死神と女神の狭間 第四章  

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第四章:ガダルカの戦い(後編)





 ガダルカの城。
 古来より東と西の町をつなぐ数少ない谷あいの道として、この地はあった。やがて西にサガンという国が、東にネイルという国ができたとき、国境を守るためにサガンが当時の技術を駆使し、この鋼鉄の城を設けた。
 現在ではその防衛をより堅固なものとするため、城の東側に『鉄の壁』が築かれている。だがあくまで守備のかなめはここガダルカの城であり、国境を守るのはこの城の兵士たちであった。
 サガンとネイルの間で侵略戦争が起きるたび、必ずといっていいほどこのガダルカが戦場のひとつになった。ほかにもいくつかルートはあったが、『鉄の壁』ができるまではこのガダルカの谷が最も兵の移動が簡便なため、主戦場となることが多かった。昔から街道として利用されてきたのだから、それも必然といえた。
 いくどとなく繰り返されてきた国境での戦争。そのたびに、ガダルカの兵士たちは厳しい戦いを強いられ、他の地方の者よりもずっと戦争――特に防衛に関して、洗練されてきた。そんな中でつくられたのが、この城の守護を専門的にこなす組織「鉄兵隊」だった。
 ガダルカには城の防衛を主な任務とする「鉄兵隊」と、敵軍への攻勢を主とする「剣兵隊」がある。だが剣兵隊は守備に対をなすものとして近年できたばかりで、歴史的にいえば鉄兵隊の方がはるかに長い。「国境を守る」というガダルカにつちかわれてきた守護の精神は、鉄兵隊にこそ受け継がれてきたものだった。
 だからこそ、現鉄兵隊隊長であるノガン=ブレフは、自分が鉄兵隊であることに誇りをもっていたし、つねに自分こそが国境を守るのだという使命感に燃えていた。
「もう一度、城の配備を確認せい。十分以内に報告に来るのじゃ」
 巨大な魔法兵器が土煙を上げながら近づいてくるのを三階のバルコニーからながめながら、ノガンは後ろにいた鉄兵隊の連絡係に云った。まだ若いその兵士は、若干とまどいながら返答する。
「で、ですが、さきほども配備の確認はおこなったばかりですが……」
「なにを言っておるのじゃ! もう戦争は始まっておるのじゃぞ。いつどこから敵が侵入してくるともかぎらん。なにごとにも細心の注意を払わなければ、あっというまに敗北してしまうのが防衛戦なのじゃ」
「ですが、ガダルカには鉄の壁がありますし、なにもそこまで……」
「ええい、つべこべいわずにさっさと行け!! すぐに戻ってこなかったらお前にあとで城百周の走り込みを課すぞ!」
「は、はいっ!!」
 云われ、兵士はあわてて彼のもとから走っていった。
「やれやれ、最近の若いもんは楽ばかりしようとするからいかん……」
 ノガンはあごにたくわえた白いひげをなでながら、短くため息をついた。そして過去に何度かあったガダルカでの戦争に思いをはせた。
(戦いのときには常に城の状態に気を配らなければならん。ガダルカは国境の出城とはいえ、そこそこ規模の大きな城じゃ。油断すればおもわぬところから敵が侵入してこんとも限らん。あんなたいそうな魔法兵器をネイル軍がこれみよがしにみせながらやってくるのも、鉄の壁にこちらの兵士を誘導させるためかもしれん。国家間のような大きな争いでは、予想外の事態が起きても対応できるようにしておくことのほうが大切なのじゃ)
 老兵ノガンは考えながら、バルコニーを離れ城内へ戻る。
(ネイル軍も無策で挑んでくるほど馬鹿とは思えん。なにかひとつやふたつ、手を打ってくるはずじゃ。グレイの剣兵隊がちょうどではからったこのタイミングで攻め込んでくるというのも、どこか疑わしい。剣兵隊がいないことで城の警備が手薄になっているいまこそ、むこうが何をたくらんでいようとも万全の体勢でのぞまなければならん――)
