死神と女神の狭間 第四章  

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 フェルトールは、すでにめい想をやめていた。
 魔法兵器の発動を制御するため、魔法陣の中央で座禅を組みながら神経を集中させていたフェルトールだったが、ウェラが部屋に飛び込んでくるとすぐにそれを解き、立ち上がった。
「フェルトール様! ネイルのやつらが――」
「分かっている」フェルトールは落ち着き払った様子でウェラの視線をうけとめながら、うなずいた。
「ウェインも部屋に入るよう呼びなさい。決して前には出ないよう……ゴホッ、ゴホッ!!」
「フェルトール様!?」せきごみながらやや腰を曲げる師匠にかけよるウェラ。だが彼はすぐになんともないという表情を返した。
「……心配しなくともよい。それよりウェインを」
 そう云うとほぼ同じとき、ウェインが部屋の入り口から中へ入ってきた。最上階まで知らせにきたガダルカの警備兵もいっしょだった。
「お師匠様、侵入者が下から――」
「案ずるな、ふたりとも」フェルトールがさとすように云う。
「あわてれば冷静な判断ができなくなるよ。このようなときこそ、気分を落ち着けて対処するのだ。――相手はネイル軍の兵士なのかね」
「そ、それが」後ろの警備兵が答える。「あまりみなれない武装の相手で……ふつうの兵士ではないと思います。ネイル軍の特殊部隊か、あるいは傭兵かと」
「傭兵、か」
 フェルトールは考えるように白いひげをなでる。ウェインは云った。
「お師匠様。やつらの目的は、たぶん――」
「私、だろうな」
 フェルトールが眼光鋭く云う。
「ネイル軍がどこかからか私の動きを調べ、魔法兵器の発動に障害となるものをとりのぞくためによこしたのだろう。――ウェイン、ウェラ」
 呼ばれ、双子は同時に「はい」と答える。フェルトールは云った。
「君たちは後ろに下がっていなさい。おそらく、かなり危険な相手だ。私が対処するから――」
「だめです、そんなの!」ウェラが叫んだ。
「私たちは、フェルトール様の護衛としてここに来てるんです。だから、フェルトール様は私たちが守ります。四人くらいなら、私の魔法ですぐに――」
「ウェラ。四人しかいないということは、裏を返せばその四人の能力がとても高いかもしれないということなのだよ」
 フェルトールの言葉に、警備兵もうなずいた。
「やつらの戦い方は普通じゃなかった。先端が変化する槍のような長い武器で、鎧を着た兵士を次々に切り捨てていったり、筒のような器具から弾をとばして遠くにいる兵士をふきとばしたり……」
 その話に、フェルトールはなにか嫌なことに思い当たったというように額にしわを寄せた。
「先端が変化する武器……それに、筒から弾をとばす……」
「お師匠様、どうかされましたか」
 ウェインが訊くと、フェルトールは考え込むように視線を下げながら云った。
「その武器、魔力の発動器がこめられたものかもしれん」
「えっ?」ウェインが思わず訊き返す。ウェラだけが、何のことかわかりかねるというようにぽかんとした表情をして云った。
「発動器のこめられた武器って……兄さん、どういうこと?」
「うん。かつて、だれでも簡単に魔法がつかえるようにと、いろんな物に魔力の発動器を仕組んだものがつくられた時代があったんだ。照明とか、調理器具とか――いまでもそういうものはいくつかあるだろ。でもそれを応用して、いつしか魔法の発動器を組み込んだ戦闘用の武器ができたんだ」
「でも、魔力のこめられた武器なら、ほかにもいっぱいあるでしょ。剣先から火炎の出る『炎の剣』とか、死霊を封じこめる魔力をもたせた『聖剣』とか。私たちの国でもそういった武器はつくってるし――」
「けどそれらはみんな、剣自体にもたせた魔力が尽きればそこで効力は切れてしまうんだ。でも発動器を組み込んだ武器は、使用者の魔力を吸い取って効果を持続させる。つまり、本人に魔力がある限り使い続けることができるんだ」
「でも、人間の魔力だって限界があるし、疲れて魔力が切れたらそれまででしょ」
