死神と女神の狭間 第四章  

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 白馬にまたがった剣士の大声に、トリッケンは心の中で舌打ちした。
 王弟と側近の男の前に立ちふさがった、淡い茶髪の剣士。彼の確かな記憶によれば、その装備はガダルカの誇る二大兵隊のひとつ、剣兵隊のものに違いなかった。必要最小限の鎧のみをまとい、疾風迅速を身上とする隊。攻撃に特化し、守備はおのれの剣技のみにかける。彼の――ライオネル=シュオーツァの装備はまさにそれを実現するものだった。
 彼がくるまでは、完全にトリッケンの予定通りだった。
 リースリングがガダルカの城を攻め、王の間から王弟をあぶりだす。非常口から地上に降りてきた王弟をトリッケンとミラが待ち構え、捕える。無謀ともいえるリースリングの単独行がトリッケンの中では不安の種だったが、有言実行においては右に並ぶもののいない彼女の言葉どおり、王弟はきっちりと彼らの待ち構えていた所に馬車で現れたのだった。
 だがなぜか、ネイル本陣を攻めているはずの剣兵隊が、もうこの場に戻ってきている。通常では考えられないことだった。モスカートの情報によれば、剣兵隊は王弟の命令により昨日から城を出発している。さらに鉄の壁は結果として破られなかったことから、剣兵隊が城に戻ってくる理由は全く無いはずだった。
 なんらかの方法で城の異変を察知し、王弟の命令を無視して剣兵隊を帰還させる。それができる可能性を、トリッケンはたったひとつだけ知っていた。
 剣士がやってきた方角からもうひとり、黒馬に乗って駆けてくる者がみえた。トリッケンはその方角をみやると、彼には似合わない苦い顔をつくった。
 鋭く黒い目に灰色の短い髪。大柄で引きしまった体格は、剣士としての底知れない力強さをあらわしている。さらに剣兵隊にはそぐわない長大な剣を背中にさしており、それがこの剣士の特徴の全てを集め、象徴していた。
 やはり剣兵隊であろうその男は、あっというまに馬車の近くまでかけよってから王弟らに顔をむけた。
「王弟、ご無事でしたか。ここからは我々にお任せを」
 低い声で告げる彼の言葉に、王弟と側近はほっとした表情を見せうなずいた。
「う、うむ。わしは無事だ、グレイ隊長。よくぞ戻ってきてくれた。さっさとやつらをけちらしてくれ!」
「いうまでもないっすよ王弟。隊長、こいつらは俺にやらしてください!」
「ラッシュ、口を慎め。まもなく他の兵士もやってくる。それまでは王弟を守れ」
 ラッシュと呼ばれた若い剣士はつまらなさそうに口をとがらせる。だが有無をいわせない重みが、その隊長の言葉にはあった。
 そんな彼らの向こうで、ミラがいますぐにでも前にとびだしそうな姿勢をみせている。トリッケンはすばやく頭を回転させながら、いまどう行動するのがベストなのかを判断した。
「ミラさん、まだしかけないでください。先にこちらへ」
「なに悠長なこと言ってんだよトリッケン! はやくしないと他のやつらがやってくるだろ! いまなら二人だ。こいつらくらい、あたしがさっさと――」
「ミラさん! 議論をしているひまはありません。早く!」
 得物「スカーレット」をかまえようとするミラに、トリッケンは強い調子で云った。ミラは少し迷うも、指示に従ってしかたなく彼の側に回ってくる。
 そのあいだに、トリッケンは腰の布袋から、木製の器具を取り出していた。
 細い筒状の棒に、穴がいくつか等間隔で空いている――小さく単純な構造に見える笛。
 トリッケンはすばやく、だがなお優雅な手つきでそれを口に当てた。彼の短い動作に、剣兵隊隊長グレイが目ざとく気づく。
 戦場にはおよそ似合わない行動。それだけになお、グレイの注意を引いたようだった。しかし彼がトリッケンの動作を防ごうとするには、全く時間が足りなかった。
(あまり使いたくはありませんでしたが――しかたありません)
 トリッケンの目が妖しく光る。彼は針で刺すように鋭い息を、小さな笛にふきかけた。
 何も音はでない。しばらく待っても、その短い楽器からは何の音色も聞こえない。少なくとも、「人」である者には、そう感じられた。
 だが、「人でないもの」には、そうではなかった。
