死神と女神の狭間 第四章  

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 ガダルカの城は国境を守ることを目的としていたため、敵国の兵士が侵入しにくい構造につくられている。そのひとつが、ところどころに設けられた細い通路、通称『溝』だった。
 城の廊下はふつう、何人もの人間が横並びに歩けるほど幅が広くなっている。ガダルカのような大きな城であれば、なおさらだ。しかしこの城の廊下は、ひと一人がやっと通れるほどの幅に狭まって、くびれたようになっている箇所がいくつもある。ふだんの利用には不便な形。だがそれこそが、城を守護する鉄兵隊のためにつくられた防衛線だった。
 鉄兵隊は全身を鋼鉄の鎧や盾、かぶと等で固めた重装歩兵。剣や槍で打突するにもどこを狙えばいいのかわからないほど、その守備力は高い。だがそれゆえに、機敏さに関しては見劣りする部分があった。
 鉄兵隊に所属する者はサガン国の兵士の中でも特にきたえられた優秀な者ばかりであり、一般的な兵士が音を上げるような重い装備をまとっても剣をもって戦えるだけの身体能力を有している。とはいえ、軽武装で突撃してくる敵兵に比べれば、身のこなし――特に敏捷力、足の速さにおいて不利であることは否めない。よってまともに対峙すれば負けることは無くても、わきをすりぬけられればそれを追うことは困難だった。
 その懸念を、『溝』は解消してくれる。
 廊下の幅が急に狭まる箇所。そこに鉄兵隊の兵士を配置しておけば、容易に通行はできない。わきを抜けられる可能性もぐんと減る。城の中にこうした『関所』を設けることが、鉄兵隊が機能する、最高の形だった。
 兵士の配置変えをすませたノガンは、その『溝』の前で仁王立ちになりながら、じっと目の前の廊下を厳しい目でみすえていた。
 もう五十を過ぎる、戦士としては高齢の彼も、他の鉄兵隊と装備は全く変わらない。違いがあるとすれば、防具にそうとうな年季が入っていることくらいだ。角のとれた肩あてや、あごひもが変色したかぶと、部分的にサビがみえるすねあて等々。物の手入れはよくする彼であったため、戦闘に耐えうるだけの機能は当然備えている。ただそうした戦歴を感じさせる防具のひとつひとつが、もはや彼の体の一部であり、彼という人間を表していた。
「隊長、ここはわれわれが守ります。王の間の方へ」
 伝令を終えた鉄兵隊のひとりがノガンに進言する。だが彼は動くことなく、
「わしはここでいいわい。前線に立っていた方が、指揮がとりやすいんじゃ」
「しかし……」
「つべこべいわんと、お前は持ち場に戻っとれ。なにかあればすぐに報告するんじゃぞ」
「わかりました」
 兵士が重い鎧のこすれる音を鳴らしながら、全身鋼鉄だらけの重装備にしては軽々しく走っていく。鉄兵隊はいつもノガンによってきつくしごかれ、きたえあげられているため、もはや当然のようになっているが、並の兵士なら走ることはおろか、歩くのさえ困難なはずだった。
 ノガンは城の三階に、他の四名の隊員とともにいた。王の間に至るには必ず通らなければならない、城の要所というべき場所に陣取り、侵入者を待ち構えている。
「ノガン隊長」
 兵士の一人が話しかける。ノガンは何かをにらみつけているかのような、しわのよった目つきでその兵士の方を見た。
「なんじゃい」
「侵入者は四人と聞きましたが――どのようなやつらなのでしょう」
 訊かれ、ノガンは眉間にしわをよせる。魔道師の青年から聞いた話を思い出しながら、彼は答えた。
「男二人、女二人。男のうちひとりはエルフじゃ。なにやら奇妙な武器を使うらしいから、お前らも用心せい。それにそもそも、相手は四人とは限らん」
「ほかにも侵入者がいる、ということですか」
「いくら闘いに自信があるといっても、この城にたった四人で攻め込んでくるとは考えにくい。ほかにも敵がいるかもしれんぞ。とにかく、お前さんらはこの通路を破られんようにだけ気をつけるのじゃ」
「承知しました!」
 兵士の答えに、ノガンはうなずきながら再び通路のむこうがわへ視線をなげる。
 だれもいない通路。その光景を老いた瞳に映しながら、ノガンは考えていた。
