死神と女神の狭間 第三章  

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 ダグラスはいつもの陽気な表情で、大きな顔をラッシュらの方へ向けた。
「三人とも、元気にしていたか?」
「みんな相変わらずっすよ。アニキのほうこそ、元気っすか?」
 思わぬ形でダグラスに会うことができ、ラッシュは笑顔をみせる。それに、ダグラスも満面の笑みを返す。
「だれにむかって言っているんだ? 俺はこのとおり、毎日ぴんぴんしているぞ」
「びっくりしたっすよ。いきなり来るもんだから」
「ん、聞いていたのか? まあ、家族に会いにきたついでだがな。ジイに無理いって入れさせてもらった」
「全く、急にもほどがあるぞい」彼の横にいたジイ――つまりノガンは困ったような顔つきになって云った。「もう少し早く連絡をくれれば、こっちも酒の席くらいつくってやったのに、このくそ忙しいときに来るもんじゃから」
「悪かった、ジイ。それにしても、グレイとオーイエルの後ろについてくるなんて――ラッシュ、お前も出世したもんだな」
「そんなことないっすよ。たまたまっす」
 けんそんするラッシュの代わりに、オーイエルが云った。
「ラッシュは剣技なら剣兵隊の中でも一番だ。それになにより熱心だし、私と隊長はそれをかって最近はずっとついてこさせているんだよ」
「じゃあ、将来の副隊長候補か、オーイエル」ダグラスはにやっと笑った。「そういえば、レンツ村でお前のフィアンセに会ったぞ。お前の身を心配するあまり寝不足で顔じゅうにくまができていた」
「お前の誇張した表現にはつくづくあきれるよ……」
「だが、寝不足だというのは本当だ。戦いが一段落したら早く顔を見せてやれよ」
「お前に言われなくてもわかっている」とオーイエルはテーブルの横に移動しながら云った。
 次に、ダグラスはグレイの方を向く。彼は無言のまま、テーブルをはさんでノガンの向かいにまわる。
「グレイは……相変わらずのようだな」
 だが彼はダグラスのほうをいちべつするだけで、何も云わない。
「なんだ、機嫌でも悪いのか?」
「――何をしにきた」
 かなりあきれたようにそう云ったグレイに、ダグラスは肩をすくめた。
「これだ。ひさしぶりに会ったんだから、もうちょっと愛想よくしてくれてもいいだろう」
「打ち合わせの邪魔をしに来たのなら、早く部屋から出ていってくれ。お前がここにいても、何の助けにもならん」
「おいおいグレイ、そんなにつっけんどんになることないだろう。ついこの間まで同じ職場の同僚だったじゃないか」
「そういうことを言ってるんじゃない。この場にお前がいても仕方がないだろう。ここへ来るヒマがあるなら、もう少しお前自身とお前の家族のために時間を有効に使え。そう言っている」
「分かってる、分かってる。ちゃんと分かってて俺はここに来ているんだ。だからなにも言うな」
「分かっているならここで時間を使わせるな」
 グレイの言葉に、ダグラスは「へいへい」となれた調子で返事した。
「だがなグレイ、まったくの世間話をするためだけに来たってわけじゃないんだ」
 そうダグラスが云うと、横にいるノガンが白い眉を上げた。
「なんじゃ、何か特別な用事があったのか」
「用事というほどの内容でもないんだが、いちおう伝えておいた方がいいと思ってな」
 大きなあごひげをなでながら、ダグラスは云った。
「俺が今いる村が、盗賊団に襲われた話は聞いているか」
 ラッシュが云った。「『グレアムの兄弟』とかっていうやつらでしょ。知ってるっす。その話も聞きたかったんだ」
「ま、詳しいことはまたこの戦いが終わってからゆっくり話そう。長くするとグレイになにを言われるか分からないからな……なんだグレイ。冗談だ、冗談」
「……俺は何も言っていない」
「目がそう言ってるぞ。まあそれはそれとして、だ。その『グレアムの兄弟』の中に、ひとり気になるやつがいたんだ」
「『グレアムの兄弟』は確かチンピラの集まりっすよね。実力じゃアニキに勝てるやつなんかいないだろうから、気になるやつっていうと――」
「いや」
 ラッシュの言葉をさえぎるように、ダグラスは少し悔しさをたたえた表情になって云った。
「その実力で、俺が負けたんだ。そいつに」
 彼の言葉に、ラッシュはもちろん、ノガン、オーイエルも、顔色を変えた。
「アニキが――負けた?」
「ああ。最後に『グレアムの兄弟』のアジトを急襲したときに。戦い自体は俺たちが勝利したが、そのひとりだけにはどうしても勝てなかった。だから『グレアムの兄弟』の首領もぎりぎりのところで逃した。――いまはほとんど治ったが、数日前まで俺の右足には包帯が巻かれていたからな」