「そう、ふつうはね。でも思い出してほしいんだ。魔法っていうのは、僕たち魔道師が精霊と会話して、その力を借りてやるものだろ。だから使う本人に魔力がなくなれば、精霊は力を貸してくれなくなるんだ。でも魔法の発動器を使うと、精霊との交渉なしに魔法を使うことができる。だから武器の使用者に魔力が無くなってきても、本人が望めばそのままずっと使い続けることができるんだ。そうしたら、発動器は無くなった魔力の代わりに、使用者の生命力を吸い取ろうとする――」
「それって……」
「そう。無理をして使い続けると、とつぜん糸が切れたように倒れて、そのまま命を失う。そのことが分かってから、魔法の発動器を組み込んだ武器の生産は厳しく規制されるようになったんだ」
 フェルトールが付け加える。「だがいまでも、裏ではそうした武具が出回っていると聞く。魔力をこめた武具――魔道武具の生産は、ミコールでしか行っていない。しかしいま話に聞いたような形状の武器は私の国では生産していない。そうなると――」
 そこまでフェルトールが話したとき。
 広い部屋の入り口から、何者かがやってくる音が聞こえた。
「やつらだ」兵士が声を上げる。「もうここまで上がってきたのか」
 やや焦りをふくんだ彼の言葉に、ウェインは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
 侵入者が、もうそこまで――。
 命をかけた戦い。それがもう目前に迫っている。
 もしかしたら、ここで命を落とすことになるかもしれない。死んでしまうかもしれない。
 ウェインはそう自分に言い聞かせて集中力を高めようとした。だが、急といえばあまりに急な展開に、彼にはまだ「死ぬ」という実感がともなっていなかった。
 殺しあうということの想像が、彼にはできていなかった。それはおそらく、ウェラも同じはずだった。
 横にいる兵士は、表情をこわばらせて緊張した顔つきになっている。この人は、想像できているのだろう。それは、これまでいくつかの戦争に参加し、人と人との斬り合い、殺し合いを見ているからだと、ウェインは思った。
 ウェインは手に熱い汗がにじんでくるのを感じた。自分がどうふるまえばいいのかわからないまま戦いを迎えることに対しての、不安からだった。
「二人とも、落ち着いて」
 フェルトールが口を開いた。
「まず相手の様子をうかがってから、対応する。ここから動いてはいけないよ」
 ウェインはだまってうなずく。ウェラはうなずきもせず、ただじっと入り口の小さな扉をみつめている。
 階下からのぼってくる足音が、徐々に大きくなってくる。ひとりではない。二人に聞こえる。
 そして、入り口の扉が――
 大きな音とともに蹴りつけられ、勢いよく開かれた!
 現れたのは、およそ戦闘のための装備とは思えない軽装の女性。ウェーブのかかったセミロングの髪に、鋭い灰色の目。両手には警備兵の云っていた、長い槍のような武器がにぎられている。
 そのやや離れた後ろからは、黒ずくめのジャケットに身をつつんだ、紫色の目の女性。前の女性よりやや背は低く、身もかなり細い。そして何より、顔つきがとても若くみえる。
 一見して、いわゆる「兵士」ではないと分かる身なり。ウェインは少なからず戸惑った。
「あんたがフェルトールかい。想像していた通りだね。よぼよぼのジイさんだ」
 前の女が武器をかまえながら、挑戦的に云う。その間に、彼女の持つ武器の先端が青白く光りながら、片刃の形状から槍の形状に変化する。警備兵の云ったとおりだと、ウェインは思った。
「さっそくだけど、命をもらうよ。うらみはないけどね。覚悟しな」
 云いつつ、おそらく魔法の発動器を組み込んでいる槍を持った女がすぐに突っこんでくる。とたん、ウェインの横にいた兵士が前に出た。
「後は頼むぞ、魔道師の坊や」
 静かな声に、ウェインは一瞬何を云われたのか分からなかった。
 だがその意味をのみこんだときには、兵士はすでに剣を抜きながら前へ走り始めていた。フェルトールがとめようと言葉を発したが、兵士はそれを無視した。
「うおおおおおお!!」
 声を上げながら、そのまま侵入者にむかって切りかかっていく。しかし兵士が剣を振り回すより、女の槍が彼の胸をえぐる方が先だった。
