死神と女神の狭間 第四章  

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 夜。
 内陸で寒暖の差の激しいガダルカは、日が沈んでから急激に寒くなる。谷間に吹き込む風はそれをさらに助長するように、あいもかわらず強く吹いていた。
 ガダルカからほど近い、ネイル側の国境近くにある村。しんと静まり返ったこの村のはずれに、リースリングらのいる隠れ家があった。
 隠れ家、とはいってももとは村の宿泊所。家のひとつをまるまる借りているだけのことで、それも明け方には出立する予定だった。
 グレイらとの闘いの後、彼らはトリッケンの転移魔法により、この家まで逃れてきていた。けが人だらけの彼らはひとまずここで休息をとりつつ治療を行い、可能な限り早くにここを出なければいけなかった。
 予想外の計画の変更、城の強行突破に、剣兵隊との闘い。苦しい場面の連続だったが、結果としてひとりの死者も出さずに王弟の命を奪うことができた。与えられた仕事を達成したことで、四人は多かれ少なかれ心の中で安どしていた。
「いってぇ〜〜。あの野郎超むかつく。あたしの腹にこんな傷つけやがって……次の仕事で絶対リベンジ決めてやるからな」
「次の仕事どころか、またその剣士と遭う可能性はもうねーだろ」
「んだとマクギガン。気合だよ、気合。そういうつもりで次の仕事に臨むんだよ。あ、それかギルに頼んであの野郎と闘う機会をつくってもらおうか」
「また無茶いうなよ。俺はもうガダルカに行くのはごめんだぜ」
 そうやってミラとマクギガンがやりあう場面も多くなっていた。
 ただ。
 星々の照らす暗闇の中、家の裏でたたずんでいるリースリングだけは、なぜかいまだに不満を抱えているようだった。
 トリッケンは、グレイが王弟を追いかけて去った直後、倒れこんだリースリングを介抱した。緊張の糸が切れたのか、彼女はすでに気絶していた。肩や腕、足に打撲の痕があり、骨も何箇所か傷めているようで、トリッケンは自分の傷もかまわず応急処置だけすませると、残った魔力ですぐに隠れ家へ移動したのだった。
 それからはミラも含め、回復魔法で治せる部分だけ処置した。リースリングの左腕と両足は、それでもいまだ自由に動かすことが難しそうだった。彼女の手足は「特殊」なため、魔法での回復には限界があるのだった。
 仕事を九割がた終え、ミラやマクギガンはやれやれといった表情でぐっすりと休んでいた。しかしリースリングだけは何か気にくわないことでもあるのか、隠れ家にきてからずっとむすっとしたままだった。
 そんな彼女が「ちょっと風にあたってくる」と云い出して、動きの鈍い足をなんとか前にだしながら家の外へ出た。しばらくしてトリッケンも、なんとなく彼女の様子をうかがおうと、裏の扉を開けてみたのだった。
 彼女は家のすぐ横に鎮座している大きな岩に腰かけながら、空を仰いでいた。風が吹き、雲が少し泳いでいるものの、星がきれいに映えている。
 顔にはあざが残っており、痛々しい姿をさらしているリースリング。だが星の光を浴びて天を見上げる彼女の様子は、それだけで一枚の絵にしたくなるほどのはかない美しさを湛えていた――ように、美しいもの好きのトリッケンにはみえた。
「――リースリングさん、綺麗ですよ」
 急に後ろからほめられ、リースリングはいぶかしむような目で振り返った。
「……いきなり、なに?」
「夜の闇にうかぶあなたの洗練された美が、私の心の琴線にふれました」うわついた言葉を、トリッケンは真顔で並べる。リースリングはどう返していいものか迷ったようで、
「…………そう」
 と云うだけにとどまった。
 トリッケンがリースリングの横に立つ。そして彼女の腕をみながら、静かに云った。
「――左腕は、大丈夫ですか」
 彼の言葉に、リースリングは無表情のまま返した。
「……いつもその質問ね」
「そうでしたかね」トリッケンは苦笑した。「でも今回は特別です。いくらあなたの腕でも、グレイの両手剣を止められるとは思いませんでしたからね」
「そんなこと、私にもわからなかった」リースリングは云った。「ただ無我夢中で……ああするしか方法が思いつかなかった。一歩間違えば、腕ごと斬られていたかもしれない」
「本当に。あなたの腕も、足も、もう限界だった。いや、限界をこえていました――。非常にリスクの高い使い方だったと思います。でも、結果的にリースリングさんはうまくグレイの攻撃をしのいだ」
「……結果だけ見れば。でも、次も同じことができるか、正直自信ない」
「グレイと闘う前から、リースリングさんはケガをしていたのですから。気に負うことはありませんよ」
「……ケガをしていなくても、勝てるかどうかわからなかったと思う」
