死神と女神の狭間 第四章  

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 壁が、破れていない。
 周辺のだれもが体験したことのないくらい激しく、すさまじい衝撃だったにもかかわらず、『鉄の壁』は多少形を崩しながらもいまだガダルカの谷に鎮座していた。
 砂煙が晴れてその光景がみえてきたとき、ガダルカの王弟・ベルはこれまでにないほど大きな笑い声をあげた。それは抱いていた一抹の不安が霧散した彼の、相手を侮蔑し、あざけるための笑いだった。
「みろ、トゥーレ。なにが秘密兵器だ。われらが『鉄の壁』はびくともしていないではないか。たしかに形をゆがませるだけの威力があったことは認めるが、わが城に攻め入るにはまったく力が足りぬ。やはりきゃつらはその程度のものしか用意できない、ふ抜けた軍隊だったのだ」
 城の最上階のバルコニー。安心しきったベル王の後ろにいたトゥーレは同意してうなずいた。
「おっしゃるとおりです、王弟。ネイル軍の小細工など、しょせんはこの程度なのです。やつらもいかに自分が身の程知らずなのか思い知ったことでしょう」
「そうとも。そもそも『鉄の壁』に正面から挑んでくるという行為じたいが、ばかげているのだ。全く、話にならぬな」
 云いながらも、おそらく心の底では戦々恐々としていたのだと、トゥーレは王の背を見ながら思った。そしてそれは、彼自身にとっても同じことだった。
 トゥーレにとっては、おおかた予想できるネイル軍の動きよりも、開戦直前にやってきたギルのことの方どうしても頭の隅からはなれなかった。なにかを仕かけてくるのではないか。『鉄の壁』を破り、ネイル軍が攻め込んでくるために必要な、なにかを。

 ――せいぜい、まきぞえをくわないように気をつけろよ。

 あの男の云った言葉が、ずっとトゥーレを戸惑わせていた。
 だがそれも思い過ごしだったことが証明された。目の前のネイル軍はもう城へは攻め込んでこれない。谷の上から回り込んでくるとしても、すでに出立したグレイの剣兵隊がおさえてくれるはずだ。あのネズミ――ギルの云った言葉は、相手を威圧するためのものに過ぎなかったのだろう。もう心配することは、なにもないのだ。
 トゥーレは思いをめぐらせた。ネイル軍の魔法兵器。たしかに威力は想像以上に大きかった。彼はガダルカの他の幹部とは違って、魔法についてそれなりの知識と素養があった。その彼からみて、ネイルが用いた巨大な魔法石による爆発は常識外だった。一人の魔道師の力では到底かなわない、数人がかりでもその力をうまくまとめて発動させるのは至難の業だったろうと彼にも容易に想像できた。たとえそれが、大導師フェルトールだったとしても。
 そういえば、フェルトールは何をしているのだろう。魔法石の力の発動を抑制すると云っていたが、本当に抑制されていたのだろうか、と彼が思い至ったとき、ちょうどバルコニーへ使用人がとびこんできた。
「王弟。鉄兵隊のノガン隊長がいらして――」
 彼が云い終わるより先に、後ろからノガンがあわてた様子で入ってきた。一刻の猶予もないといった雰囲気でずかずかと部屋にやってきた彼は、けげんな表情で振り返る王弟とトゥーレを前に、片ひざをついて云った。
「王弟、一大事でございます」
「なんだ、ノガン殿」トゥーレが答えた。「鉄の壁なら破られず、あの通り残っているぞ。そのほかになにか心配するようなことでもあるのか?」
「はっ。フェルトール殿のいる物見の塔に、侵入者が入り込みました」
「何?」
 トゥーレが驚いて聞き返す。ベル王弟も眉をひそめた。
 ノガンは一部始終を二人に向かって手短に話した。ネイルの魔法兵器が発動する前に侵入者がやってきたこと、フェルトールがその侵入者らによって命を奪われたこと、まだ侵入者が城の周りにいるらしいということ。全てを聞き終わると、トゥーレが眉間にしわをよせながら口を開いた。
「……ということは、その者たちがフェルトールの殺害を目的にこのガダルカに侵入したと? いったいどこから入り込んだのだ?」
「フェルトール殿の弟子の話によると、どうやらやつらは地下道からやってきたようです」
「地下道? ――ずっと昔に不要になって閉じた、あの地下道のことか? バカな。あの道の存在を知っている者などほんの限られた人間だけのはずだ。それに地下道はあらゆる方向に複雑に分岐している。案内なしで歩くことはまず不可能だ。本当にその弟子の言っていることは正しいのか?」
「分かりませぬ。じゃがいまはそれよりも、まだガダルカに残っている侵入者を排除することが先決かと」
