死神と女神の狭間 第四章  

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 戦いは、終わった。
 ガダルカの「鉄の壁」に魔法兵器をぶつけるところから開戦したこの戦いは、結局ネイル軍が鉄の壁を越えることはかなわないまま、兵を退かざるを得なかった。そもそも鉄の壁を破壊することが大前提の作戦。それが崩れた以上、ネイル軍の敗走は決定的だった。
 ではガダルカの、サガン国の勝利かといえば、とてもそうはいえない。なぜなら、サガン国王の弟であり、ガダルカの実質的な統治者であったベルが、裏から侵入した暗殺者によって殺されてしまったからだ。それだけではない。ネイル軍の魔法兵器の力をおさえるために協力を仰いでいた魔道立国ミコールの重鎮・フェルトールまでも、暗殺者の手にかかって命を奪われた。傷が深いのはむしろサガン国の方だった。
 鉄の壁が破られなかったため、しばらくはネイル軍がガダルカに攻めてくる可能性は低い。だがサガンの方は、王弟を殺された雪辱を晴らそうと、ネイル側へ争いをしかけるだろう。さらなる戦争の火種がまきちらされた格好だった。
 そんな今回の戦争の結果も、天幕の中の彼にとっては自分の軍が敗走しているという事実以外はなんら関心をもてなかった。
「……くそっ。くそっ、くそっ!!」
 ネイル軍の総司令官アルマダは、ガダルカの「鉄の壁」を崩せず、さらに直後、オーイエル率いる剣兵隊の攻勢を受け、兵の数を元の半分ほどに減らしたところで退却を余儀なくされていた。
 剣兵隊の追撃を振り切り、ほうほうの体で日が沈むころ、ガダルカから離れた広陵に張ったキャンプ。アルマダは自慢の金色の天幕の中で、憤慨し、恐怖していた。
 結果的に王弟の命を奪うという最終目的は達成されたわけだが、それ以前の部分――ガダルカの占拠――は完全に失敗に終わったことで、彼は本国からの処分におびえていた。
「無理なんだな……鉄の壁を破れないままガダルカに攻め込むなんて、無理なんだな……。本国からもってきた魔法兵器をうまく発動させたんだから、鉄の壁が破れなかったのはわしの責任じゃない……でも本国のやつらはきっとそんなこと認めないんだな……くそっ、どうすれば……どうすればいいんだな……」
 そこへ、外の兵士が天幕に入り、告げた。
「アルマダ様。ライネック様が少しあいさつをと……」
「なんだな、またやつか。いつも急にやってきては無駄話ばかりして……い、忙しいから後にしろとでもいっておけ!」
「つれないなあ。無駄話もときには大事ですよ。特にそれだけストレスがたまっているときは」
 と。
 兵士を無視して後ろから入ってきたのは、すその長い真っ白な服に身を包んだ少年魔道師――ライネックだった。
「なにを言ったところで、もう敗走しているんですから。無駄なことは考えず、あきらめた方が賢明ですよ」
 薄く笑みを浮かべながら気分を逆なでするように云う少年に、アルマダはさらに機嫌を悪くした。
「ふざけるんじゃない!! 剣兵隊がきたときも、お前はなにもしないままただ逃げただけなんだな! どうして助けようとしないんだな!!」
「ボクの仕事はあくまで魔法石を爆発させること『だけ』ですよ。だいたい、両軍馬に乗って入り乱れての戦いに丸腰のボクを参戦させるなんて、死に行けといってるようなものじゃないですか。ひどいなあ、司令官は」
「う、ウソをつくんじゃないんだな! どうせお前の力だったら、相手の軍勢を魔法で一掃することくらい簡単なことなんだな。ただお前のやる気がなかっただけなんだな!」
「おまえおまえって……ボクには『ライネック』っていう名前があるんですから。ちゃんと名前で呼んでほしいな」
 両手をあげて「やれやれ」というジェスチャーをするライネック。アルマダは大きくため息をついた。
 結局、ライネックは魔法石を爆発させるという仕事以外、この軍ではなにもしていなかった。
 ネイル軍がガダルカに攻め込んだときも、本陣が剣兵隊によってたたかれたときも、ライネックと周りの魔道師はいちはやく戦いから抜け出していた。戦闘中、彼らがどこにいたのかは分からないが、どうせ離れた場所のどこかに隠れていたのだろうと、アルマダは考えていた。
 どうしてネイル国の上層部はこんなやつを雇ったのか。アルマダはなぜかにこにこしている目の前の少年を恨むようにみながら云った。
「……それで、なんの用なんだな」
「なんの……? ああそうそう。王弟とフェルトールを殺した人たちに一度会ってみたいと思って、テントの場所を訊きにきたんです。」
「会う?」魔道師の意外な言葉に、アルマダは思わず聞き返した。「あの低俗な暗殺者たちにか?」
「はい。鉄の壁が無事なままで、普通なら作戦中止となるところを、彼らは見事にベル王弟を暗殺に追い込んだようですし。その前には世界三大導師とうたわれるあのフェルトールをもすみやかに葬りました。ボクとしてもぜひ一度お会いして、彼らのすぐれた手口をご指導いただきたいと思ったのです」