(グレイ。七年前に本国からやってきて頭角をあらわしおったが……結局鉄兵隊に入るどころか、新しい隊を自分でつくりあげおった。感心せんが、実力は確かじゃ。あのような若いもんが鉄兵隊にいてくれれば、わしも安心して引継ぎができるものなのじゃが……ダグラスも出ていったいまの鉄兵隊には、隊長を任せられるような人材はまだ育っておらんからな)
 歩きながら彼が思っていると、ふと通路の窓から物見の塔がみえた。
(魔道師らは、いまごろあそこであやしげな術を使っているころか。たった一人の老人の術で城が守れるならだれも苦労はせん。直接見えないところにある物事をよくわからん力でなんとかするというのがどうも信用ならん。後ろからついてきた若い魔道師の双子も――女の方はまだ根性がありそうじゃったが、男の方はいかにも頼りない。魔法などという妙なものに頼っておるからじゃ、全く)
 ノガンは憤慨しつつ、また通路を歩き出す。兵の配置と、今後の対応について頭の中で整理しながら。
 戦いは、すぐ間近にまでせまっていた。それは彼の想像していた内容とはかなり違っていたが、少なくとも想定外のことにまで注意を払うという彼の判断は、間違っていなかった。










 何度もせきごむ声が部屋の中から聞こえるのを、ウェインは心配していた。
 物見の塔の最上階――地上二十階の前にある踊り場で、ウェインは妹とともに見張りをしていた。
 だがたびたび背後の部屋から苦しそうにせきをするフェルトールの声が耳に入り、ウェインは気持ちを落ち着かせることができなかった。
「……フェルトール様、だいじょうぶかしら」
 少し離れた扉のわきに同じように立っていたウェラが云った。もはや崇拝しているといっていいほど、フェルトールを慕っている彼女。ふだんは気丈だが、師匠のことになるとやはり不安にかられるのだと、ウェインは妹の様子をみながら思っていた。
「お師匠様のことだから、だいじょうぶだと思うよ。なにかあったら僕たちを呼ぶだろうし」
「でも、中で倒れてたりしてたら……兄さん、ちょっと扉からのぞいていい?」
「だめだよ、お師匠様の集中が乱れるようなことしちゃ。よけい負担がかかるよ」
「う〜ん……」だがウェラもなかなか落ち着かない様子で、腕を組みながら扉の前を何度もいったりきたりする。
「フェルトール様、お体が悪いのに、なんでこんな大変な仕事をひきうけちゃったんだろう。ガダルカなんてさっさとあいさつだけすませて帰ったらよかったのに」
「魔法を戦争の兵器としてつかっているネイル軍をどうしても見過ごせなかったんだろ。本当は僕たちがお師匠様の魔法のお手伝いをできればよかったんだけど……」
 ウェインのつぶやきに、ウェラは何も云わない。それは無言の肯定だった。
「僕たちも国に帰ったら、もっと魔法の練習をしないとね」
 ウェインが云うと、ウェラは深刻そうな顔をすぐにかき消して不満そうに答えた。
「あら、私が毎日練習につきあってあげてるでしょ。まだ足りないの?」
 つきあってるのはどっちだと思いながら、ウェインは云った。
「ウェラの練習は攻撃魔法ばかりだろ。僕は防御魔法ばかり。もっと別の種類の魔法も覚えないといけないと思うんだけど」
「別のって、どんなの?」
「たとえば……そうだ、今度は僕が攻撃魔法を使って、ウェラが防御魔法で防ぐっていうのは? それならおたがい教えあえるし――」
「嫌」
「嫌って……なんで?」
「わたし、守るのって耐えられないから。性格上。――あ、じゃあ次は私が『サンダースフィア』をうつから、兄さんはバリアか何かで防いでみて」
「それじゃいつもどうりだよ……」
「いいの。長所を伸ばすってことも大事でしょ? じゃあ決まり」
 勝手に決めてしまうウェラの声を聞きながら、ウェインは今度こそお師匠様に「もっとマシな」練習方法を指示してもらおうと決意した。
 そんなことを双子が話していると、とつぜん下からだれかが駆け上がってくる音がした。