 ノガンの言葉に、トゥーレは困った顔をみせる。ネイル軍の攻撃を防げたことでようやく安心していたのに、水を差されて彼は不満を抱いていた。ベル王弟も思いは同じだったようで、
「――そちらの対処はノガン隊長にまかせよう。とにかく、いまの話からすると、『鉄の壁』はフェルトール殿の魔力無しでもあの魔法兵器の爆発に耐えていたということになるな。やはりわしの思っていたとおりだ。ガダルカの『鉄の壁』を破ることなどだれにもできん。そのことをネイル軍はまた認識したに違いない。のう、トゥーレ」
「おっしゃるとおりでございます、王弟。これでまたしばらくネイル軍はこのガダルカを攻略しようという気になりますまい」
 まだ開戦したばかりだというのに、もう戦いが終わったかのような空気で王弟と軍師は表情をゆるめていた。その安心しきった態度に、ノガンは憤りをあらわにした。
「王弟! フェルトール殿が殺されたのですぞ。物見の塔の兵士らものきなみ命を落としたと聞いておる。相当な実力者を送り込んできたとみて間違いないですじゃ。もっと危機感をもってくだされ!」
「まあまあノガン殿、落ち着いて」トゥーレが云った。「フェルトール殿が殺されたのは確かに大変なことだ。しかしあの塔とこの城では条件が全く違う。万が一、その者たちが王弟の命を狙っているのだとしても、たった四人でなにができる? 塔にいた兵士らは不意を食らった面もあるだろうが、城の方はすでに備えができている。そうですな、ノガン殿」
「もちろんそうじゃ。じゃが、戦争で一番危険なのは油断じゃ」
 ノガンは「慢心じゃ」と云いかけたのをとっさにすりかえて、続けた。
「侵入してきた者たちがなにを考えているのか、目的がなんなのかまだわかっておらん。侵入者が本当に四人だけなのかもじゃ。それがわかるまでは、決して油断してはならんのじゃ」
「それはたしかにそうだが……とにかく、その四人の侵入者についてはノガン殿に任せよう。報告だけは頼むぞ。――それよりも王弟、フェルトール殿がガダルカで亡くなられたとなると、今後の外交面に支障が出る可能性が……」
 そして王弟と軍師の話は、フェルトールの死に対する国への対応に移っていった。侵入者がガダルカの内部にいることなどまるで他人事のように扱う二人に、ノガンは胸の中で憤慨しながらも、あきらめて再び顔を上げた。
「では、侵入者はこちらのほうで対応しますじゃ。ネイル軍もまだどんな方策をとってくるか分からぬ。王弟も油断なさらぬようお気をつけ下され」
「うむ。侵入者四人ごとき、鉄兵隊ならばけちらすのになんの問題もないだろう。とはいえ、フェルトール殿が殺されたのだから、油断せぬようにな。ことが済めば報告を」
 ノガンは無言でうなずく。あまりの危機感の無さに怒りをわかせつつも、あるていど予想されたの反応だったので、ノガンはいまさら反論もしなかった。
 王弟も軍師も、あきらかに侵入者四人の実力を過小評価していた。物見の塔の兵士らがあらかた殺され、世界三大導師の一人であるフェルトールまでもがあっさりと敗れた。確かに魔法に関する知識は乏しかったし、その力を信じてもいなかった。だがそれでも、ノガンにはたった四人でそれを成し遂げることが容易ならざることだと想像できた。
 なにより、フェルトールの弟子――ウェインのただならない様子が、圧倒的な力に触れた青年の目が、侵入者の能力の高さをノガンに確信させた。
 ノガンは王弟のいる最上階の部屋に背を向け、入ってきたときと同様にずかずかと歩いていく。さきほどから全身を襲うしびれるような感覚に身を震わせながら。
 戦士としての直感。何かが起こるという予感が、彼にしきりに呼びかけていた。
 もし、地下道を案内したのが、ガダルカの内部の人間であるとしたら。次に王弟の命を侵入者が狙うにあたり、城への侵入経路や警備体制についての情報も、与えていたのではないか。城に剣兵隊がおらず、警備は半減し全ての通路に兵士がいきわたっていない現状が、知られてしまっているのではないか。
 ガダルカの城を、フェルトールの命を奪った四人の侵入者に切り裂かれるわけにはいかない。
 ノガンは心を決めた。彼は近くの兵士を呼んで云った。
「城の上階から用意していた白煙をあげるのじゃ。すぐにやれ」
 戦いの前に剣兵隊のグレイと話していた緊急用の知らせを、ノガンは使った。
 よほどのことが無い限り、使うまいと決めていた。だが彼の直感は、ガダルカにゆっくりと忍び寄る危機を告げていた。