 リーチの長い柄を、まるで手先を扱うようにたくみに操りながら、女は鋭く槍を突き出す。兵士は鎧を着ていたにもかかわらず、そこに何もなかったかのようにあっさりと心臓のあたりを貫かれる。
 振り上げた剣をおろせないまま、兵士は足を曲げて崩れ落ちる。右手から剣がこぼれ、床にあたって金属音がひびくと同時に、兵士の体がどさりと前へ倒れた。
 ウェインはその光景を、なにもできないままただじっと傍観していた。
 あっけない――
 あまりにあっけない、人の命。
 ウェインは、人が殺されるという場面をいまはじめて目の当たりにした。
 敵がすぐ目の前にせまっている。なにかしなければならない。だが、足が強い力で地面にはりついてしまったかのように、動かせない。
 心拍数が上がり、意識がもうろうとしてくる。現実だと認めたくない現実が、自分の瞳に映っている。無意識のうちに、彼はそこからの逃避を図ろうとしていた。現実に逃げ道が無いのなら、意識が現実を認めなければいい。人の死に免疫のないウェインの心は、自然に自己防衛の体制を整えようとしていた。
 しかしそれも、ウェインの横から火の玉が飛ぶまでのことだった。
「なんだ!?」
 とつぜん現れた赤い火の球に、侵入者の女は驚きの表情をみせる。そしてそれは女の方に向かって一直線に突き進んでいく。
 女は横っとびでなんとかその球をかわす。背後に進んだ球は部屋の壁にぶつかり、あたりに火の粉をまきちらしながら形を分解させていく。
 現実に引き戻されたウェインがみたのは、警備兵が倒されるのをみてすぐに火の魔法を放っていた、ウェラの姿だった。
「フェルトール様! 私が守りますから、後ろへ下がっていてください!」
「ウェラ、やめなさい。君が魔法を使っては、私がバリアを張ることができない」
「大丈夫です。フェルトール様の手を借りなくても、私がなんとかしますから!!」
 云いながら、ウェラはまた詠唱を始めて手元で火の球を形作っていく。ウェインも声を上げた。
「ウェラ! 魔法を止めるんだ。いったん下がった方がいいよ!!」
「兄さんも後ろにいて! こんなやつら、私の火の魔法で一気に焼き尽くしてやるんだから!!」
 そうして二つ目の球を作り出すと、ウェラは立ち上がろうとする侵入者の女を赤い瞳で見すえる。
「いけっ、『疾風の火炎弾』!!」
 彼女が叫ぶと、再びその手のひらから火炎の球が発射される。さきほどまでどこか余裕のあった侵入者の女の顔に、苦い色が浮かんだ。
「ちっ、これだから魔法はきらいなんだよ!」
 云いながら今度は逆方向に飛んでかわす。地面を転がりながら、しかしよけきれなかった火が彼女のウェーブのかかった髪の先をちりちりと焦がす。
 自分の髪を気にしながら、女はすぐに立ち上がった。
「ああもう! また髪、切りそろえないといけないだろ。――だいたい、子供の出る幕じゃないんだよ。さっさと家に帰って留守番でもしてな!」
 女の言葉に、ウェラが対抗する。
「なによ、こんな卑怯な方法でフェルトール様の命を狙うなんて。あんたたちなんか全員私の火炎であの世にいかせてあげるんだから!!」
 ウェラが両手で印を組み、小さな、しかし早口で呪文を唱える。次に何の魔法を使うのか、ウェインにはすぐにわかった。
 長い柄の魔法武器の先端を再び刃に変えている女の後ろから、もう一人の侵入者――黒髪の女が話しかける。
「ミラ。あの魔法、気をつけた方がいい」
 静かな、確かな声でそう云う女。ウェインはさきほどから、その女のことが気になっていた。
 彼女はどうみても、自分たち兄弟とそれほど歳が離れていない――同い年くらいにしかみえない。
「わかるのか、リースリング」
「いや。でもああした唱え方をする魔法は……」
 リースリング、と呼ばれた黒髪の女が云い終わらないうちに――
 ウェラの詠唱が終わった。
「――魔法の加護を受けた我が腕を通してこの世にのぼりて、我が眼前の全てを地獄の業火で焼く尽くせ…………『冥界のチェイスファイア』!!」
 その瞬間。
 前に開かれたウェラの両手から、紅蓮の火炎がとぐろを巻いて飛び出す!