 二人とも踊り場の手すりから下をのぞきこむ。そこには、かなりあわてた様子で必死に階段を上がってくる軽装の兵士の姿が見えた。
「どうかしましたか?」ウェインが尋ねる。その兵士の青ざめた表情をみて、彼は嫌な予感がした。
「した……下が……」
 まだ階段の途中だったが、兵士は立ち止まると息を整える間もおしい様子で二人に云った。
「下が……大変なことに……なって……」
「大変なこと?」ウェラが聞くと、兵士は恐怖につつまれた形相を二人へ向けた。
「敵が……侵入者が、どこからかこの塔に入ってきて、下にいた仲間を次々に……」
 ウェインとウェラが顔を見合わせる。お互いの顔に、一気に緊張感が走った。
「侵入者が、ここに……?」ウェインは兵士に向き直って云った。「城の方は? なんともないんですか?」
「ああ、城には異常はないはずだ……なんで先にここへ来たのか、わからない。でもとにかくやつら、とんでもなく強くて……城に応援を呼ぼうにも、入り口から一人残らず押し込まれてだれも出られないんだ……」
「私、フェルトール様をお呼びする」ウェラの真剣な声に、ウェインはすぐうなずいた。
 うなずきながら、考えていた。
 城ではなく、敵はここに侵入してきた。
 侵入者の目的は、たぶんフェルトール――お師匠様だ。理由は分からないが、それしか考えられなかった。
 ネイル軍がここにまで攻め込んでくることは、彼もあらかじめ想定していた。だがそれはあくまで確率のごく低い予測であり、お師匠様の力があれば多分なにごともなくこの戦いは終わるだろうと心のどこかで安心していた。
 だがその予測が意外な形で、しかも考えていたよりもはるかに早く現実になり、彼の頭は現実味を感じようとするだけで精一杯になった。
 敵が――お師匠様の命を狙ってくる人間が――
 もうすぐ、ここまでやってくる――?
 彼は、とつぜん目の前にふってきた命がけの――おそらく命がけになるだろう戦いを前にして、徐々に恐怖を感じはじめていた。それは殺されることへの恐れではなく、これから何が起きてどうすればいいのか分からないということへの、不測に対する恐れだった。
 ウェインはすでに階下では死人の出ていることを想像し、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。前にいる兵士の危機的な顔が、それを助長する。彼は、目の前のことに集中しようと気を引きしめた。
「敵は……侵入者は何人ですか?」
 ウェインが訊くと、兵士は若干くちびるをふるわせながら答えた。
「四人、いた。見たことのない武器を操っていた。あいつら……普通の兵士じゃない」










 物見の塔の一階はすでに、阿鼻叫喚をきわめていた。
 入り口から唐突に侵入してきたのは、まるで兵士には見えない四人組だった。
 彼らは門番を切り倒すと、塔の中に入るやいなや目についた兵士にかたっぱしから襲いかかっていった。塔には客人であるフェルトールを守るための警備兵が三十名以上いたが、まだネイル軍が攻め込んでいない状況で油断していたためか、短時間のうちにその半分近くがあえなく倒された。
「侵入者だ、かかれ!」「城に応援を要請しろ!」「絶対に階段をのぼらせるな!」「上の階の者にも知らせろ!」「使用人は部屋へ逃げろ!」
 指示がとぶ塔内。だがそれとともに、切り裂かれて叫ぶ声や、突き刺されてうめく声があがる。
「一番前の女は三人がかりでかたをつけろ! それ以上前には進ませるな!!」
 この塔の警備長と思われる兵士は完全にとまどった様子で、早口のままなんとか命令を下す。すぐに三名の兵士が集まったが、その前に立つ長柄の武器を構えた女――ミラは、むしろそれを待っていたというように不敵な笑みを見せた。
「今度は三人か。手間が省けてちょうどいいや。いっぺんに片付けるから全員前へ出な!!」