 鉄兵隊の隊員がつけている重厚な鎧を身にまとい、老兵は高齢ながら現場に立ち続ける兵士特有の武骨な表情で、目の前に迫る脅威に立ち向かっていった。










 白い煙をガダルカの谷の上からみつけたのは、それからまもなくのことだった。
 見晴らしのよい樹林の切れ間で、グレイの率いる剣兵隊は魔法兵器が『鉄の壁』に衝突する瞬間をみつめていた。
 距離があったため衝撃を直接受けることはなかったものの、逆に全体をながめることができたことで、その威力のすさまじさを最も正確に感じることができていた。そして、『鉄の壁』の頑丈さも。
 壁が崩れなかったことで、「自分たちが城をはなれている間に敵軍に本拠地を攻め込まれる」という懸案もなくなった。副官のオーイエルがグレイと同様に谷を見下ろしながら云う。
「壁は、崩れませんでしたね」
 グレイはそれを無言で受ける。後ろにいたラッシュが声を上げた。
「隊長、これでもう心配することはなくなったっすね。一気にネイル軍の陣地に攻め込みましょう!」
 だが、意気揚々としている彼とはちがい、グレイとオーイエルはなにも云わないまま思いにふけっている。あまりの態度の差にラッシュは思わず声を小さくする。
「……ど、どうかしたっすか?」
 たずねるラッシュをよそに、オーイエルはグレイに向かって云う。
「――フェルトール殿の魔法は、効いていたのでしょうか」
 グレイは真剣な――いつもよりさらに真剣な顔で、首を振った。
「いや。あの魔道師は『魔法の発動を抑える』と云っていた。だが魔法兵器はああして発動している。言葉どおりに受け取るなら、あれで効いていたようには見えない。威力を多少抑えるという意味だったのかもしれないが、どうだろうな」
 そうしてまた考え込む二人に、ラッシュはしびれを切らして云った。
「隊長! なにを気にしてるんすか。どっちにしろ、結果的に『鉄の壁』は破れなかったんだから、ネイル軍のやつらが城に攻め込んでくることもないっすよ。もう心配することはないでしょう? だったらすぐにやつらの本拠地を攻撃してやりましょうよ!」
 気が盛るラッシュ。だがどこか煮え切らない表情のグレイとオーイエル。
 三人の目に、遠くガダルカの城から、なにやら動くものがみえた。
 それは徐々に長さをともなって、空へどんどんと立ちのぼっていく。ゆらゆらとゆれる、白い煙。ガダルカの上階から、城の兵士がたちのぼらせている、連絡用の色煙。
 それが意味するところを、三人ともすぐに把握した。城に残った鉄兵隊隊長ノガンと打ち合わせていた、緊急用の連絡。城に危機がせまったときの知らせ。
 どうしても、という状況でなければ、ノガンはそのような知らせをよこさない。ラッシュはがんこな老人の性格を知っていた。鉄兵隊として、城の絶対的な守護を任されている男が、やすやすと他人に助けを求めるようなことはしない。たとえ『鉄の壁』が破れていたとしても、それは推測されたことであったから、彼だけで対応したはずだ。もし彼が煙を上げるとすれば、それはガダルカの城が彼のプライドを抑えるだけの想定外の危険に陥っているということだ。
 煙を発見したとき、グレイの表情が一瞬固くなった。しかし彼はすぐに小さくうなずき、顔つきをゆるめた。自分の中での疑問が解消されたような、なにかに納得したような印象を、ラッシュは受けた。
「伝令! 伝令ーー!!」
 と、そこへ。
 隊の先で偵察をおこなっていた兵士が、彼らの元へ急いでやってきた。どうした、とオーイエルが尋ねると、その兵士はあわてた調子で答えた。
「陣地に残っていたネイル軍が、こちらの方に向かってきています!」
「なに?」
 オーイエルとラッシュがおどろきながら、ほぼ同時に云う。オーイエルはさらに云った。
「こちらの動きが察知されていたということか?」
「わかりませんが、この先にある樹林帯ですでにこちらに向かうネイル軍を確認しました。動き始めたのは、おそらく相当前だと思われます」
 オーイエルがグレイに視線を投げる。彼はあいかわらず表情を変えないまま、なにか得たように鋭い目つきで云った。
「……距離からして、おそらくこちらがガダルカの城を出発してまもないころから動き出さなくては間に合わない。ネイル軍の偵察がこちらの動きを察知してから報告にいったとしても、半日はかかるな」
「ということは、私たちがガダルカを出発することを、相手は事前に知っていたと?」オーイエルの言葉に、ラッシュはあぜんとした。
「そんな……。ってことは、ネイル軍のだれかが、以前からガダルカの城に侵入していたってことっすか?」
「あるいは、情報をもらしていた者がガダルカの側にいた、ということだ」