「ふん。それはあいにくなんだな」アルマダは鼻で息を抜きながら云った。
「さっき伝達班から報告があった。あいつらは王弟を殺したあと、けが人の手当てがあるといってさっさと自分たちの隠れ家に帰っていったそうなんだな。だから、この陣地にはもう帰ってこないんだな」
 それを聞いて、ライネックは「そうなんですか?」とがっかりした顔をみせた。少なくとも、表面上は。
「……それは残念です。彼らが鉄の壁の突破無しに、どうやって城に忍び込んだのか、非常に興味があったのに。まあ、またネイル国の上の方にでもお願いしてみましょう」
 お邪魔しました、とライネックは天幕から出ようとする。それへ、アルマダは声をかけた。
「……お前」
「ライネック、ですよ。司令官」
 少年が再び振り返る。礼儀正しい態度。言葉遣い。だがその裏には常に、相手を見下すような、冷たいまなざしが含まれている。
 アルマダは、なんとなく尋ねてみた。
「ライネック……お前は一体何者なんだな。そんな年齢で、他の魔道師をつかって魔法石に魔力をため、爆発させるほどの魔力をもっている……私にはどうやっているのか、全く想像がつかないんだな」
 その言葉に、ライネックはフフッと小さく微笑む。そして、やはりどう聞いても子供の声にしか聞こえない声で告げた。
「それはあなたには関係のないことですよ。――でも、そうですね。せっかくですから、少しだけお教えしましょうか」
 そして、ライネックはしずかな調子で話し始めた。
「魔法石に魔力をため込んでそれを開放することは、低級の魔道師にでも可能です。でもそれは通常使う小粒大の魔法石での話。腕のいい魔道師でも、こぶし大の魔法石が限界でしょう。それ以上になると、ため込む前に魔力のおさえがきかず、自然に開放されてしまうのです」
 なんの話をしているんだ、と疑問の表情を浮かべるアルマダを無視し、ライネックはうたうように続ける。
「今回使用したような巨大な魔法石に魔力をためこむことは、人間には不可能。たとえフェルトールのような大導師でも、ね。できるとすれば、神か悪魔か、それに類するものです。だとすれば、僕は……?」
 少年の質問に、アルマダはふてくされながら云った。
「神か、悪魔だとでもいうんだな?」
「そうです。その通り」
「ふざけるのもたいがいにするんだな。お前は神でも悪魔でもないんだな。本当にそうなら、ここで神にでも悪魔にでもなってみせるんだな」
「そうしたいのですが、あいにくボクの体は人間の形のまま固定されているので」
「ほらみろ。どうせあの魔法石を使うには、なにかほかにタネがあるに違いないんだな」
「がっかりだなあ……ボクにとっては重大な秘密だったから、もう少し驚いてくれると思ったけれど」ライネックは苦笑した。「こんなことを話すのは、あなたとお会いするのがこれで最後だからですよ。アルマダ司令官」
「……? それはどういう意味なんだな」
「言葉のままです。私の占いによれば、あなたは……おっと、ちょっとおしゃべりが過ぎましたね。私はこれで失礼します」
 そうして、ライネックは鳥のように軽い足取りで、天幕を出た。
 いい夜を。
 それだけを云い残して。
 アルマダにはやはりわからないことだらけだった。ライネックの話。彼の口にした理論をどうとらえればいいのか。いつも現実的な話しかしない彼には見当がつかなかった。
 ――今日は疲れた。もう寝よう。
 そう思い、椅子から立ち上がろうとしたアルマダ。
 そこへ、外からまたも兵士が入ってくる。
「司令官、その……」
「今度はなんだな。もう疲れたから、明日にしろだな!」
「それが……」
 兵士は非常に言いづらそうな顔をした。そして、弱々しい声で伝えた。
「ギルの遣いだという方が……」
 その名を聞いた瞬間。
 アルマダの背筋が凍りついた。
 ギル。暗殺者らの親玉。
 戦いの前にやってきて、ウソをついたからと自分の左手の指を二本折り、顔面を何度も蹴りつけた非情で冷酷な男。
 今度は、何を――。
 ひとつだけ、アルマダの思い当たることがあった。
 ギルが――ギルの遣いがここに来る理由。
 そのことに気づきながらも、彼はいままでずっとそれを心の隅に追いやって、見ないふりをしてきた。
 逃げなければ。アルマダがそう考えたとき――
 すでに、その「遣いの者」は天幕の中に入ってきていた。
「――――!!」
 アルマダは後ずさる。ひょっとしてガダルカに侵入させた暗殺者らのうちのだれかがきたのかと思ったが、目の前に現れたのは、彼が会ったことのない人物だった。
 アルマダは、ひどくおびえた口調で云った。
「ギ……ギルの……遣いで……きたのか……?」
 彼が訊くと、「遣いの者」は何も云わず、静かに手紙を出した。そしてそれを机の上に置く。