「おっ、おわっ!?」
 トリッケンの前にいたラッシュが声を上げる。突然、彼の乗っていた馬が、いななきながら彼を振り落とそうとするかのごとく前足を上げた。
「ど、どうしたんだ? おい、しっかりしろ!!」
 ラッシュが必死に手綱をしめようとするも、馬は狂ったように前足をおどらせる。
 暴れだしたのは、彼の馬だけではなかった。
 後ろにいたグレイの黒馬も、そして馬車につながれていた二頭の馬までもが、いきなり首を左右にふって暴れまわった。まるで、この世のものとは思えない恐ろしいなにかから逃げようとするかのように。
「うわっ!?」
 ついにラッシュが振りおとし、馬はおぼつかない足でその場から逃げ出してしまう。
「笛だ! あのエルフの笛のせいだ」
 グレイは声を上げながら、すばやく自分の馬からおりていた。彼の馬もそれからまもなく、四つ全ての足をばたつかせながら異常な目つきで森の方へどこへともなく駆け出していく。王弟がさきほどまで乗っていた馬車は、つながれていた二頭がそれぞれ別の方向へ行こうとし、車とひもに引っかかってその場にからまり、横倒しになった。それでもなおそれぞれの馬が立ち上がろうとしては引っ張りあって倒れ、あわれな惨状になった。
 人間やエルフには聞こえない。だが馬にだけ聞こえる不快な音を放つ笛。トリッケンの使ったのは、動物を使役するのに長けたエルフだけがもつ、馬の制御道具だった。
「くそっ、俺の馬が……。あいつの笛を止めれば――」
 地面から立ち上がったラッシュがロングソードを構えなおし、笛を吹き続けるエルフの方へ走り出す。だがそこへ、スカーレットを構えたミラが立ちふさがった。
「まちな。ここからはあたしが相手だよ」
 云いながら、ミラはスカーレットの先を長くカーブした刃に変化させる。ラッシュはかまわず、剣を前にそのまままっすぐ突っ込んでいった。
「どけぇぇぇっ!!」
 剣をふりあげるラッシュの足元にむかって、ミラがスカーレットを横になぎはらう。
 ラッシュは紙一重のところでそれをとびかわし、そのまま剣をミラに向かって打ちおろす。
「ふんっ!」
 ミラは払ったスカーレットをそのまますばやく回しこみ、柄の部分でラッシュの攻撃を受け止める。そのまま柄を横から縦へ半回転させ、今度はミラがラッシュの頭上から長い刃をふりおろす。
「おわっ!?」
 ラッシュはなんとか身を曲げて地面を転がりながらかわす。女とは思えない――それも重そうな武器をもっているミラの予想外に速い動きに、ラッシュはすぐに攻めるのをやめ、相手の攻撃が届かないところへ退いた。
「ちっ、もう少しだったのに」
 ミラが軽く舌打ちしながらも、やや笑みを浮かべた。ようやく多少骨のあるやつが相手になったと喜んでいるのだろう。トリッケンにはそのことが容易に想像できた。
 トリッケンは笛を吹くのを止め、それを再び皮袋にしまった。やや興奮気味の調子で、ミラが声をかける。
「トリッケン、笛はもういいのか?」
「ええ。あともうひとつ、これ以上剣兵隊の兵士がこないよう『しかけ』をうちます。もう少しがんばってください」
「いいよ。それでなくても、あたしがあの二人をしとめてやるからさ」
 ミラはにじりよるように前へ進む。それを確認してから、次にトリッケンは魔法の詠唱をはじめた。剣兵隊がやってくるであろう道をふさぐ幻を張るための魔法を。
 一方、グレイはトリッケンとミラの行動を分析するようにながめつつ、下がってきたラッシュに云った。
「ラッシュ、気をつけろ。あの女の武器は、お前の剣では受け止められん」
「えっ? どういうことっすか」
「あの武器は、普通じゃない。お前も見ただろう。女が構えた瞬間、先端の形状が変化したのを。あれは魔力の込められた武器だ」
「魔力……でもそんなくらいで、俺の剣が砕けるなんて――」
「疑うなら、自分の右肩をみてみろ」
 云われ、ラッシュが見る。鋼鉄でできているはずの肩あての先が、まるで元からそういうデザインであったかのようにすっぱりとカットされていた。
 やや表情をこわばらせるラッシュ。さっきの打ち合いで、相手の攻撃をかわすのでなく受け止めていたら、確実に絶命していた。そのことに、彼は気づいたのだった。
 グレイは忠告するように云った。