 グレイは云うと、全て納得できたというように、すぐに判断を下した。
「オーイエル。すまないが、やってくるネイル軍の相手を頼む。俺はラッシュと第一軍だけをつれて、城に戻る」
 グレイの命令に、ラッシュはさらに驚いた。だが、オーイエルは平然とそれを受ける。
「お任せ下さい。こちらも戦いが終われば、すぐに城へ兵をやるようにします」
「その必要はない。城の警備を固めるのに、第一軍があれば十分なはずだ。お前はこちらにかまわず、そのままネイル軍の陣地を突いてくれ。小細工のひとつやふたつ、しかけてくるかもしれん。注意しろ」
「承知しました」
 冷静な顔でオーイエルは答えると、ラッシュの方を向いた。
「ラッシュ、頼むぞ」
「え? ――は、はい。わかりました……!」
「どうした。なにか疑問でもあるのか」
「いえ、なにも。すぐに城へ戻ります!!」
 ラッシュは戸惑いをとっさの大きな声でごまかし、やる気たっぷりといったいつもの彼の姿勢をみせた。
 みせながらも、彼はグレイの判断に面を食らっていた。これだけの大軍の指揮をあっさりと放棄し、自分が少数の軍をつれて城に戻ることに――もちろん、王弟の命令を無視して。
 ラッシュは若いながら、これまで幾多の戦場を経験し、いくつかの隊を渡り歩いてきた。だが、これほど自分から最前線に出っ張る指揮官はみたことがなかった。
 指揮官が倒れれば、軍は総崩れとなる。だからたいていの者は軍の最も安全な場所から、全軍に命令を下す。もちろんそれが、指揮官の役割だからだ。しかしグレイ隊長は、常に自分から前へ行き、前線で指揮を取る。そればかりか、本来なら部下にやらせるべき小さな物事でも、自分から積極的に動く。それはある意味で兵士のかがみと見ることもできたが、一方で軍の指揮官がいつも一兵卒のように自分の命をさらして行動することは、非常な危うさをともなっているともいえた。
 今回にしても、本来の目的であるネイル軍の陣地の壊滅を副隊長のオーイエルに任せ、自分は何が起きているかわからない――おそらく危険が待っているガダルカの城へほぼ単身向かっていくというのは、およそ指揮官の行動とはいいがたい。誤っているとさえ、云う人はいるかもしれない。
 だがラッシュは、それこそがグレイ隊長の魅力であり、力であると信じていた。
(あのがんこなノガン隊長が助けを求めるくらいなんだ。グレイ隊長じゃないと手に負えないような、よっぽどのことが起きているんだろ。俺たちが行ってなんとかしないと……)
 自分の力をみせるときだといきまくラッシュをよそに、グレイはオーイエルに云った。
「もう行く。すまないが、あとは頼む」
「わかりました。――なにかいやな予感がします、くれぐれも、お気をつけて」
「根拠のない予感は、士気を下げるだけだ。あまりよけいなことは考えるな」
「すみません……。こちらの方は心配なさらずに。ガダルカを、よろしくお願いします」
「無論」
 グレイは馬を歩かせ、ラッシュの横についた。
「行くぞ、ラッシュ。ここから全速力だ。馬がばてても気にせず全力で走りこめ。たぶん、お前の馬が一番速いだろう。気にせず、城に一番に乗り込んですぐに状況をつかめ」
「もちろんっす。ネイル軍がいたらかたっぱしから切り倒してやるっすよ」
「血気にはやるのはいいが、目的を見失うな――よし、出発だ」
 云ってすぐ、グレイは馬の腹をけりつけ、初めから全力で走らせる。負けじと、ラッシュも後ろから続いた。
 ノガンの助けに、間に合うのか――。
 グレイとラッシュ、そして少数精鋭の第一軍は、剣兵隊から抜け出し、一路ガダルカの城へ土煙をあげながら戻っていった。










 ノガンも、グレイも、ネイル軍の予想外の攻勢に、ガダルカの危機を感じていた。『鉄の壁』は破られていない。そのことも一種の「おとり」だったのではないか。そう考え、それぞれで対応に追われていた。
 だが、『鉄の壁』が破れなかったことになにより驚愕していたのは、ほかでもない、ネイル軍総司令官アルマダだった。
 すさまじいばかりの爆発の衝撃のあと、煙が晴れた向こう側の景色をみて、彼は絶望した。
 たしかにダメージは与えた。だがそれは、ネイル軍がガダルカに突撃できるほどのものではなかった。ただ、壁の一部が奇妙なオブジェをかたどるかのように変形しただけだ。
 しばらく声も出せないまま、アルマダはきらめく金の馬にまたがり、自分の想像と違った光景にぼうぜんとしていた。これは本当に現実のことなのだろうか? あれだけの爆撃で、どうして壁が破れない?