(――そうなのじゃ。物見の塔のように正面きって攻めてくるなら、対処はしやすい。いかに腕がよくとも、たった四人じゃ。わしの鉄兵隊が破れるはずがない。じゃが、他にも兵を伏せていたとしたら――)
(いや。それとしても、やはりこの守備は破れまい。この城は、鉄の壁ができる前に幾度もネイル国の攻撃にあいながら、それでも決して崩されたことのない城なのじゃ。たとえ敵兵が百や二百やってきたとしても、こうして要所要所にある『溝』をおさえれば、突破される可能性は限りなく低い――)
(じゃが――)
 ノガンはますますけわしい顔になりながら、考えにふける。
(わしの予想では、やつらも――侵入者らも、そのことは十分わかっているような気がする。だからこそ、城へは滅多なことではやってこないと思っておるのじゃが……)
(なにか引っかかる。なにか――)
(――鉄の壁。そうじゃ、鉄の壁じゃ。やつらにとって、鉄の壁が破れなかったことは想定外のことじゃったろう。おそらく魔法兵器を正常に発動させるために、やつらはフェルトールを殺害しにきたのじゃから――)
(やつらの予定では、鉄の壁が破れてネイルの兵がなだれこんできた混乱に乗じて王弟を殺害するつもりじゃったとしたら――)
(なら、鉄の壁が破れなかったいま、やつらは王弟の殺害をあきらめた? ――あるいはそうかもしれん。じゃが、わしらとしてはつねに最悪のケースを想定しておかねばならん)
 彼はそのための対策をすでにうっていた。城中に散らばっている兵士を『亀の配置』に。
(侵入者らがやってくれば、少しは戸惑うじゃろう。それも狙いのうちじゃが……)
(グレイらを呼び戻すためののろしもあげてある。剣兵隊が戻ってくれば万全じゃ。しかし……)
(ええい、なんなんじゃ。どれだけ考えても嫌な予感がおさまらん)
 ノガンはいらいらしたように足をふみならす。それは周りの兵士からは、侵入者がなかなか来ないことへのいらだちにみえただろう。だが実際は、戦いを前にして気持ちが落ち着かない自分に対するいらだちからきていた。
 これまで数え切れないほどの戦場を生き抜いてきた戦士としての本能が、彼に言い知れぬ危険を告げていた。
 四人の侵入者。物見の塔の兵士らを短時間で壊滅させた者。世界的な大魔道師であるフェルトールを殺害した者。
 それがいったい、どんな人物であるのか。
 あるいは――










 城の入り口はいくつかある。ガダルカの住民が利用する正門、ネイル国に向いた東門、ウェインらがいつも使っていた南門等。それらの中からリースリングが選んだのは、正門のわきにある、一般人の出入りが制限されている通用口だった。
 建物の陰をうまく利用しながら近づき、門番を投げナイフで手際よく始末した彼女は、細い入り口へすばやく体をすべりこませた。
 頭の中に記憶していた地図どおり、彼女は城の中を音も立てず慎重に進んでいく。常駐する兵士がいない箇所を選びながら、ひとつ、またひとつと区画をクリアする。
 だが、城の一階にはあきらかな違和感があった。
 リースリングは予定通り通路を進んでいく。スムーズすぎるくらいに、次々と。途中で城の人間にあうこともなく、彼女はあっさりと二階への階段までたどり着いてしまっていた。
 あまりにがらんとしている。人のいる気配がない。彼女は無表情を装いながら、周りの音に耳をすませつつ階段――敵に発見される可能性の高い箇所を一気にのぼっていく。
 二階についた彼女は、迷うことなく通路を進んでいく。だがそこも、一階と同様だった。人のいる気配がまるで無く、どれだけ進んでも身を隠す必要にせまられることがなかった。『溝』の存在は彼女も把握しており、そのいくつかをすでに通過したが、どこにも鉄兵隊が配置されていない。三階への階段をのぼる直前にようやく廊下を巡回している二名の兵士に出くわしたが、彼女は簡単に物陰に隠れてやり過ごすことができた。
 またもあっさり階段までたどりついた彼女は、そこではじめて足を止めた。あまりに簡単にここまでやってこれたことに疑問を抱いたのか、彼女は階段の上をみあげながら、なにかしらを考えているようなしぐさをみせる。だがそれもつかのまで、すぐに彼女は階段に足をかけた。