「距離をとって、慎重に攻めろ。お前の技術なら勝てるはずだ」
 隊長の言葉に、ラッシュはまた気勢を盛り返しながら答えた。
「……当然っすよ。これくらい、どうってことないっす」
 ラッシュが再び前に出る。ミラもスカーレットをかまえなおしてから、彼の正面に立った。
「またあたしのスカーレットのサビになりたくて、のこのこでてきたのかい? 今度は容赦しないからね」
「それはこっちのセリフだ。こそこそと城に攻め込んできて、卑怯だろ。男なら正々堂々と勝負しろ!――って、おまえ女か」
「だったらなんだい。戦場で男も女も関係ないだろ。強いか弱いかだけだ」
 云いつつ今度はミラの方から前にふみこんだ。しなやかな腕を振り上げ、長大な魔導武具「スカーレット」をラッシュ目がけてたたきおろす。
 ラッシュはその斬撃をかわしつつ、やや後ろへ退き距離をおいた。ミラはそれを追いかけ、魔法の刃を振り回す。だが次々と、ラッシュは身軽に彼女の攻撃を避ける。
「ちっ、かわすしか能が無いのかい。ならこれならどうだ」
 ミラはスカーレットの先を、今度は平らな板状に変化させた。斬りつけることはできないが、先端が広くなった分、当てやすくなった。
「そら、かわしてみな!」
 女とは思えない力で、ミラは次々と魔法のメイスを繰り出す。振り下ろし、引き上げ、突き通す。縦横無尽の動きを、ラッシュは回避するので精一杯だった。少なくとも、外からはそう見えた。
 なかなか攻撃が当たらないことに業を煮やし始めたミラは、ラッシュを挑発するように云った。
「なんだい、その腰の引け様は。剣兵隊だかなんだかしらないけど、逃げてばかりでひとつも攻めてこないじゃないか。よくそんなので戦場にいられるね」
「こいつ――!」
 言い出しかけて、ラッシュは思いなおしたように平静な顔に戻った。そして、逆に相手の気分をさかなでするように云った。
「お前こそ、それだけ攻めてるのに俺にひとつも当てられないなんて、よっぽど腕が悪いんだな。それじゃただの力バカだ」
「なんだって、このうすのろ野郎!」
 思わずスカーレットを握る手に力のこもるミラ。トリッケンは魔法を唱えるために神経を集中させながら、彼女に声をかけた。
「ミラさん、落ち着いてください。相手の挑発に乗ったらいけません」
「わかってるって。だけど、こいつにはどうしても一太刀あびせないとどうにも気がすまなくなってきた!」
 結局挑発にのせられている。トリッケンは危機感を募らせた。
 後続の剣兵隊をこれ以上近づかせないため、彼は少し離れた道上に幻影で『炎の壁』をつくろうとしていた。すでに馬の方は先の笛で大混乱をきたしているに違いない。そして乗っている人間を幻影魔法でだます。ダメ押しの対策だった。だがそれゆえ、いましばらくはミラを手伝うことができそうにない。
 ミラはさっきよりもさらに距離をつめ、スカーレットをふりまわす。縦に、横に、斜めに。魔力のこもった先端部が少しでも相手の体をかすめれば、軽装な相手の体など簡単に切り裂くことができる。
 だがその一撃が、なかなか実現しない。攻撃をかわし続けているラッシュの疲労を狙っていたミラは、いつのまにか自分の息が上がっていることに気づいていなかった。
 トリッケンは懸念していた。ミラの戦闘技術は魔導武器に頼る部分が大きい。だれかの指導を受けたわけでもどこかで訓練したわけでもない。並みの相手なら、スカーレットの威力におののいてかわす間もなく絶命する。だがしっかりした戦いの技術を身につけたものが相手になった場合は――。
 ラッシュと呼ばれたあの剣士は、そのことに――ミラの付け焼刃の技術に、もう気づいている可能性が高い。そしてなによりも、後ろに立つ剣士――王弟を守り、仁王立ちしている大柄な剣士グレイは、そのことに確実に気づいているだろう。トリッケンはそう考えていた。
 ミラのイライラも極限まで高まっている。このまま戦いを続けるのは危険かもしれない。トリッケンがそう思い、声をかけようとした直前。
「くそっ……この腰抜け野郎!」
 ミラはなかば体勢の整わない状態で、ラッシュ目がけてスカーレットをたたきおろした。その重みで、彼女の上半身が少しだけ前へもっていかれる。
 その瞬間を、ラッシュは見逃さなかった。