「お前さんが敗れるということは、相当な力の持ち主じゃな」とノガン。
「ということは、その男はチンピラではなく――ということか?」オーイエルが訊く。
「ああ。チンピラじゃない。やつはプロだ。それもとびきり腕のいい――殺しのプロだった」
 それと、とダグラスが付け加える。
「そいつは男じゃない。女だ」
 それを聞き、ラッシュらはさらに驚いた。グレイですら、少し眉間にしわを寄せる。
 それからダグラスは、先の戦いで自分を負かした女のことについて話した。ナイフや石を投げつけるという方法で闘うこと、人の身長より高く飛び上がること、左腕で刃物を受けとめること、そこから一滴の血も流れなかったこと、一瞬のうちに遠く離れた場所まで移動すること等々。
 ひととおりダグラスが話し終えると、少し間をおいてからオーイエルが口を開いた。
「……にわかには信じがたいな」
「まともな闘い方じゃないっすよ、そんなの」ラッシュが云った。「闘いの常識から外れてる。無茶苦茶だ」
「たしかに無茶苦茶だが、それがその女のやり方なんだろう。現に俺はこうして右足に傷を受けたし、村の者もそいつに何人か殺された――幼い子供も含めてな」
「だいたい腕を切られて血が出ないなんて……人間じゃありえない」
「そうだ……な。うちの村の者はその女のことを『死神』なんて呼んでいたが」
 眉をひそめるラッシュの横で、オーイエルが少し考えるようにしてから云った。
「殺しのプロにもいろいろある。音もたてず人の首をかき切ることのできる者、人間の致命的な部位を把握してそこを的確に突いてくる者、刃物を使わずに簡単に人の命を奪う者……だがどれも、あくまで人間としての基本的な能力から逸脱しているわけじゃない。理屈の通る範囲でやっていることだ。その女も、おそらく魔法を併用したりして自分の能力を一時的に高めていただけなんじゃないか」
「そうだといいんだがな。どうも、俺には魔法を使っているようには見えなかったが」ダグラスはため息をついた。「とにかく、その女には気をつけてほしい。ジイも、グレイもな」
「それだけすばしっこいやつなら、とっつかまえるのは大変そうじゃのう。まあ、わしの装甲ならそんな女の投げナイフなど決して通さぬがな」
「油断するなよ、ジイ。あいつは人の油断をうまく突いてくる。それが一番怖いところなのかもしれん」
「お前さんに心配されるほどわしは老いぼれてないわい」
「元気さだけは相変わらずだな。ここに来るまでは落ち込んでいるんじゃないかと気が気でなかったんだが」
「フン! お前さんが鉄兵隊隊長を突然辞めると言い出してから、こっちはてんやわんやじゃったからな。むしろせいせいしとるわ」
「そうか。心配した俺がバカだった」
 ダグラスが豪快に笑う。ノガンはそれに合わせず、ただそっぽを向くだけである。
 そのとき、いままで黙っていたグレイが云った。
「その女――名前は」
「名前? ああ――リースリング、というらしい。本名かどうかわからんが。黒く長い髪に、紫色の目をしている。細身で、背は並。あと、若い。たぶん、ラッシュよりも若いだろう」
「俺よりも……っすか?」ラッシュは大きく目を見開く。ダグラスはうなずいた。
「まだ二十歳にもなっていないように見えた。一度見ればあの顔立ちは忘れない」
 彼の言葉に、また周りは考えるように黙る。
 しばらくして、オーイエルが云った。
「……いずれにしても、気にはとめておく必要があるな。それだけ特殊な要素を備えた人間がサガンで暗躍しているのなら、何かの折に私たちのところへも現れないという保証はないだろう――隊長、どう思われますか」
 聞かれると、グレイにしては珍しく少し間をおいてから、云った。
「――リースリングが暗殺のプロだとすれば、そいつは個人の信念で動いているわけじゃなく、依頼されたことをただこなしているだけだろう。こっちとしては、いつどこでその女が現れるか分からないし、予測も難しい。運悪く出会ったときにその場で対処するしかない――ノガン」
「なんじゃい」
「俺たちは明日の朝にこの城を出るが、何か城内に異常が起こればすぐに白い『のろし』をあげてほしい。それを見れば俺は城に戻るようにする」
「城に戻る? お前さんがか? それはつまり……王弟の命令を無視するということか」
「そういうことだと思ってもらってかまわん。王弟を守るためだ」
「隊長、いちおう王弟にはお伝えしておいた方がいいのではないですか」
 オーイエルの進言も、グレイは首を振った。
「王弟は提案を受けても、軍師が拒否するだろう。無能な上官に対してできる、これがちょうどいい妥協点だと思う」
 自分より目上の人間をあっさりさげすむグレイに、ノガンはいろいろな意味で同意するように白いひげをなでながらうなずいた。