 問題はここからだった。三階から王の間のある五階までは通路の数が少なく、どうやりくりしても鉄兵隊と会わずにその先へ行くことは困難だった。
 それでも、鉄兵隊だけでは城の守備に穴ができることを、リースリングはモスカートから知らされていた。そこで彼女なりに兵士の数がうすくなりそうなところを判断し、そこを狙って潜入ルートを構成していた。この三階への階段も、ふだんはほとんど使われることのない裏口の階段だった。
 だが、一・二階の兵士が少なすぎたことで、彼女の動きはより慎重になっていた。
(侵入者は戸惑うかもしれん。一階と二階にいるはずの鉄兵隊がいないのじゃからな)
(『亀の配置』――下階の守備を捨て、三階より上階を徹底的に固める。王の間を守るための、最終的な守備配置じゃ)
 リースリングは階段をのぼる。黒い影のように、ひたすら、まっすぐに。
 階段の上では、全身を鎧で固めた鉄兵が待っていた。城に侵入してからはじめての、正面きった遭遇だった。
(三階へのぼる階段は三箇所しかない。本来なら最も細い裏口の階段には兵を置けないのじゃが、亀の配置ならその全てに兵を割くことができるのじゃ。剣兵隊のいないいまの状況では、これが最も完全な守備体制じゃろう)
 リースリングは長い階段を息も切らさず駆け上がりながら、立ちふさがる鉄兵を発見する。直後、鉄兵の方も下からやってくる侵入者を確認した。ノガンの狙い通り、彼女の動きは三階に入ったところで把握されたのだった。
 だが、リースリングももう、逃げも隠れもしなかった。
「伝令ーー! 侵入者アリ!! 侵入者――うっ」
 兵士が大声を上げて周りの鉄兵隊に知らせる。しかし、すぐにそれは打ち切られる。
 いつのまにか、リースリングは悪魔の右腕をしなやかにふりあげていた。
 彼女が投げ放ったナイフ。ふつうなら投げナイフなど、全身防備の兵士――鉄兵の装甲にはとても通用しないはずだった。だが彼女の狙いすました正確無比のナイフは、兵士の体と肩の装具の間にあるわずかなすきまをぬって、右の脇につき刺さっていた。
 とつぜんの痛みに驚いた兵士は一気に混乱状態に陥る。そこを、リースリングは見逃さない。
 刺さったナイフを兵士がどうにかしようとする間に、彼女は一気に兵士との距離をつめる。あわてて剣を抜こうとする兵士よりも先に、彼女はいつのまにか右手にもっていた短剣を、今度は頭全体を覆うかぶとと鎧のすきま――首めがけて下から斜め上に突き刺す。
 黒い影のような侵入者の手にしたするどい刃が、鉄兵の首に深々と入り込む。
 「ぐ……」という声にならない声を発し、鉄兵のひざが折れる。彼はなんら抵抗もできず、ただ他の兵士へ侵入者の存在を知らせただけで、そのまま倒れ絶命した。廊下に、重々しい金属音の落ちる音がひびく。
 絶対的な守備力を誇るはずの鉄兵が、彼女のたった二撃で致命傷を負って倒れた。おそらくノガンがそのあざやかな手口をみていたら、驚愕しただろう。人間が着る防具の弱点である関節部分の継ぎ目や裏側を、正確に、無駄なく突く。もちろん鉄兵隊の防具はその弱点を限りなく小さく設計してあるはずだったが、リースリングはそれをものともせず、あっというまに一人を始末したのだった。
 彼女はその兵士にもはや見向きもせず、冷えきったアメジストの瞳を三階の廊下の先に向ける。近づく足音。がしゃがしゃという重い金属音が、鉄兵であることをあらわしていた。
 彼女は細い視線を、自分の行く先に向ける。これから血と死体で埋められるはずの戦場を、眺望(ちょうぼう)するように。そこには生死をかけることへの緊張も、戦いへの興奮もみえない。ただいつもの冷徹な――作業を淡々とこなしているだけというような静かな表情があるだけだった。
 彼女は前へ一歩足を踏み出す。ダグラスがノガンに伝えていた死神が、いままさに鉄兵隊に襲いかかろうとしていた。










 侵入者あり、の声は、三階にいたウェインの耳にも届いていた。