 相手が攻撃を終えた直後の一瞬の隙。特にミラのような大振りな攻撃をしかけてくる相手には、自分の動きで体勢の崩れたときが最大の好機。そのことを、ラッシュは知っていた。
 はじめてラッシュは自分からミラとの距離をつめる。目にも止まらない速さで、一、二歩。ミラがスカーレットをもちあげようとするところへ、ラッシュが最短距離で迫る。
「なにっ!?」
 ミラは身をかわそうとするも、ラッシュの斬撃の方が早い。彼の手にした鋭利なロングソードは、ミラの右わき腹を真横に深く斬りつける。
「しまっ――!」
 なんとかスカーレットの柄を返し、ラッシュの続く攻撃をけん制しようとするミラ。だがその動きも、ラッシュは読んでいた。
 いかな魔導武器でも、柄の部分なら剣で受け止められる。彼はミラの苦しまぎれの攻撃を剣で受け流す。そしてそのままさらに一歩踏み込み、ミラにあて身を食らわせた。
「ぐっ!」
 直後に走る腹の激痛とともに、地面へ倒されるミラ。痛みに耐えながらすぐに後ろ手になり起き上がろうとする。だがそこへ、ラッシュはすばやく剣の先をつきつけた。
「お前の負けだ。観念しろ!」
 場の空気に、静寂がおりた。
 見上げるミラの首元へぴたりと剣の刃をつけるラッシュ。相手の弱点を見抜き、無駄な動きをせず一度の好機を生かす。戦い慣れしている証拠だった。
 ミラは顔をゆがめながら、地面に落ちたスカーレットをにぎりしめた。悔しさと憎らしさを込めた目で、ラッシュをにらむ。
「くそっ……なんであたしが、こんなガキに……」
「俺だって、グレイ隊長に認められた剣兵隊の一等兵だ。お前みたいな隙だらけのやつに、負けるなんてことがあるものか。自分の実力をわきまえろよ」
「なんだって……!」
「動くな。動いたら容赦なく一突きするからな、侵入者」
 ラッシュの一言に、ミラは怒りにふるえながらも身動きがとれない。わき腹を斬られ、すばやく動くことすら困難になったミラに、彼の刃から逃れる術はなかった。
 この次はどうするか。打ち崩したミラの命をたてに、エルフをけん制しようか。そうラッシュが思い始めたとき。
 トリッケンが動いた。
 ラッシュがトリッケンの方を見る。しかし、そこに端正な顔つきのエルフの姿はなかった。
「――?」
 ラッシュが周りを探す。だが、エルフはどこにも見当たらない。
 そのとき、グレイの声が彼の耳に届いた。
「後ろだ!!」
 反射的に、ラッシュは後ろをふりむきざま剣先を背後に走らせた。
 キンッ! と金属のかちあう音が響く。
 後ろを振り返った彼の目に映ったのは、『炎の壁』をつくり終え、いつのまにか背後に回っていたトリッケンが、冷徹な顔で彼を斬りつけようとしていた姿だった。
「――なっ!?」
 トリッケンのもつショートソードが、ラッシュのロングソードと打ち合い、はじきあう。さらにすばやい動きで突きかかってくるトリッケン。ラッシュはいったん退かざるを得なかった。
 突然近くに現れたトリッケンのために、人質であるミラから離れてしまった。ラッシュの頭の中で疑問が交錯する。
「あいつ、どうして……?」
「瞬間移動だ」
 ラッシュの後ろで、グレイがつぶやいた。ラッシュが隊長の方を振り返る。
「瞬間移動……?」
「姿が消えたと思った直後、お前の背後にやつが現れた。おそらくあのエルフが得意とする魔法だろう。油断するな」
 それを使えば一気に王弟の後ろに回ることも可能であることを、グレイは示唆していた。
 ラッシュは再びエルフの侵入者――トリッケンと向き合う。王弟は隊長に任せ、ラッシュはエルフとの闘いに集中することにした。一方のトリッケンはミラの前に立ち、左手に持ったショートソードに加えて、右手でレイピアをすらりと抜いた。
「ミラさんは休んでいてください。あとは私が引き受けます」
「ちっ……くそったれ」
 毒ずくミラ。だがわき腹の傷はやや深く、もう機敏な動きはできそうにない。トリッケンが相手をしとめなければいけない状況だった。
 トリッケンとラッシュが相対する。剣兵隊と侵入者の対戦が再び、始まろうとしていた。




 
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