死神と女神の狭間 第三章  

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 この宿営地のテントは、魔法兵器を覆う巨大なもの以外はどれも薄茶色でさしてかわりばえしない、と先に書いた。しかしこれは正確ではない。なぜなら、トリッケンら四人が呼ばれたのは、この砂風がふきすさぶ軍の宿営地にしては異様ともいえる、金色のテントだったからだ。
 すでに日が沈みかけ、あたりが暗くなり始めているいま、そのテントはたいまつの灯りに照らされてきらきらと輝いていた。皮製のテントに金色の塗料を塗っただけの代物であるが、暗闇に浮かび上がるまぶしい姿は他のテントに比して十分に目立つ。だがそれは美しいというよりも、こっけいな、というほうが勝っていた。
 見張りの兵士に連れられトリッケンらが中に入ると、そこにも金色のものが目立つ。金色の椅子、金色の台、金色の物掛け、金色の――。初めてこの宿営地に来たときに四人は一度このテントに入っていたが、そのときはミラが、あまりの金色の多さに目が痛くなってきそうだと感想をもらしていた。
「――さて、ようやく我が軍の魔法兵器に魔力が完全に蓄積されたのでな。いよいよ作戦開始ということで、お前たち殺し屋をここに呼んだわけだがな」
 そうやって話すのは、ネイル軍の司令官アルマダ。やや太り気味の中年男性で、アゴと鼻の下に少しだけヒゲをはやしている。目つきは相手を見下すように細く、姿勢もどこかのけぞったようにみえる。自分は兵隊上がりの人間ではなくいかにもエリートであるという高慢な態度があからさまにみえる人物だった。
 金がよほど好きなのか、金色のラインが肩から腕にかけて入った服を身につけ、指には金の指輪、首には金のネックレスと、およそ戦争中の軍の司令官とは思えない派手ないでたちである。
「本来ならお前たちのような殺し屋ふぜいにこの天幕を汚してもらいたくないのだがな、私の好意によりここでの打ち合わせをおこなっているのだな。ありがたく思いたまえよ。では早速――」
 さらに彼の物言いには、暗殺者である四人に対するあざけりさえ、含んでいるようだった。むかつく言い方、とミラがぼそっと口にするのが聞こえる。
 四人がこのテントに入ってきてから、いや、入る前の衛兵の態度からして、彼らの存在はさげすみを込めてみられていた。同じ宿営地の他の兵士には見られない反応。アルマダが自分の周辺の人間に、暗殺者は軽蔑すべきもの、それ相応の態度で向かえとでも命令したのかと思わせるくらい、応対が違っている。実際、ミラは完全にそう考え腹を立てながらテントに入ったのだが、いまのアルマダのそぶりをみているとあながちはずれでもないのかもしれないと、トリッケンでさえ思うようになっていた。
 彼らはテントの中央にある金色のまぶしい台を囲み、その上に広げられた図面をながめている。アルマダはその図をもとに話を進めた。
「今度の作戦だが、メインは『鉄の壁』の破壊になるな。あれは今回の戦いだけでなく、今後我らがネイル軍のサガン国への進出にもいろいろと障害になるから、今のうちにぜひとも破壊しておきたい。そのために使用するのが、魔力を蓄積した『岩』だな。これは我が国で発見された魔法石の一種なのだが、あれほど大きなものがひとかたまりで発見されるのは非常に珍しいそうだ。そこでこれを有効に利用すべく、我が国の魔道師たちが一年以上かけて魔力をその石の中へ蓄積し、『鉄の壁』を破壊するための兵器として仕立てたのだな」
 もう少しマシな使い方はなかったのかよ、とまたミラがぼそっと云ったのに、アルマダが反応した。
「なんだ。なにか言いたいことでもあるのかな、そこの殺し屋女」
「……!」
 アルマダの言葉に一瞬血がのぼりそうになるミラを、トリッケンは心配そうに見る。だが、
「……なんでもねーよ」
 なんとか我慢したようで、ミラは目線をそらし、台の方を眺めることに専念したようだった。
 それに対し、アルマダは肩をすくめて云った。
「まったく、殺し屋のような低俗な者たちは言葉遣いもなっていないな。さて――お前たちも知っていると思うが、その魔法石が大きな荷車に載って、この宿営地の巨大なテントの中にある。それを『鉄の壁』の近くまで運び――可能であれば勢いよくぶつけ、封じ込められていた魔力を開放する。『鉄の壁』に穴があき、そこから我が軍が突入するという戦略だ」
 爆弾を壁にぶつけて突入するだけじゃ戦略もなにもねーだろ、とまたミラがぼそっと云ったのに、アルマダは再び反応した。
「――さっきからなんだ、ぶつぶつと」
「いえ、なんでもありませんので、お気になさらず続けてください。――ミラさん、ちょっと黙っててください」
 トリッケンがつくろうと、ミラは「はいはい」と適当な言葉を返す。