 アルマダはふるえる手でそれを拾うと、中から書面を取り出し、それを読む。
 慎重に、上から下まで読み終える。そして、彼は顔を上げた。
 「遣いの者」が、無言で彼に近づいてくる。一歩、一歩。
 アルマダはその気配に、殺気を感じた。
「……ま、待ってくれ。ちょっと待ってくれなんだな。確かに、私はギルに、今度だましたらどうなるかと脅され……ち、忠告されていたんだな。だが、あれはどうしようもなかったことなんだな。私はネイルの陸軍司令に、あの魔法石で鉄の壁を破壊しろといわれただけなんだな。それなのに、鉄の壁が破れなかったのは契約違反だといわれても……わ、悪いのは、ぜんぶ陸軍司令なんだな……」
 だが「遣いの者」は沈黙を守ったまま、かまわずアルマダに近づく。ゆっくりと。追い詰めるように。
 その殺気が極限まで高まったとき。
 アルマダは後ろを向いて逃げ出そうとした。
 だが――
 「遣いの者」がすぐさまアルマダをはがいじめにし、右手を振り上げた。
 そして――
 音も無く、その者は仕事を済ませた。
 白目をむいたアルマダは、その場に崩れ落ちる。あっけなく、ネイル軍の総司令官は、金色の天幕の中で絶命した。
 こめかみに、大きな風穴をあけて。










 翌日。
 ガダルカの空は抜けるように青く、雲ひとつないほどの快晴だった。
 見る人によっては、これを戦いに勝利したガダルカへの天からの祝福だととらえただろう。だがベル王弟と軍師トゥーレ、大導師フェルトール、そのほか鉄兵隊を中心として多くの兵士が命を落としたことを考えれば、とても両手を挙げて喜ぶ気にはなれない者のほうが多数だった。
 近くの村に避難していた住民が次々と戻ってくる中、城の者は戦争後の後始末に追われていた。甚大な被害の出た物見の塔をはじめとする戦死者の埋葬、けが人の手当て、周辺の各城への伝達など……。兵士や使用人らは戦争の疲れも癒えぬまま、早朝からずっと働き続けていた。
 その喧騒の渦の中に、ウェインの姿もあった。
 彼はリースリングとの遭遇の後、次々と運ばれてくる重傷者に対し、夜通し魔法での治療を施していた。ガダルカには魔道師がおらず、すべてを医者の手先と医療器具に頼っていたため、彼の存在は貴重だった。彼自身もそのことを知って義務感を刺激され、徹夜もいとわず自分にできうる限りの魔法で兵士らの怪我を治していたのだった。
 その彼がいま、城内で最初に治療した人間の病室に来ていた。
 ノガン――鉄兵隊の隊長が、彼の目の前に横たわっている。
 城の二階に急造された病室のベッドの上に、力なくまぶたを閉じたしわだらけの老兵がいた。
 生気を失った彼は、肌が灰色になり、全く動く気配が無かった。傷を負った右目には痛々しく包帯が巻かれていたが、もはや目は機能しているようにはみえなかった。
 昨日の戦いで、彼はリースリングの放った針で右目をつぶされた。針には毒が塗られていたのか、医者の必死の治療にもかかわらず、一向に怪我が快方に向かうことは無かった。そして、目の傷は癒えることなく、炎症は脳にまで到達し……
 ついに彼は、死――
「――――だぁぁっ!! やっぱりだめじゃあっ!!」
 ――にそうな声で、そばにいたウェインに、あたりちらした。
「どおなっとるんじゃあ! 全然痛みがひかんぞ!! 全く、治療なら任せろというからお前さんにやらせたのに……これではしばらく眠ることもできんぞ。くうぅ……!」
「す、すみません……」
 ウェインは、謝るほかなかった。
 ノガンの目の怪我は見た目以上に深刻だった。おそらくは針にぬられていた毒のせいだろう、炎症がひかず、ノガンは徐々に体を動かすことができなくなっていた。即効薬となる治療法がわからず、ガダルカの医者がいったんさじをなげたほどだった。
 だがウェインが解毒の魔法を施したことにより、彼の容態は一気に好転した。炎症は止み、ノガンはさきほどの大声をだせるほどの気力を取り戻したのだった。
 しかしそれでも、ウェインは自分の力の無さを感じていた。
「僕にもう少し魔力があれば……ノガンさんの視力を取り戻すことも可能だったかもしれないのに……」
「なにをいっておるんじゃ。片目が無くとも戦うことはできるわい。毒を抜いてくれただけで十分じゃ」ノガンは再びベッドに体を横たえる。「それよりも、この激痛を取り除いてくれ。なにもする気がおきんし、かといってじっとしているのもがまんできん」
 痛み止めの魔法も薬もできうる限りのものは使用したが、なかなかノガンの目の痛みは消え去りそうになかった。
 そこへ、病室のドアをノックする音。ウェインが答えると、すぐにドアが開く。
「ノガン隊長、体のほうはどうっすか?」
 そういって入ってきたのは、戦いが終わってからはじめてノガンの前に姿を見せたラッシュだった。




 
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