「なるほどな……分かった。城内で何か起きればただちに知らせるぞ。ま、わしら鉄兵隊がいればたいがいの敵は侵入できんがな」
「だが鉄兵隊だけじゃ人数的にどうしても穴ができる。それはあんたが一番よくわかってるだろ」
「ふん、いってくれるわ」
 そう云ってノガンが口元を上げる。ダグラスが訊いた。
「たしか、俺が辞めてから新しい軍師に代わったんだったな……今の軍師はそんなにひどい男なのか」
「ひどいなんてもんじゃないっすよ。いつも自分の権力のことしか考えてないやつで――」
 そうしてラッシュの軍師に対する愚痴が延々と続いた。










 かわって、ネイル軍。
 こちらも出撃の準備を明日にひかえているということもあり、わりとあわただしく兵士たちが動いている。特に巨大な魔法石をテントから出す作業にかなりの人数がさかれ、陣の中央部は兵士の指示の声で騒がしくなっていた。
 そこから少し離れた、一般兵士用のテント。ここでは明日ようやく実行の運びとなる仕事にむけ、暗殺者らが各個準備にいそしんでいた。
 ウェーブのかかったブラウンの髪を後ろへやりながら、ミラはテントのほぼ中央で自らの武器を点検している。敷物の上に座った彼女の手には、人一人半以上の長さの金属製の棒があった。かなりの重量があるそのにぎりの部分の感覚を確かめながら、ミラは戦いを前にしてか落ち着かない様子である。
「さて……今回は何人ぐらいこいつでやっつけてやろうかな」
 ひとりごとのように云うミラ。手にする棒の先端には、なにやら複雑な形状をした赤色の金属が付いている。それほど大きくはなく、肉を切り裂く刃がついているようにも、骨を砕く重しがついているようにもみえない。人を殺める武器としては一見頼りないものである。
「スカーレット、今度もよろしくたのむよ」
 自分の武器に勝手に付けた名前を呼んでミラが獲物に軽くキスをする。その光景を、テントの端で自分の武器の手入れをしていたマクギガンは若干ひきつった顔で見ていた。
「おい、ギルからもらったものだからってでき愛しすぎじゃねーか?」
「なに言ってんだ。好きな人からもらった武器なんだから、好きになって当然だろ」
「それにしたって……いや、やっぱりいいわ」
「なんだ、最後まで言えよ。途中まで言ってやめるのはケツの穴の小さい男の証拠だぞ」
「下品なんだよお前は! もう少し女らしいおしとやかさはねえのか!」
「悪かったね汗くさい女で。あたしはあんたみたいに後ろからちまちま小さい武器で敵を狙う気の小さい闘い方じゃ満足できないんだよ。こういった大きなものを振り回す方が性に合ってるんだ」
 ミラは持っている棒状の武器を持ち上げ、かるく素振りをしてみせる。長槍ほどのリーチがあり、力があれば自分の周囲の人間を一気になぎ倒すことはできそうだった。
 それに対し、マクギガンが机に置いてなにやらいじっているものはその半分以下の長さしかない。しかしかなり太く、棒というよりも円筒形の形をしている。それに彼の机には、こぶし大の円筒形の部品がいくつか転がっている。彼はその武器に開いた穴を布でふいたり、中をのぞいたりしていた。
「マクギガンも武器の点検にいつまでかかってるんだ? そんなものちょちょいってやればいいんだ」
「俺の武器はお前みたいなおおざっぱなものじゃないんだよ。繊細なコントロールが要求されるんだ」
「つまり融通が利かないわけだな」
「いちいち腹の立つ言い方にすり替えるな!」
「そういえばトリッケン、魔法使い対策の方はなにか考えたのか?」
「いきなり話題を変えるな!」
 云われたことを聞き流しながら、ミラはもう一人テント内にいたトリッケンの方を向いた。彼はテントの入り口で外の様子をうかがっている。
「魔法使い……というと、大導師フェルトールのことですか?」
「そうそう、そいつ。知らないけど、なんだかエラいやつなんだろ? 実力もあるっていうし」
「実力があるどころじゃねえよ」とマクギガンが水をさす。「世界三大導師だぜ。回復魔法と防御魔法の扱いに関しては世界一だろ。死んだ人間を何人か生き返らせたってウワサもあるくらいだ」
「さすがに死人を生き返らせた、というのはウソだと思いますが」
 トリッケンは苦笑しながら云った。
「ですが、特にバリアや治療に関しては世界でも最高クラスの力をもっているでしょう。この戦いでサガン国王の依頼を受け、魔法兵器の封じ込めを行おうとしているくらいですから。そんなことは相当な力を持った魔道師でもできる業ではありません」
「じゃあ、あたしたちじゃまともに正面からぶつかってもかなわないってのか?」
 ミラが不満そうな顔で云う。しかし、トリッケンは右手の人差し指を上にピンと立てて云った。