 アルマダは汚いイモ虫でもみたかのようないやな目つきでミラを一瞥し、続けた。
「で、だな。そこでガダルカにいる我が軍のスパイから情報が入ってきた。魔道立国ミコールから魔道師がやってきて、この魔法石の魔力の開放をとめようとしているのだ、と。開放をとめられれば、『鉄の壁』の破壊は無論不可能になる。よってその魔道師を暗殺するべく、お前たちが呼ばれたというわけだな」
「呼ばれたんじゃなくて、そっちがお願いしてきたんだろ」
 今度は、ミラははっきりと口にした。それがしっかりと耳に入り、アルマダは露骨に顔をしかめる。
「なんだ、その態度は。雇われ者のくせに。金を払ってやってるのはこっちなんだぞ。本来なら我らがネイルの兵士を向かわせるところを、わざわざお前たちにやらせているのだ。お前たちのような落伍者にくいぶちを与えてやってるだけでも、こっちは感謝してもらいたいくらいだ」
「だれが落伍者だ、この悪趣味な金デブ野郎!」
 そういっていよいよ腕を挙げようとするミラを、マクギガンが止める。
「おいおい、やめとけって……ここでケンカしてどうすんだよ」
「だってこいつがさっきからあたしたちのことを――」
「だからって殴ってもどうにもならないだろうが」
 マクギガンに腕を強くつかまれ、ミラはようやく拳を下ろした。彼女の剣幕に若干腰をひかせたアルマダが、それを隠すようにわざとらしくため息をつく。
「ふう……殺し屋は低俗でいかんな。だいたい、お前みたいな何の能力もなさそうな女が本当にあの魔道師を暗殺できるのか」
「ああ、何百回でもやってやるよ!お前の力なんて借りなくたってな!」
「ミラさん、言いすぎです……すみません、アルマダさん」
 あやまるトリッケンを不満そうにみつめるミラ。アルマダが、もう一度息をつく。
「ま、ギル殿がよこす暗殺者だというからどんなものかと思っていたが……しょせん殺し屋は殺し屋だということだな。人の命を奪うことを生業にできる人間に常識を求めるのはバカなことだと再確認したよ」
「お前らだって、戦争になりゃ大勢の人間を殺すじゃねえか。それと何が違うんだ」
 なおも大声を出すミラに、アルマダは云った。
「我々はネイル国の発展と大陸の平和という偉大な目的のために、しかたなく争いをしているのだ。お前らのように人殺しそのものを目的としている連中とは全く意味が違うな」
「なに言ってんだ、あたしらだって――」
「ミラさん」
 トリッケンが少しだけ鋭くたしなめる。ミラは唇をかみながら、ようやく口を閉じた。
 アルマダはそんなミラの態度を見下したように「ふん」と鼻であしらってから、話を続けた。
「さて、お前たちのせいで脱線したが――その魔道師を暗殺するには、あの『鉄の壁』をどこかからか抜けなければならんのだな。そこで利用するのが、ここにある地下道だ」
 彼は地図上で、『鉄の壁』の近くのある場所を指差した。
「サガン国は鉄鉱石の採掘が主要産業になっている。あのガダルカでも昔、鉄鉱石を掘るためにいくつもの坑道がつくられ、それが市街地の地下に縦横無尽に広がっているのだな。もっともガダルカの場合は鉄鉱石の含有量が少なかったため、いまでは採掘は行われていないらしいが。その地下の坑道が、実に好都合なことに『鉄の壁』のこちら側まで延びている。昔は『鉄の壁』よりこちら側までサガンの領土があったため、このようなところまで坑道をつくったようなのだがな。ガダルカに忍び込むにあたり、これを利用しない手はない」
 アルマダがここまで云ったところで、トリッケンが口を開いた。
「ですが、それならガダルカの方でもう地下道を閉ざしてしまっているのではないでしょうか。それにもし開いていたとしても、案内人が必要になると思います。縦横無尽に坑道があるのでは、地上に出るまでに迷う危険があるのでは」
「それについては心配はいらん。さきほど話したガダルカに忍び込ませてあるスパイが道を空けておいてくれるし、案内もしてくれる。なにしろその男はガダルカの鉱山局長だからな」
「鉱山局長……ということは、ネイルの側から送った人間ではないということですね」
「ま、そういうことになるな」アルマダが薄笑いを浮かべる。「その男の案内でお前たちはガダルカに地下から忍び込み、城のはずれにある塔の最上階にいる魔道師を葬る、という手はずだ。幸い、むこうの出口は塔のすぐそばにある。侵入は容易だろう」
「城にいるんじゃないんだな」マクギガンが少しだけほっとしたした表情を浮かべる。「それならまだやりやすそうだ」
「――さてその後、我が軍が『鉄の壁』を魔法石で破り、城へ突入する。おそらく王弟は逃げようとするだろう。そこにまたお前たちが待ち構え、王弟を始末する、という流れだな」
「王弟が城から出てくるルートはつかめているでしょうか」トリッケンが尋ねると、アルマダがうなずいた。
