死神と女神の狭間 第四章  

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 ラッシュの目に、トリッケンの風貌は「いけすかないやつ」として映っていた。
 戦うための身なりをしてはいるが、どこか余計なものがある。たとえば、腕につけたシルバーのブレスレット。たとえば、装飾のほどこされた細長いクツ。およそ戦いのために必要とはおもえない、着飾っているとしかみえない服装が、ラッシュの心をさかなでしていた。
 戦いのためには一切の無駄を排し、全てを己の剣にささげる。それこそが戦士のあるべき姿だという信念のあるラッシュにとって、トリッケンのどこか高貴じみた雰囲気は真剣味に欠けていた。
 さらにいま、トリッケンの手にしているのはショートソードとレイピア。二刀流自体『邪道』と考えているラッシュは、見たことも聞いたこともない剣の組み合わせに、憤慨を通り越しあきれきっていた。
「おい、金髪のエルフ。そんな持ち方でまともに闘えるのかよ。格好つけるのもいい加減にしろ」
 ラッシュの言葉に、トリッケンは全く冷静な表情を崩さず、むしろ彼にしては挑戦的に云った。
「格好をつけるとは、自分の身の丈以上の態度をとることです。私にとって、これはあくまで標準ですよ、ラッシュ」
「……なめやがって!」
 剣を握る手に思わず力の入るラッシュ。そこへ、後ろからグレイの重い声がとぶ。
「落ち着け。挑発にのるな」
「わかってるっすよ隊長。でもああいうなめたやつは、一度痛い目にあわさないとだめなんです」
「あのエルフはそこまでバカじゃない」グレイがはっきりした口調でラッシュに伝える。「装備のひとつひとつになにか意味があるはずだ。あの構え方にするのにも理由がある。そう考えてのぞめ」
 そして、つけくわえるようにグレイが云った。
「ラッシュ、戦いで最も恐れるべきことはなんだ」
 ラッシュは不満そうな顔のまま、口にした。
「……『油断』っす」
 ラッシュが前に出る。相手との距離を確かめ、踏み込めるぎりぎりのところまで歩を進める。だが見たことのない相手の構えと、瞬間移動の可能性を考えると、どこにいても安全とはいえない。彼は常に自分の守備に気を配りつつ、斬りつける機会をうかがう。
 二刀流は見た目に派手だが、実際やろうとすると一本の剣を構えるより隙が多い。なぜなら、注意を払う部分を自らひとつ増やしているからだ。ラッシュはそう考えていた。右手と、左手。相手の動きにあわせて、どちらをどう動かすか。そのことに意識を向けなければならないぶん、相手の太刀筋への注意がおろそかになる。一本の剣を信じて闘い続けてきたラッシュにとって、二刀流はとても現実の闘いに向いた手法とはいえないのだった。
 右手にレイピア。左手にショートソード。左手をやや上にあげ、いつでも斬りおろせる体勢をとっている。右手は前にやや突き出したまま、相手を挑発するように剣先を揺らしている。ラッシュはそれをみて相手をあざけりたくなった。レイピアは突くための武器。ということは、腕を引かなければ突き出すことはできない。なのに目の前のエルフは、腕を伸ばしたままの状態でいる。戦い慣れていないんじゃないか。ラッシュにはそう感じられた。
 自分の戦い方を通せば、負けない。ラッシュはそう信じ、足を踏み出す。
「そらっ!!」
 彼は揺れるレイピアを自分の剣ではたく。トリッケンはそれを軽くいなす。二・三度、それを繰り返すが、相手の体勢に変化はない。
「それなら、これでどうだ!」
 ラッシュが太刀筋を変える。レイピアの防ぐ領域のさらに奥へ、深くへ。
 レイピアを横へ押しやり、すぐさま剣を突き込む。
 その瞬間、トリッケンの姿が消えた。
 やはり。ラッシュには予想済みの行動。
 少しでも相手に付け入られれば、魔法の瞬間移動とやらで逃げる。ラッシュは体の向きを変え、自分の周りに首をめぐらせた。
 いた。自分の真後ろ。
 ショートソードで切りかかってくるエルフを、ラッシュはロングソードで受ける。キンッ、と、耳に鋭い金属音が刺す。
 レイピアの突きがくる。予感したラッシュはすぐに間合いをとろうとする。だがそうするまでもなく、トリッケンの方がいったん後ろへ下がった。
 接近戦になると意外に厄介だ。ラッシュは思った。左手の斬撃と右手の突撃。方向の違う二つの攻撃を立て続けにされると、一本の剣で対応するのは至難の業だ。それなら相手に間合いをつめさせないようこちら側がうまく動けばいいのだが、トリッケンは瞬間移動で一気にその距離を無くしてくる。二刀流の長所を、このときラッシュははじめて理解し、実感した。
