フェルトールは穏やかな笑顔で口を開いた。
「まあまあ、落ち着きなさいウェラ。血気盛んなのは結構だが、度が過ぎるとしっぺ返しを受けるよ」
「だってフェルトール様が……」
「その話はまた後ですることにしよう。さあ、ひとまず部屋に帰ろうか」
 そうしてフェルトールとウェラが会議室から出ようとしたが、ウェインは何かを気にしたようすで、あたりをきょろきょろとしている。
「――どうしたの、兄さん」
「ウェラ。さっきの会議中、部屋の端の方にリュールさんがいなかった?」
 りゅーるさん、と聞いて、ウェラは少し思い出すように目線を上げた。
「リュール、って、学院の同級生だった、リュールさんのこと?」
「そう」
「ほんと?ってリュールさん、卒業した後、どうしたんだっけ?」
「なんだウェラ、覚えてないの?親の都合で進学せずに、サガンのタリスカー地方で城の侍女として働きに行ったんだよ」
「そうなんだ。でもここ、タリスカー地方じゃないけど?」
「うん。だからどうしてかなって思って。お師匠様は見かけませんでしたか?」
 聞かれフェルトールは、見た、とうなずいた。
「文官らしい男と一緒だった。私も声をかけようとしたのだが、会議が終わってすぐに出ていってしまったものだから。あの男は確か、鉱山局長のモスカートと言ったのではなかったかな」
「モスカート……」
「うむ。あとであいさつに行けば分かるだろう。それより――」
「それより?」
 フェルトールは長い白ひげを左手でなでながら言いかけたものの、そこで言葉をつぐんだ。
「――それも部屋に戻ってから話すとしよう。では行こうか」
 そうして、三人は会議室を後にした。










 その彼らのずっと先を歩いている、二人の影。
 一方は、背が低くでっぷりと太った中年男。頭はほとんどはげあがっており、顔にも腹にもたっぷり脂肪がついている。少し歩いただけでもう額に汗が浮かぶような、典型的な運動不足の体だった。
 瞳は黒くにごっているが、目つきは優しい。そんな奇妙な目を斜め後ろを歩く女性に向け、男は云った。
「リュールや、さぞ退屈だったろう。ずっと立たせたままで悪かったね」
 そうやって開いた口に並ぶ歯は傷みが激しく、並びも悪かった。だぶつきの目立つ頬やまぶたと合わせ、その顔はもはや醜悪といえた。しかしそれとは裏腹に、彼の口調はとても優しげなものになっていた。
 彼のやや後ろを歩いていた女性は、茶色く長い髪を横に振った。
「いえ、そんなこと……私は大丈夫です、モスカート様。お気遣いありがとうございます」
 そうして、彼女はモスカートの方に視線を向けた。その両目から指ひとつぶん前には、大きなガラス状のものが二つ並んでいる。それは鼻と耳の後ろで支えられており、彼女の視力を矯正する機能を備えている――この国ではまだ珍しい眼鏡を、彼女はつけていた。
「そうかね。いや、わしは心配なのだよ、リュール。よく働いてくれるものだから、いつか体を壊しはしないかとね。いくら両親のためとはいえ、ミコールの魔法学院を辞めて遠く離れたサガンまで独りで来ているのだから。もう少し体をいたわってはどうかと思うのだが」
「私なら平気です。だからその……なんでも申し付けて下さいね」
「ありがとう、リュール」
 モスカートが微笑む。リュールもつられて少し、口元を緩めた。
「そういえばリュールや。さっき客人として来ていたのは、リュールのいた学院の人達ではないのかね」
「ええ、そうなんです。私の魔法の先生だったフェルトール様と、同級生のウェイン君とウェラさん。二年ぶりに会いました」
「会ったといっても、まだなにも話していないんだろう。わしらは昨日ガダルカに戻ってきたばかりだからね。せっかくだから、後であいさつに行ってきなさい」
「は、はい!ありがとうございます」
 そう云って頭を下げるリュール。そんな彼女の姿を見て、モスカートはうれしそうにまた微笑んだ。まるで、微笑むのが自分の日課だとでもいうように。




 
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