 巻き込まれたひとつひとつの炎が直後、四方八方に飛び散っていく。すさまじい熱波と光を発しながら、みえない鎖につながれたいくつもの炎が侵入者二人のいる空間全てを飲み込んでいく。それはまさに、エサに飢えた巨大な赤いヘビをみるようだった。
 ねじこむように炎の軍団が暴れ、あるものは壁に、あるものは天井にぶつかる。直後に響くごう音。そして爆風。
「うっ……!」
 ウェインは腕で顔をふさぎながら足をふん張る。こうしなければ、あまりの威力に立っていられないことが彼には分かっていた。
 部屋中をゆらす音と風。いくつもの炎が壁に当たるたび、それは続いた。
 やがて、全てが鳴り止み、静まる。
 部屋が落ち着いたとみるや、ウェインは腕をどけてあたりを見渡す。
 ふつうならあたり一面焼け野原になるくらいの威力を秘めた魔法だ。この「物見の塔」の石造りの壁など、簡単にふき飛んでいるだろう。だがここは魔法結界の張られた特殊な部屋であるため、壁にも天井にも傷はひとつもついていなかった。だからこそ、ウェラも遠慮なく火炎系最上級魔法をこの狭い部屋の中で使ったのだった。
 ただし、威力そのものはなにも変わらない。魔法に襲いかかられた人間は、火炎の牙に焼き尽くされ、なにが起きたのはわからないまま絶命するはずだった。
 手ごたえがあった。自分が魔法を放ったわけではない。だが、いつも自分が妹から受けている魔法だから、それがどれほどの破壊力を秘めたものなのかは、彼自身が――もしかすると使っている本人よりも、よく分かっていた。まともに受ければ、いかにすぐれた戦士であっても大ケガは免れない。
 だが、ウェインの目に映ったのは――
 どうにかして巧みに火の手から逃げおおせた侵入者の姿だった。
 ミラと呼ばれた女は部屋の壁ぎりぎりのところで逃れていた。だが肩や足の一部に焼けた痕が見える。完全にはかわしきれなかったようだった。しかしそれでも、その程度のやけどで済んでいることは、彼女が戦士としてたぐいまれな身体能力と判断力を有していることを裏付けていた。
 ウェインはリースリングを探した。そしてすぐにその姿をみつけた。
 彼女は部屋の入り口の外にいた。あそこなら、魔法で守られた部屋の中で完結する「冥界のチェイスファイア」の炎は及ばない。逃げ方としては最も正しい判断だった。
 しかし、ウェインは彼女の姿をみたとたん、驚きを隠せなかった。
「ちっ。あいつ、子供のくせしてなんて魔法つかいやがんだ。危うく丸こげになるところだったよ!」
 武器を杖がわりにしながら立ち上がるミラ。部屋の入り口にリースリングの姿を認めると、彼女は云った。
「リースリング! やっぱりあたし、魔道師は苦手だよ。バトンタッチ!」
 そう云ってミラがリースリングに代わって入り口の方へ向かう。リースリングは無言のまま、再び部屋に入ってくる。
 ウェインの驚きは、少しずつ疑問に変わっていた。
 ウェラの放った魔法から無事に逃れるためには、部屋から出ればいい。たしかにそうだ。だが、最初に黒髪の女――リースリングがいたところから部屋の入り口までの距離は遠すぎたと、ウェインはみていた。たとえウェラが魔法を放ってからすぐに入り口にかけだしたとしても、部屋から出ることはできなかっただろう。むしろ背に炎を受けることになり、より重傷を負っていたはずだ。だからこそ、ウェインは妹の火炎に手ごたえを感じもしたのだった。
 なのに、リースリングは部屋の外にいた。
「フェルトール様! 私がばんばん火の魔法を撃ってあいつらを部屋から追い出しますから、そのあいだにネイルの魔法兵器を止めて下さい!」
 ウェラが勢い込んで発する言葉に、フェルトールはさとすように云う。
「ウェラ、無茶はやめなさい。このままでは君に害が及んでしまう」
 だが、ウェラはフェルトールの言葉を聞かずに再び「冥界のチェイスファイア」の詠唱に入っていた。ウェインも止めようと横から呼びかける。
「ウェラ! お師匠様のおっしゃるとおりにしよう。ここはいったん魔法を解いて――」
「兄さんはだまってて!」
 妹の剣幕に、ウェインは思わず口を止めてしまう。
 ウェラだって人が死ぬのを見たのははじめてのはずだ。そして、命をかけた戦いも。
 師匠を守ろうと必死になっている妹の姿をみて、ウェインはまだなにもできないでいる自分に対する焦りをおぼえはじめていた。