 ただし、欠点もある。いまトリッケンのショートソードを受けとめてみてラッシュにはわかった。斬撃に重みがない。決して筋肉質ではないトリッケンが左手一本で打ちおろしているのだから、それも当たり前だった。
 受け流すのはたやすい。まともに食らいさえしなければいい。ラッシュはそう考えた。
 それから二・三合、ラッシュとトリッケンは打ち合った。だがお互いに探るような、けん制するような攻め。ラッシュはレイピアをはじき、ショートソードをかいくぐろうとするも、トリッケンが巧みに左手の剣を操って避けるか、瞬間移動でラッシュの背後に回ろうとする。ラッシュもその動きを予測しており、下手に間合いをつめられないようすぐさま距離をとる。その繰り返しだった。
 たしかに剣を扱う技術は高い。ラッシュは思った。さきほどのミラに比べれば、動きに全くムラがない。距離をおいて構えている状態では、どこからどのように攻めても突破口は開けそうになかった。
 このままではらちがあかない。冗長な戦いが嫌いなラッシュは、早くも勝負をかけることにした。
(あいつが接近戦に持ち込もうとしているのはみえみえだ。それなら、逆にこっちから……)
 ラッシュがそう考えていたとき、トリッケンがやや目を細めながら、口を開いた。
「逃げてばかりでは勝つことはできませんよ。あなたも剣兵隊のはしくれなら、もっと前に出て打ち合えばいいでしょう。あなたもそちらの方が得意なはずだ」
「うるさい! お前なんかに忠告を受ける筋合いはない! 俺は俺のやり方でやるだけだ!」
「ほう、威勢のいいことですね。でも勢いだけでは私には勝てませんよ」
「いったな。そのへらず口、すぐに止めてやる!」
 ラッシュはロングソードを中段に構え、一歩前に出る。剣先には、トリッケンののど元がある。だがその間には、ヘビのようにじっとかみつく機会をうかがっているレイピアとショートソード。
 ラッシュは柄をもつ手に力をこめながら、じりじりとトリッケンとの間合いをつめる。
 そして彼の剣がトリッケンのレイピアにふれたとき――
 ラッシュは右足を前にふみだした!
「てやっ!!」
 ロングソードの刃先を使い、レイピアを右側へはじく。これまでと同じやり方。そしてトリッケンが左手で構えたショートソードを上から振り下ろす。これも同じ。
 そこから、ラッシュはこれまでにない速さで、両手に持った剣をおもいきり振り上げる!
「っ!?」
 下りてくるショートソードが、ラッシュの剣に強くはじかれる。片手でしか握られていない剣に激しい衝撃を受け、おもわず振り落としそうになるトリッケン。そうしてあいた隙を、ラッシュは突く。
「これでどうだ!」
 振り上げて左肩にかつぐようになった剣を、ラッシュは目の前のエルフ目がけて斬り下ろす。完全にしとめた――
 かと思いきや、またもトリッケンは姿を消す。瞬間移動。
 ラッシュは背後をふり返りながら、すぐに体勢を立て直す。
(――ここからだ!)
 彼の眼前に、移動を終えたばかりのトリッケンの姿がみえる。さきほどまでは、レイピアとショートソードの二段攻撃を受けないようここで一歩後退していたが――
 ラッシュは逆に、前へすばやく踏み込んでいった!
「うおおおおおっ!!」
 気合いとともに、自分の信じた剣を振り下ろすラッシュ。相手が気づいてレイピアを突き出す前に懐へ飛び込み、相手がロングソードを振り下ろす前に斬りつける、ギリギリのタイミング。早業。ひとつ間違えば命を失う、勇気と度胸が試される突撃。
 ラッシュに、迷いはなかった。
 攻撃を防ぐ機会を逸したトリッケン。彼の顔にはじめて、若干の焦りの色がみえた。
「くっ!」
 剣で受け流せないとみるや、トリッケンは後ろへ下がる。そこへ、ラッシュのロングソードが斬ってかかる。
 わずかに、トリッケンの反応の方が早かった。
 驚くべき反射神経で、彼はラッシュの剣先をなんとかかわす。奇跡的に、ロングソードは彼の胸のあたりをかすめただけですんだ。
 だが、ラッシュは止まらない。ここぞと、さらに次の攻撃を繰り出す。
 今度は突き。ラッシュは全体重を前方へ乗せ、銀色に光る剣を鋭く突き出す。
 避けきれないだろう。ラッシュの中で、手ごたえがあった。
 動き、速さ、位置、体勢。全てにおいて、自分が相手より優勢。
(――よし!)
 勝利を確信したラッシュ。
 だが――
 彼の手に、抵抗感が無い。
 彼の剣はまたも、空を切り裂いただけ。
 目の前から、エルフの姿が消えていることをラッシュは認識した。
(――またかよ!)
