死神と女神の狭間 第四章  

1 2 3 4  6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 後


 鉄の壁を前に、アルマダは不適な笑みを浮かべていた。
 荷車に載せて運んできた巨大な魔法兵器。その真価の問われるときがようやくやってきた。
 ネイル軍はすでに鉄の壁と目と鼻の先までやってきていた。多数の歩兵を従え、ガダルカの城への突入準備を整えている。本来城攻めなら、上から弓兵が放つ矢を避けるため、城にあまり近づくことはできない。だがガダルカが絶対の自信をもっている鉄の壁には、弓兵はおろか見張りの兵士すらひとりもたてていない。どのみちネイル軍には破ることはできない、しっぽをまいて帰るだけだと考えているであろうガダルカの王に、今日こそほえづらをかかせてやることができると、アルマダは意気揚々としていた。
「隊長、すべての準備がととのいました!」
 軍の後部で騎馬にまたがりながら(その騎馬は当然金の装飾であふれていた)、伝令の声を聞いたアルマダはおうようにうなずいた。
「よし。もう予定の時間を過ぎているんだな。さっそく魔法石をあのにくたらしい黒い壁にぶちこんでやるんだな!」
「はっ!!」
 伝令が出て行くと、すぐに兵器の周りにいた兵士たちが動き出す。荷車に乗った魔法兵器は重々しい速度で、鉄の壁の正面に向かう。その光景を、アルマダはにたにたした笑みで見送った。
(殺し屋の連中はうまくやってくれただろうな。むしろそっちのほうが心配なんだな。まあ、あのフェルトールとかいうあやしげな術を使う者を始末するだけなんだから、それほど手間がかかることはないはずなんだな。気をつかって地下道からの侵入も手伝ってやったし……)
 フェルトールに関する情報について、アルマダはあいまいなレベルのものしか与えられておらず、彼自身もあまり興味をもっていない。よって彼は自分が依頼した殺害の対象が世界でも指折りの白魔道師であることに気づくこともなかった。
 彼の目の前で、魔法兵器を載せた巨大な荷車が土煙を上げながら動き始める。陣地から酷使されてきた走牛四頭は全身に汗をかき、すでに人間の目から見ても疲労の色が明らかだったが、従者に激しくムチでたたかれることで哀れな彼らはようやくのろのろと歩みを始めていた。
 だがそんな荷車もいったん動き始めると、その速度は徐々に上がっていった。ネイル側からガダルカの城へ向けてわずかに地形が下っているということも手伝って、魔法兵器はみるみる『鉄の壁』に近づいていく。
 衝撃をさけるため、アルマダはかなり後方からその光景をながめる。いよいよ、ネイル軍のサガン進攻にあたり最大の懸案だった憎き壁が崩れ去るのだ。彼は自分の功績が自国でたたえられ、さらなる名誉と恩賞にあずかれるものと根拠もなく確信し、夢想していた。
 開戦前とは思えないほど静かなガダルカの谷。ただ魔法兵器を運ぶ荷車がきしみ、土を削る音だけが響いている。
 その前方には、重々しく谷間に鎮座する『鉄の壁』。ざらつき黒光りする、ガダルカの守護の象徴。
 ガダルカの側に動きはなく、ただその動向をみつめているだけのようだった。
 開戦の合図は、魔法兵器が突撃する瞬間におとずれる。そうだれもが――この戦場を目の当たりにしているだれもが、考えていた。
 そして、ついに――











「なんじゃと!?」
 ノガンが深いしわにまみれたまぶたを大きく開け、驚きの表情を見せる。
 ガダルカの城の三階。迫りくる開戦を前に、ノガンは意外な知らせを受けた。
「それはまことか? では、敵はすでにこのガダルカに侵入しているということか?」
 ふだんから大きな声を出しているノガンがさらに声を大にし、目の前の青年に迫る。
「ということは、魔法兵器の発動をおさえる魔法も使えない、ということか。いやそれより、侵入者がはいりこんだことのほうが心配じゃ。兵の配置をすぐにかえねば――」
 必死に対応策を考えるノガンの前で、ウェインは血にまみれたローブのまま、その場にたたずんでいた。