 周りの兵士らもどうすればいいのかわからないといった表情で、司令官であるアルマダの方を見上げる。だがそれは、彼とて同じだった。
 必ず破れる、といった大前提のもと軍を編成しただけに、これでは出鼻をくじかれるどころか、全ての予定がくだかれたも同然だった。
「ど、どういうことなんだな……」
 ふるえた声をはくだけで、彼には精一杯だった。どうしてうまくいかなかったのか、思いをめぐらす。軍司令官としての才知が欠如していた彼が第二案など用意しているはずもなく、ただ思考は犯人探しの方へ向いていた。
「あの……あの殺し屋どもは、ちゃんとやってくれたんだろうな? もしかして、魔法兵器の力がおさえられたまま発動したんじゃ……そうか……そうなのだな。そうでなければ、『鉄の壁』が破れないはずがないんだな……」
 あえぐアルマダは、他人にことの原因を求めようとした。だがそれで、現実のなにが変わるわけでもなかった。
 部下の兵士が、アルマダの指示を求めようと話しかける。
「あ、アルマダさま……そのう、いかがいたしましょうか……」
 いかにもなさけない様子で云う兵士に、アルマダは頭の中の混乱をひたすら隠すようにして云った。
「どうもこうも……と、とにかく、あの崩れかかったところからなんとかしてガダルカの城へ侵入するんだな! はしごでも、手かぎでも、あるものはなんでも使って壁をのぼるんだな!!」
「そんな……壁の形は多少変わりましたが、とてものぼれるほどでは……」
「いいから、やるんだな!」
「は、はっ……!」
 アルマダの剣幕におされ、兵士はろうばいしながらも指示をまわしに馬を走らせた。アルマダも、いますぐこの場から逃げてしまい衝動をなんとかおさえ、魔法兵器を発動させた魔道師らのいるところまで馬を進めた。今度は、彼らに責任を追及するつもりで。
 彼が金の飾りだらけになった馬をとめる。目の前には、頭まですっぽりローブをかぶった五人の魔道師らがいた。彼らは輪をつくったまま、じっと鉄の壁の様子をながめている。アルマダは馬の上からその怪しい一団の中の、リーダー格である魔道師に向かって云った。
「お前たち、魔法兵器は正常に発動したんだな? でもみてのとおり、破れていないぞ。いったいどうするつもりなんだな!」
 わざとらしく強い口調で云うアルマダ。リーダー格の魔道師は、しばらくだまりこんだ様子をみせた。
 ――だが。
「…………ハハッ」
 突然そこから、この場に似つかわしくない小さく、軽い声が、魔道師の口から発せられた。
「ハハッ……ハハハハッ……アハハハハハッ!!」
 とつぜん発作が起きたように、腹をおさえて笑い始める魔道師。その声は、どう聞いても大人の――男性でも、女性でも――声ではなかった。
 それは耳にキンキン響くような、高く軽い声色。アルマダにはその声が、ただでさえささくれた心をさらにかきむしるようで、不快だった。
「なにがおかしいんだな! 『鉄の壁を破れる』と言ったのはお前だろう! どうやって責任をとるつもりなんだな!!」
 アルマダの言葉に、魔道師は笑いをひきずりながら答えた。
「ハハッ……ボクは一度も『鉄の壁を破れる』なんて、言ったおぼえはありませんよ。ただ、『おもしろいものがみられる』と言っただけです……」
 そう云うなり、彼は仕事が一段落したとでもいうように、さっと頭にかかっていたフードを取り払う。
 そこに見えたのは、まだあどけない表情の残る、幼い少年の顔だった。




 
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