 最前衛として四人の中で最も多くの兵士を切り倒していたミラは、云いながら棒の先端にある槍のような刃先を相手に向ける。その刃は青白い光を帯びており、輪郭がどこかぼやけている。さきほどから一振りで何人もの兵士をたやすく葬ってきたミラは、ぞろぞろとやってきたサガンの兵士らに大見得を切った。
「なんなら五人でも十人でもいいけどな。あたしの『スカーレット』で、みんなまとめてあの世へ送ってやるよ!」
 ミラが武器の持ち手を変える。するとその先端が変形し、突き刺すための槍の刃から、長く反った長刀のような刃になる。
 その光景を驚いた表情でみつめる兵士らにかまわず、ミラは『スカーレット』をすばやく横に一閃させる。
 すると、盾と鎧につつまれていたはずの三人の体が、一度にあっさりと切り裂かれた。
 四人の中で最も接近戦にすぐれているミラの戦い方だった。
 驚愕する警備長の前で、兵士らが血を流しながら倒れる。彼女は得意げな顔で云った。
「次にあたしの武器のサビになりたいやつはあんたかい。――つっても『スカーレット』はサビないけどね」
 得物を構えなおすミラの前で、警備長が剣を抜く。だがその腰は完全に引けている。
「おっ、逃げないのかい。威勢がいいな」
 云いながら、ミラが『スカーレット』の先をまた変化させているとき。
 とつぜん、警備長の右肩あたりがふきとんだ。
 衝撃でそのままあおむけに倒れる警備長。ミラは後ろへ大きな声をとばす。
「マクギガン! せっかくあたしがやろうと思ってたのに、おいしいとこだけもっていくなよ」
「うるせえ! 大量の敵と入り乱れて戦ってるってのに、なんでお前はそんなに余裕こいてんだよ!」
 云った彼は、ミラのかなり後方で筒状の武器を構えていた。そこから発射されたものが、警備長の肩に命中したのだった。
「俺は接近戦要員じゃねえんだから。お前がさっさと前に行かないと俺の魔法弾が使えねえんだよ!」
「なんだよ。あたしがさきさき行ったら、へぼなあんたの腕じゃあたしに命中させるかもしれないだろ。それを考慮してやってるのに」
「もうちょっと信用しろ! 俺がお前に弾を当てたことあるかよ!」
「二人とも、仲間割れしているヒマはありませんよ」
 と、その近くにいたトリッケンが近くの兵士を倒してから呼びかける。彼の右手には、薄く金色に輝くレイピアがにぎられていた。
「城からの増援を呼ばれる前になんとしてもフェルトールのところまでいかなければならないんですから。ここで時間を割いている場合じゃないですよ」
「わかってるって」ミラが答える。「じゃああたしが先に行くよ」
「そうして下さい。私とマクギガンさんもすぐに――おっと、いけない」
 そう云った瞬間、トリッケンの姿が消える。そして、いままさに塔の出入り口から静かに外へ出ようとしていた使用人の前に、彼の姿が現れた。
 ごく短距離の瞬間移動。それが彼――トリッケンの武器のひとつだった。
「すみません、あなたを逃がすわけにはいきません」
 云いつつ、迷いなく彼は使用人の胸めがけてレイピアを突き刺す。使用人は何が起きたのかわからないまま、その場に血を流し絶命した。
 塔の奥で、ミラが声を上げる。
「じゃあ、先に行くよ! リースリングは?」
 彼女が一階を見渡すと、黒髪の若い暗殺者は階段から降りてくる兵士らに黙々とナイフを投げつけていた。
「さすが、仕事が早いね。じゃあ二十階まで一気にいくからな!」
 そう云ってミラはまた周りから襲ってきた兵士をひとり、ふたりと切り倒しながら、階段を駆け上がっていく。
 こうして暗殺者たちは、ひとりの逃亡者も出さないようにしながら、徐々に階段を上り詰めていく。積み重なる死体。流れ落ちる大量の血。それはまさに、殺戮(さつりく)の行進だった。
 サガンとネイルの戦争は、こうして城からは見えないところでひそかに火ぶたを切ったのだった。




 
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