 いつもならしとめているはずの状況。なのに今回ばかりは、追い詰めてもすぐに逃げられる。いらだちを覚えつつ、ラッシュはまた背後だろうと、半ば反射的に後ろを振り返る。
 しかしそこに――
 端正な顔立ちのエルフの姿は、みえない。
「――どこだ?」
 ラッシュは首をめぐらす。前にも、右にも左にも、トリッケンはいない。
 離れたところに逃げたか。ラッシュがそう思いかけた瞬間。
「後ろだ!!」
 グレイの声。ラッシュが再度振り返る。
 しかし遅かった。
 やっとラッシュがトリッケンの姿を視界に入れたとき、彼はレイピアを狙いすまし、鋭く突き出していた。
「なっ――!?」
 レイピアの切っ先は、鎧と肩あてのすき間、ラッシュの右肩口へ――
 深々と突き刺さる!
「ぐっ!!」
 おもわずラッシュは後ずさる。そこへトリッケンは容赦なくショートソードを振り下ろす。
 ラッシュはなかばしりもちをつくような形で地面に倒れこみ、そのまま後ろへ転がって回避する。すぐに立ち上がり、彼は剣を構えようと――
 だがそこで、彼の右肩に激痛が走る。
「――――つっ!」
 力を込めようとしても、神経がそれをこばむように痛みへ変える。徐々に右肩から血がにじんできているのが、感触として分かった。
 いったい、どうなったんだ――?
 ラッシュはいま起きたことを思い返し、そして瞬時に理解した。
 トリッケンの姿が消えた直後、後ろを振り返ったが、やつはいなかった。そして再度振り返ったら、やつがいた。
 つまり――
「……移動してなかった、ってことか」
 トリッケンが消えたのをみて、ラッシュは相手が自分の背後に回ってくるものと思いすぐに振り返った。だが実際には、トリッケンはすぐまたその場に出現していた。
「思い込みは戦場では命取りですよ、ラッシュ」
 さきほどみせた焦りすら演技だとでもいうように、涼しげな顔で諭すように云うトリッケン。ラッシュはくやしさに体をふるわせる。だが右肩の傷は骨まで達しているのか、とても動かせそうにない。両手で剣をかまえてはいるが、左手だけで支えているような状態。
「くそっ……お前なんか、右手が使えなくたって――」
「ラッシュ」
 と。
 横からグレイが呼ぶ。
「退け。その傷では勝つことは難しい」
 そう云われたものの、ラッシュは引き下がれなかった。
「ま、まだまだっすよ! これくらいの傷、どうってことないっす」
 だが、さらに強い調子でグレイは云う。
「俺が退けといったら退け。命令だ」
 決して荒立っているのではない、はっきりとした重々しい口調。有無をいわせない力が、グレイの言葉にはあった。
 ラッシュはそれでも少しのあいだ動こうとしなかったが、やがてあきらめてゆっくりとグレイのいる場所へ下がっていった。トリッケンの方をにらみ、あの「いけすかないやつ」に一撃を許したことをくやしがりながら。
 ベル王弟とトゥーレのいるところまで戻ってきたラッシュは、二人が憤慨した視線をむけてくるのを無視し、グレイの横に並んだ。
「隊長、俺はまだ――」
「お前はここにいて王弟と軍師を守れ。あのエルフは瞬間移動でいつでもここにくることができる。一時も気をゆるめるな」
 云われ、ラッシュはトリッケンに一矢報いたい気持ちをおさめるしかなかった。
「――了解っす」
 そうしてラッシュに代わり、グレイがはじめて前に出た。
 細く深い灰色の目を向けながら、トリッケンの方へゆっくりと歩くグレイ。巨大な、といっていいくらい長く大きな剣を手にし、彼は堂々とした足取りで王弟の命を狙う侵入者の前に立ちはだかる。
 その雰囲気には、どこか絶対的な、安心感というべきものがあった。それはラッシュがグレイの圧倒的な剣技を知っているからでもあったが、まだ彼の戦いぶりをみたことがない者でも、その立ち姿をみただけで勝利を確信できるような威厳のある重みが、彼の姿にはあった。
 味方であれば、これほど心強い人はいない。だが敵になれば、これほど厄介な者もいない。
 ラッシュはトリッケンとの闘いにまだ未練が残っていたが、それとともに、目の前で憎き敵に対する隊長の闘いがみられることへの興奮も感じていた。
 相手はレイピアとショートソードの二刀流。対するは、背丈ほどもある両手剣。まったく性質も闘い方も異なる両者が、どういった打ち合いをみせるのか。ラッシュには想像がつかなかった。
 ただひとつだけ、自分の隊長が勝つことに、妙な確信があった。キング・オブ・ソードと呼ばれ、三国中の兵士から恐れられたグレイ隊長が、瞬間移動に頼る優男のエルフに負けるはずがない、と。




 
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