 物見の塔から妹を背負いながら出たあと、城に向かおうとしたところで巡回の兵士に出会い、彼はここまでやってきたのだった。
 偶然にもその兵士は、いつもウェインがあいさつを交わしていた城の門番だった。出あってすぐ、彼は物見の塔で起きた惨劇をすぐにその兵士に伝えた。だがなにより、ローブやクツ、両手が血に染まった彼の姿と、傷ついた妹の姿それ自体が、よからぬ異変が起きたという明らかなメッセージを伝えていた。
 要領のよいその兵士はすぐさま鉄兵隊隊長のところまで報告にいくとともに、物見の塔にいくらかの兵士と看護人を送った。ウェラもすぐさま救護室に運ばれ、ウェインは兵士のすばやい対応にただ感謝するしかなかった。
 兵士はウェインにも休むよう勧めたが、彼は自分が無傷であることを伝え、そのまま鉄兵隊隊長ノガンのもとに兵士とともにやってきたのだった。
「お前さん、ケガはしておらんのか」
 まだらに赤く染まったウェインの姿をみてノガンが云った言葉を、ウェインは据えた目つきで返した。
「大丈夫です。この血は……僕の血じゃありません」
「そうか」
 それだけ云い、ノガンはウェインを一瞥してからまた考え込む。物見の塔にいた兵士たちのことを考えているのか。ウェインはそう感じた。
 ウェインの体は、疲労困ぱいだった。
 地上二十階からウェラを背負いながら階段を下り、この城まで必死にやってきた。腕も足も張りが強く、もう力が入らない。ふだんの彼からすると、体力的にはすでに限界をこえているはずだった。
 だがいまの彼の精神は、しっかりと地面に根を張り、直立していた。
 ウェインの心は、一点に集中していた。
 ここから――
 この戦場から、ウェラといっしょに生き延びる。ただそのことだけに。
 それがお師匠様の、最後の指示だったから。
 ウェインは空色の瞳を歴戦の勇士ノガンにむける。そのまっすぐな目と、ノガンの淡く暗い緑の瞳がぴたりと合う。
 すぐに、ノガンは彼に訊いた。
「侵入者は何人じゃ? どのようなやつらなのじゃ」
「人数は四人です。特殊な能力をもっていて――魔力のかかった武器や、飛び道具などを扱います。兵士の格好ではありませんでした。その四人に、物見の塔の兵士はみんな、倒されました」
「みんな? たった四人に、物見の塔の兵士がみなやられたというのか」
「僕の見た限りでは……。たぶん、侵入者は城から助けを呼ばれないために、入り口から最上階までの全ての人間を――」
 ウェインは言葉を濁した。彼の胸に、あの凄惨な映像がよみがえってきていた。
 だが彼はそれを押し殺し、云った。
「全ての人間を、ひとりのもれもなく、倒したのだと思います。侵入者たちもそんな会話をしていました」
 ウェインの言葉に、ノガンは納得したように、そしてくやしそうな表情をつくった。
「なるほどな……。物見の塔の警備兵も鉄兵隊と同様、腕のある者たちだったのじゃが……」
 声の調子を沈めるノガン。しかしすぐに、彼は兵士――ウェインの知る気さくな門番に、命令した。
「すぐに鉄兵隊の兵士たちに『犀の配置』に移動せよと呼びかけるのじゃ。伝令の兵を総動員して、いますぐに向かわせるのじゃ。行け!」
「はっ!!」
 すぐに兵士が敬礼して行く。だがそこで、ウェインが口を開いた。
「ノガンさん! あっ……ノガン隊長」
 思わず言い直したウェインだったが、ノガンは反応せずだまっている。それをみて、ウェインは再び云った。
「侵入者は――まだこの城内にとどまっていると思います」
 ウェインの言葉に、ノガンが答える。
「もちろん。そう思うから、侵入者を追うための『犀の配置』をおこなうのじゃ」
「ちがうんです。侵入者は、まだこれで仕事は半分だ、と言っていました。言いながら、急いで塔を脱出して……だから城にとどまって、もう一人だれかを殺そうとしているんじゃないかと思うんです」
 魔道師の青年の言葉を、ノガンはこばむことなく素直に受け入れた。
「だれかを? ふむ……だとすると……」
 ノガンは、ウェインの方へ鋭い視線を向ける。
「お前さんは、だれが殺されるとおもっとる?」
 その視線におびえることなく、ウェインはちゅうちょせず感じたままを答えた。
「――ベル王、だと思います」