 自分も何かしたほうがいいのでは。妹の手助けとなる、お師匠様を守るための、何か。
 だがそれは、フェルトール――お師匠様の指示に反することだった。自分たちが精霊を呼び続け、魔法を使い続ける限り、お師匠様はこの場に強固なバリアを張ることができない。それがわかっていたからこそ、ウェインはどうにも動けずにいたのだった。
 侵入者の一人、ミラはすでに部屋の入り口近くに移動している。すぐにでも部屋の外へ逃れられる位置だ。そして――
 リースリングは、いつのまにか右手に小さなナイフを手にしていた。つばのない、細く直線的なナイフ。一見すると、ミラの魔道武器のような特別なものではない、ただの投げナイフにみえる。
 彼女がどういった戦い方をしてくるのか、ウェインには分からないでいた。しなやかな細身の体型。全身黒づくめの体にぴったりあった服が、それをさらにきわだたせているようだった。鎧や帷子(かたびら)を身につけている様子は、ない。
 自分とあまり歳が離れていないだろう彼女の表情には、まるで色が無かった。紫色の瞳には興奮も怒りも、恐れも狂気も読み取れない。ただただそこには『無』が沈んでいる。その点、もう一人の侵入者・ミラとは対照的だった。
 なんだろう――。
 ウェインは、感じていた。
 彼女から受ける、不思議な意志の感覚を。
 生きるか死ぬかの戦いでうわついていた彼の心が、この一点だけは妙に冷静になった。
 最初はよく分からなかった。だが深く考えるうち、それがウェインの頭の中にゆっくりと形作られた。
 静かにこちらへ近づいてくるリースリング。だがウェインは、彼女に対してなぜか恐怖を感じなかった。何か別のものが、彼女からは伝わってくる。
 ミラは違った。自分たちが邪魔だ、殺そう、という意志が明確に感じられた。
 でも彼女には、それがない。
 どうして――?
 その理由を探ろうとウェインは考えをめぐらせる。だが結論を出すには、材料も、時間も足りなかった。
「――魔法の加護を受けた我が腕を通してこの世にのぼりて、我が眼前の全てを地獄の業火で焼く尽くせ…………」
 ウェラが詠唱を終える。再び巻き起こるだろう火炎に渦に、ウェインは前もって足をふん張らせた。
 こちらがわに歩いてきていたリースリング。明らかに、入り口へは逃げられそうにない。
「今度こそ……『冥界のチェイスファイア』!!」
 ウェラが両手を突き出し、魔法の名を呼ぶ。またも、紅蓮の炎が姿を現す。
 赤い大蛇が幾重にも重なってウェラの手のひらからほとばしり、目の前の黒髪の女に襲いかかる!
 離れていてもやけどしかねない熱風と、目をつぶしかねないほどにきらめく赤い光。物見の塔の最上階にある魔法陣の部屋の半分を、灼熱の業火が焼き尽くす。さきほどよりも破壊力が強いように、ウェインには思えた。
 目に見えるもの全てが炎に包まれ、曲がっては伸びる炎の柱が壁にぶつかり、天井を転がる。暴れまわるごう音と、その後に吹き上がる大量の砂煙。
 魔法の結界がはりめぐらされた部屋は、その衝撃を吸収する。まともに使えば物見の塔の最上階は全てふきとんでいるだろう、暴風と衝撃。空間をうずまいた熱波はその場に残り、当然、炎のえじきとなった者を焼き尽くした――
 はずだった。
 魔法が落ち着くのをみはからって、ウェインは顔を隠していた腕を下ろす。そこにみえたのは、入り口の向こうに逃れていたミラ。
 そして――
 部屋の横へ転がった状態で、業火を逃れていたリースリングの姿だった。
 完全に逃れたわけではない。彼女の服にはところどころ焼けた痕がある。だが、ミラのそれに比べれば明らかに傷は少なくてすんでいた。
 いったい、どうやって――?
 そしてふと、ウェインは気がついた。
 リースリングの右手ににぎられていたはずのナイフが、見当たらない。
「えっ――?」
 そう口にしたのは、ウェインではなく、ウェラだった。
 ウェインが妹のほうを振り向く。両手をつきだした状態で、ウェラは自分の腹部をみていた。
 そこには、リースリングの握っていた細く直線的なナイフが、深々と突き刺さっていた。


 
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