「そうでもありませんよ」
 そうして彼はテントの中の二人へ体を向けた。
「フェルトールは実はもうかなり歳を召しています。今年で六十二歳。人間の平均寿命がだいたい五十五歳くらいですから、かなりの高齢です。二年ほど前からはたびたび病にかかり、表に出ることも以前よりは少なくなったと聞きます。国では第一線から退き、いまではもっぱら魔法学院で教鞭をとるだけのようですし、後代の者に自身の魔法を引き継ごうと、国内の優秀な魔法使いを集めて日々修練させているとのことです。ここガダルカにも二人の若い魔道師を供として連れてきているらしいのですが、それもおそらく見込みのある若手を育てるためでしょう」
「――ということは、その魔道師は世間でうわさされているほどの力は今はもってない、ということか」
 マクギガンが云うと、トリッケンはうなずいた。
「おそらく。つい最近も肺の病気で、二十日間ほど床に伏していたそうです。それなのに無理をおしてサガンの各都市を表敬訪問していたようですから……つけ入るスキは十分あると考えています」
 ミラが云った。
「魔法使いは老いぼれじいさんか。なら楽勝だな。じゃああたしが兵士たちをばたばたなぎ倒すからさ、トリッケンはそのなんとかいう魔道師を頼むよ」
「フェルトールです。――まあ、このメンバーの中でまともに魔法を使えるのは私だけですからね。何とかしますよ。マクギガンさんには少しお手伝い願うことになると思いますが」
「魔法弾か? おう、任せとけ――でもバリアで反射してくるなんてことはないよな?」
「さて、どうでしょう。やってみないと」
 勘弁してくれよ、とマクギガンが空笑いする。そこへ、ミラが云った。
「そういえばトリッケン。あんた、いま何歳?」
「私ですか? 今年で五十七歳です」
 エルフである彼は、人間よりはるかに平均寿命が長い。それは知識として分かっていながらも、ミラは何ともいえない苦い顔になった。
「……あたしの親より年上だな」
「人間とエルフでは社会が違いますから。五十代はエルフの中ではまだまだ若輩者ですよ。人間でいうと二十代ぐらいです。エルフは三十三歳で成人、平均寿命は二百歳くらいですからね」
「人生経験豊富なんだな……だからそんなに落ち着いているのか」
 つぶやくミラに、トリッケンは「それはともかく」と、やや真剣な面持ちで云った。
「フェルトールはいま述べたとおり、ベル王弟はうまくおびきだせばすぐに始末できるでしょう。ですがガダルカには、それより厄介な相手がいます」
「厄介な相手?」
「ええ。実は、こちらのほうが私は問題だと思っています」
 トリッケンの口調に、ミラはでき愛している『スカーレット』を置いて彼の方を見た。
「フェルトールよりも厄介なのか?」
「ええ。正直なところ、あまり相対したくありません」
「なんていうんだ、そいつ」
 トリッケンは、少し声のトーンを落として云った。
「通称『キング・オブ・ソード』と呼ばれている者です」
「キング……オブ……?」
「『キング・オブ・ソード』、剣の王です。剣の腕ならサガン一、いえ――サガン、ネイル、グリッグランド全て合わせても三本の指に入るほどの実力の持ち主です」
「そんな大それた肩書きのやつが、ガダルカにいるのか?」マクギガンが若干青ざめながらトリッケンに訊く。
「はい。私が事前に仕入れた情報では、おそらく。我々は、その者にできる限り遭遇しないよう、仕事を進める必要があります」
 ふ〜ん、とミラは息をつきながら、なぜか口元を上げる。
「ミラさん……闘ってみたいと思っておられるんじゃないでしょうね」
「フフ……え? いや、まさか。なに言ってんの、あはは……」
「ミラさん、ターゲットはベル王弟とフェルトールだということを、忘れないでくださいよ」
「はいはい、分かってるって」
 そういいながらもどこか期待しているような表情を浮かべているミラの顔をトリッケンは認め、小さくため息をついた。
「……リースリングさんを見てきます」
「あれ? そういえばリースリングは?」
 いまごろ気づいたようにミラが反応するのに、トリッケンは冷静な顔で云った。
「だいぶ前に外に出て行かれましたよ。ちょっといってきます」
 そう云って、トリッケンはテントから出た。
 外は相変わらず、砂嵐がふきすさんでいる。彼らがここにやってきてからずっとだった。明日もやみそうにない。トリッケンは目の中に砂が入らないよう右手を目の前にかざしながら、端正な顔を崩すことなく、砂まじりの風の中を歩いていった。




 
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