「それもスパイからの情報によりわかっている。王弟のいる最上階の王の間には緊急脱出用に裏口が備えられている。そこから城の外へ出る道は裏のバルコニーから下りる階段だけだ。お前たちは王弟が降りてきたところを狙うなりなんなりすればいいだろう」
「ってことは、俺たちが城へ侵入する必要はないわけだ」
 マクギガンがつぶやくのに、トリッケンも「そうですね」と合わせる。
 アルマダは相変わらずのけぞった姿勢のまま、四人に云った。
「決行は二日後だ。それまでせいぜい暗殺の準備でもしておくんだな」
「わかりました。では、初日にうかがったガダルカの見取り図を頂けますか」
 トリッケンが云ったとたん、アルマダが眉を寄せた。
「見取り図? さて、なんのことかな」
 アルマダがそう答えてから、一瞬の間。
 トリッケンが云った。
「初日にお会いした際、ガダルカの町と城の見取り図を見せて頂けるというお話だったと思いますが」
「なんだそれは。そんなことは知らん」
 アルマダの言葉に、トリッケンはあっけにとられた。
 そんなはずはない。確かに見取り図を見せると言ったはず。
 アルマダの予期せぬ返事に、ミラが云い放った。
「あたしも聞いたよ。仕事の遂行に必要だろうから貸してやるって、あんた言っただろ」
 しかしアルマダはどこ吹く風で、
「知らん知らん。だいたい、今回の作戦なら城に侵入する必要はないはずだろう。それなのにどうして見取り図がいるんだ? 言ってみろ」
 開き直るアルマダに、ミラの頭は沸騰寸前になる。
「てめえ、いい加減にしろよそのむしずの走る言い方!どうせ地図作んの忘れてただけなんだろ!」
「ミラさん、落ち着いて!」
「ミラ、やめとけって!」
 勢い余ってアルマダになぐりかかろうとするのをトリッケンとマクギガンが止める。その光景を、アルマダはやはりさげすむようにながめていた。
「いい加減にするのはお前のほうだな。非常識な上に野蛮なやつめ。お前らをつかわなければならない自分の不幸を嘆きたくなるわ」
「そりゃこっちのセリフだ!忘れてたんなら素直にそう言えってんだ!」
「忘れるも何も、はじめからそんなことは言ってないと言ってるんだがな」
 なおもとぼけるアルマダに、歯をかみしめるミラ。
「……城の見取り図は……」
 そこへ、後ろにいたもう一人がそっと割り込んできた。アルマダの視線が、いままでひとこともしゃべらなかったその女性に移る。
「城の見取り図は、もしなにか予期していなかったこと――魔道師が塔でなく城にいた場合とか――が発生して、私たちが城へ侵入しなければならなくなった際に必要になる。それに町の構造が分かれば、王弟が降りてくるまで私たちが身を隠すのに都合のいい建物や襲撃するのに適当な場所もだいたい分かる」
 静かだが重く、はっきりとしたリースリングの口調。アルマダはいままで無口だった人物の慎重な言葉に多少うろたえながらも、なんとか体裁をつくろうように云った。
「だ、だから見取り図など知らんと言っておるだろう。それとも何か、お前も私がウソをついていると思っているのか。え? どうなんだ」
 だからそうだって云ってるだろ、とつぶやくミラの横で、リースリングは云った。
「……あなたがウソをついていようがいまいがどちらでもいい。結局、見せてもらえるかもらえないかを聞いている」
 そう云う彼女の視線が、侮蔑をこめようとしているアルマダの目をまっすぐにとらえる。
 針で突き刺すように。そして、どこまでも深く刺し込むように。
「結局……」
 なぜか半歩あとずさるアルマダ。口をぱくぱくさせ、なんとか言葉をしぼりだす。
「……い、いや、見取り図など無い。知らん! 私は何も知らん!」
 やはりしらをきるアルマダに、ミラは憤慨した。
「まだ言うか! なんならこのテント無茶苦茶にかきまわして探してやってもいいんだぞ、この金ブタ!」
「き、金ブタ……」
 今度はアルマダの方が怒り心頭になりそうな雰囲気を感じ、トリッケンがまたミラをたしなめる。
「ミラさん、もう黙っててください。よけいこじれますから」
「だってあの金ブタが……」
「ミラさん」
「…………」
 トリッケンとマクギガンの腕を払い、ようやくミラが後ろへ下がった。トリッケンが額に汗をかいたアルマダに向き直る。
「――では、もう見取り図は結構です。作戦は二日後ですね。それまで、我々はそのスパイを待てばいいのでしょうか」
「そ、そういうことだな。スパイが戻ってくれば、こちらから連絡する」
「ちなみに、その方の名前は」
 息を整えるためかひとつ咳払いをしてから、アルマダは云った。
「モスカート=レッチェだ。ガダルカの鉱山局長。それと彼の他にもうひとり、侍女が来るらしいがな」




 
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