 ウェインは云った。はっきりと。
 なぜか、彼の心は落ち着き払っていた。地に、彼の精神はしっかりと立っていた。
 ついさっきまで物見の塔で混乱を極めていた彼の胸の中が、いまでは波もたたず平板に――凪(なぎ)の状態になっていた。
 ウェインは不思議に感じていた。自分の心の中を。
 心臓の鼓動は激しく響いている。だが、いつものひかえめな彼の性格は、どこかに置き去られてしまったかのようだった。
 浮き立つことなく、平静な心で、彼は感じていた。
 目標が定まれば、意志が明確になる、ということを。
「侵入者は、お師匠様――フェルトール様を殺害するために、やってきました。たぶんそれは、魔法兵器をとどこおりなく発動させ、鉄の壁を破るため。万が一鉄の壁が破られたとして、そこから侵入者が四人がかりでさらに殺害する予定があるとすれば――ガダルカで一番重要な対象以外にないと思います」
「もし鉄の壁が破られれば、おそらくベル王は真っ先に裏口から逃げるだろうからのう……。侵入者がどこからやってきたか、わかるか?」
「はい。彼らは地下道から侵入してきたと言っていました。たぶん、ガダルカに古くからある地下の坑道のことだと思います。それをたどって彼らが来たとすれば……」
「うむ。聞いたことがあるぞ。ガダルカには一本だけ、鉄の壁を越えてネイルの側に延びている地下道があると。とっくの昔にふさがってしまっていると聞いておったが、さては……」
 ノガンがたくわえた白ヒゲをなでながら、考えをつめる。そして云った。
「よし、『犀の配置』ではなく、『亀の配置』の準備じゃ。もうネイル軍が魔法兵器をぶつけてくるころじゃ。一刻も早く伝達せい」
「はっ!!」
 ウェインのなじみの門番が敬礼し、飛び出していく。いきざま、門番はウェインの肩をたたいていった。
 はっとし、ウェインは顔を向ける。だがその兵士は、駆け足で三階の廊下を走り去っていた。自分を勇気づけるための気づかいだったと、ウェインは少しして分かった。
 ノガンは、近くにいたもう一人の兵士と会話を始める。その間に、ウェインの胸にはさまざまな色の感情が混ざり合い、うずまいていた。
 物見の塔での出来事が、頭の中で再生される。
 四人の侵入者たちとの遭遇。
 自分と同じくらいの歳の、アメジスト色の目をした女。妙に印象に残った、その冷たく色の無い表情。
 他の三人――長物の魔道武器を持った前衛の女、強力なアンチマジックを操ったエルフの男、筒状の魔道武器でフェルトールの杖を破壊した男。彼らからは、多かれ少なかれ自分たちに対する明確な殺意のようなものが感じられた。他人の命を奪うことにちゅうちょしない。仕事を遂行するのに形は問わない。ある種ドライな思考をもっていたであろう彼らは、確かに傭兵――殺しのプロだった。
 だが、リースリングと呼ばれた女性は彼らとは違っていたと、ウェインは感じていた。具体的にどこが違うのかといわれると、まだ彼の中でもはっきりした形になっていなかった。ただひとつ、彼女には「殺意」がみえなかったと、ウェインは思っていた。
(どうしてだろう。ウェラにも、お師匠様にも、ナイフを投げたのはあの人だったはずなのに……)
(僕がただ、感じ取れていなかっただけなのかも。彼女が無表情だったから、殺意がみえないと思っただけなのかもしれない……)
(でも……)
 物思いに沈んでいるウェインに、兵士との話を終えたノガンが声をかけた。まさか、彼がダグラスの云っていた注意すべき殺しのプロ、『死神』リースリングのことを考えていたことなど、思いもせずに。
「わしはこのまま、ベル王に報告に行く。お前さんはどうする? 妹のところに行ってやったらどうじゃ?」
 ウェインは顔を上げ、決意を込めていった。
「僕も、物見の塔の傷ついた兵士の治療をさせてもらえませんか。いくらか力になれると思います」
「じゃが、もうまもなくネイルの魔法兵器がこの城にぶつかる。そうなれば、城の周りは何が起こるかわからん。こうしている間にも、兵器が『鉄の壁』に衝突するかもしれんの――」
 そこまでノガンが云ったとき――
 二人の近くの窓から、とつぜん閃光が差し込んできた――!