 そんなことを彼女が云うのは珍しい、とトリッケンは思った。闘った相手が自分と対等、あるいはそれ以上の力をもっていたことに、彼女はややショックを受けているのかもしれない。
「昨日からどこか機嫌が悪いのは、そのせいですか」
 トリッケンは尋ねてみた。だが、リースリングは彼の言葉を聞いても、しばらくだまったままだった。
 そして、彼女が思い出したように口を開く。
「……王弟は、結局だれに殺されたの」
 それは、トリッケンも疑問に思っていたことだった。
 やってきた馬車に魔法弾を放ち、道に転がす。そして中にいるはずの王弟と軍師をあらためると、すでに二人はこめかみに大きな穴をあけて死んでいた、と、マクギガンは云っていた。
 そうなると、王弟は馬車に乗り込んでから、マクギガンに撃たれるまでの間に殺されたことになる。つまり、全速力で走っている馬車の中に忍び込み、王弟と軍師を殺した人物がいた、ということだ。
 通常ならばありえないことだった。馬車を止めてから殺したのなら、馬の従者はいなくなっているはずだ。だが、従者はマクギガンに馬を撃たれて投げ出され、気絶して地面に転がるまで、きちんと馬を操っていた。まるで、王弟がすでに馬車の中で死んでいることを知らなかったかのように。
 ならば、だれがやったのか。
 いくら考えても、釈然としない。第一あの時間、あの場所に王弟の乗った馬車が通ることを知っていたのは、マクギガンら暗殺者と、グレイ、ラッシュくらい。他には考えられなかった。
 ひとつだけ――
 可能性がもしあるとすれば。
「ギル……ですか」
 トリッケンはいいづらそうに口にした。ギルなら、今回の計画を知っている。もし何らかの理由で、ギルが自分たちの代わりに差し金を向けていたとしたら。
 だが、どうして。
 自分たちが失敗するとでも思ったのか。たしかに、ネイル軍が鉄の壁を破れなかった時点で作戦は崩壊していた。そこで自分たちが撤退しても文句をいわれることはなかっただろう。そうなった際の保険だったとすれば。
 では、その「差し金」とは、いったいどこの、だれなのか。
 走っている馬車に追いつき、乗り込み、暗殺を遂行することのできる者。
 リースリングになら、それが可能だ。彼女には「足」がある。だが、彼女はグレイと闘っていた。ということは――
「……もうひとつ」リースリングがつぶやくように云った。「納得できないことがある」
「なんですか」トリッケンが訊くと、彼女は瞳の色をやや強めながら云った。
「……ガダルカの城に侵入してから、私はアルマダのつくった地図通りに道を進んだ。それなのに、四階に上がる手前で、私は行き止まりにあたった」
 彼女の語気は、何か嫌なものをかみ含んでいるようだった。トリッケンはやや考えてから、答えた。
「地図が間違っていた、のではありませんか」
「そうは思えない」リースリングはすぐさま否定した。「あの地図には小さな通用口も非常用の通路も細かく描かれていた。走りながら周りをみていたけど、それらは全て地図どおりだった。なのに、あんな大きな廊下の通路を描き間違えるなんて、おかしい」
「そこまでおっしゃるからには、リースリングさんの覚え違え、という可能性はないと考えていいのですね」
 トリッケンが云うと、彼女はうなずいた。
「なんらかの意図があって、実際とは違う地図をよこした」
「アルマダが、ですか? でも、それで彼になにかメリットがあるとは思えないのですが」
 トリッケンが指摘すると、リースリングも黙った。返す言葉が無いのか、あるいは――
「……リースリングさん、なにか考えていることがおありですか」
「……なにも」
 そう云うと、彼女は立ち上がり「……寒い。そろそろ戻る」と家の方へ帰っていった。
 トリッケンは彼女の後姿をみながら思った。
 彼女はいつも肝心なところを、胸にためたままにする。なにか聞いても、貝のように口のふたを閉じたまま。
 彼女が胸の奥底で考えているのは、いったいどんなことなのか。ついぞ分からずじまい。そんなことがいままでも多かった。
 彼女はまだいまのままの闘い方を続けるのだろうか。今回のように「足」を酷使し、「左腕」を削る。どちらも頻繁に使えるような能力ではない。だがこのペースで続けるなら、どちらかが破綻するのは目に見えている。
 トリッケンは一抹の不安に襲われながら、彼女はどう考えているのかを知りたいと思った。だが彼女はおそらく答えてくれないだろう。貝のように口を閉ざしたまま。
 星が位置を変え、またたき続ける。サガンとネイル。どちらが勝ったとはいえないガダルカの戦争は幕を閉じた。あとに残ったのは、ひっそりと戦死者を弔う靄(もや)のような奇妙な静けさだけだった。




 
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