 魔法兵器。
 ネイル軍の魔道師たちが長い時間をかけて魔力を注ぎ込んだ、魔法石。
 黒く巨大なその岩の塊は、荷車に載せられたまま、鉄の壁のすぐそばに置かれた。
 荷車を運んだ走牛らをつないだまま残して兵士らが退避しきったところで、軍に同行している魔道師らが馬から下り、一箇所に集まる。黒いローブを頭まですっぽりとまとった怪しげな一団が円状に集うと、全員が一斉に呪文の詠唱を始める。それが、魔法兵器に封じられた魔力を開放する合図だった。
 総司令官のアルマダが見ている目の前で、魔道師らは囲んだ場所から光の輪を浮かび上がらせる。徐々に空中を上昇していく輝きの輪。周りにいたネイルの兵士らも、そんな開戦直前に似合わぬ不思議な光景をぽかんとながめていた。
 やがてリーダー格である一人の魔道師が印を組んでいた両手を組みかえると、光の輪は急に目にも止まらぬ速さでネイル軍の上を飛んでいく。向かう先は、鉄の壁の手前に設置された、魔法兵器。
 光の輪はそのまま、巨大な魔法石に吸い込まれる。しばらくすると、黒々としていたはずの岩の中央に、赤い光がともる。それはみるみるうちに広がり、やがて魔法石全体が赤色になった。
 兵器を見つめるネイル軍の、ガダルカの兵士らの前で、不吉な赤い光がふくらんでいく。
 そして――
 魔法兵器が、ものすごい轟音と光を放ちながら、爆発した。
 内側からはちきるように、絶大なエネルギーが炸裂する。周囲にあるもの全てを衝撃と灼熱の渦に巻き込む狂気の嵐がふき荒れる。生あるものの命をむしりとり、生無き物体の形を粉々にする。あわれな走牛たちは一瞬の間にその身を灰にされ、痛みに叫ぶこともなく絶命する。骨さえも残らないほど、それは想像を絶する熱波だった。
 そしてその力は『鉄の壁』にも、猛威を振るう。固い鉄のかたまりを高熱の爆風で溶かし、吹き飛ばし、えぐりとる。いかな鉄といえども、極度の熱地獄の前ではその重厚かつ堅固な構造を崩さざるをえない。
 あまりの音響と光量に、その瞬間を見守っていたネイルの兵士らは耳と目をつぶした。遠くでその様子を見下ろしていたベル王はじめガダルカの人間たちですら、予想以上の――これまでにみたことのないくらいすさまじい光のきらめきと音の圧力に、目そむけ、耳をふさいだほどだった。
 衝撃的な爆熱。土煙が舞い上がり、ネイル軍にふきかかる。暴風が、全てのものをふきとばそうと周辺をかけ回る。
 どれほどの時間が過ぎただろうか。
 おそらく一瞬のできごと。だが、この光景を目の当たりにした者たち全員が、実際より長い時の流れを感じた。
 あたりをおおう白い粉。削られ、巻き上がった土が視界をふさぐ。
 魔法兵器のあった場所が、徐々に、徐々に見えてくる。巨大な岩は四方八方に散り、その姿は無い。どころか荷車も、走牛も、生えていた雑草ですら、全てが焼き尽くされ、チリのように消え去っている。代わりに地面には爆発の爪あと――黒く大きな穴があき、その威力の大きさを物語っていた。
 そして――
 鉄の壁。
 鉄の壁は、どうなった――?
 ネイル軍の兵士らが、魔道師らが、アルマダが、目をこらして土煙の奥を見通す。
 見えた。
 そこには――
 魔法兵器の爆撃により溶けて大きく変形した、鉄の壁の姿があった。
 だが。
 彼らの目には、その向こう側に見えるはずだったガダルカの城が、どうしても黒い物体にはばまれて映らなかった。
 壁は、破れていない。




 
前へ TOPへ 次へ