 ノガンに、自分も手伝いたい、負傷者の手当てならできると伝えてから、彼は物見の塔にいちど戻ろうと考えていた。もしかしたら、一命を取りとめている人がいるかもしれないと。だがノガンは、物見の塔のけが人は城の兵士らに任せ、ウェインは城に残って侵入者に備えてほしい、とウェインに伝えた。いまのところ、侵入者の顔や特徴を知っているのは、彼以外にいないからだった。
 とはいえ、鉄の壁が破られなかった今、もし侵入者が四人しかいなければ、城にやってくる可能性は低いだろうというのが、ノガンの考えだった。ウェインもそう思ったし、心の片隅では、物見の塔の凄惨な光景をつくりだした破壊的な戦闘力をもつ四人とまた会うことに対し、多少の恐怖心もあった。城には来てほしくない、というのが、彼の率直な気持ちだった。
 フェルトールが殺されたことに対する復讐心も、ないわけではなかった。だが彼の心には、師匠が最後に残した言葉がずっと響いていた。

「敵か味方かを決めるのは立場ではない。その人の『思いかた』なのだ。それを忘れずに」

 思いかた。
 敵味方の区別が立場であるなら、フェルトールを殺めた侵入者たちは敵で、ノガンをはじめガダルカの城の人々は味方であるはずだ。だがそうでないとするなら――
 侵入者たちと自分たちとが、思いかたひとつで、敵対しない関係にもなる、ということ。
 現時点でそれはありえなかった。物見の塔でおびただしい数の死傷者をつくり、フェルトールを殺し、いままた王弟の命を狙っているかもしれない彼らが『敵』でなくて、なんなのか。ウェインにはまだ理解できないでいた。
 しかしひとつだけ、彼には引っかかっていることがあった。
 リースリング。
 物見の塔で出会ってから、彼女だけが他の侵入者と違う雰囲気をもっていたことが、彼にはずっと気になっていた。
 最大の違いは、敵意の差だった。他の三人にはあった敵意が、彼女からはなぜか感じられなかった。師匠の言葉の答えが実はそこにあるのかもしれないと、ウェインはどうしても考えずにはいられなかった。
「さっきの爆発、すごかったよな。さすがにあれはだめかと思ったよ」
 いっしょに廊下を歩いていたなじみの門番兵が、ウェインに話しかけてきた。彼はノガンに命じられた伝令をひととおりすませたあと、ウェインの案内をかってでたのだった。知らない人間ばかりで、しかも戦争中という極度の緊張状態の中で、多少でも話しやすい人がいることに、ウェインは心のほぐれる思いがするとともに、兵士の配慮に感謝していた。
「俺は魔法のことはわからないんだけど、魔法使いならあれだけの爆発を起こすことも簡単にできるのか?」
 気兼ねなく話す兵士に、ウェインもふけっていた思いから抜け出し、快く答えた。
「いくら魔法使いでも、あれだけの威力をもつ爆発は、扱えません。師匠がおっしゃっていたのですが、おそらく何人かの魔道師の魔力を魔法石に蓄積して、それをいちどに爆発させているのだろうと。それでも、それだけの魔力を起動させるのは、特に優秀な魔道師でないと無理だそうです」
「てことは、ネイルのほうにもそれだけの魔法使いがいるってことか。う〜ん、ガダルカにもそろそろ魔法使いを入れた方がいいのかもな。でも鉄の壁が結局崩れなかったんじゃ、だれも動かないか」
 そういえば、あの巨大な魔法兵器を発動させた魔道師は結局だれだったのだろう、とウェインは思った。
 師匠の話では、相当な実力をもった魔道師であると――かなり名のある者でも不思議ではないということだった。だが、魔道師としての名声が高ければ高いほど、ミコールにもその情報は届きやすい。ネイル国にいる有名な魔道師は扱っている魔法の分野が全く異なっている上、みな老齢で、戦争の最前線に立てるような者はみあたらなかった。よってだれが魔法兵器の使用を発案し、その戦争への利用に力を貸したのか。その点だけが、疑問としていまだに彼の中に残っているのだった。
 表の世界に出てこない、闇の中で魔道を学んだ者が、ネイルに裏で協力しているのか。
 そんな想像をウェインがかきたてているところへ、やや離れた廊下の方から、さしせまった声が響いてきた。
「伝令ーー! 侵入者アリ!! 侵入者――うっ」
「――侵入者?」
 隣の兵士がおもわず声をあげる。
 緊張が、一気に高まった。
 廊下の先から、侵入者がやってくる――。
 兵士は腰にさした剣の柄に右手をおく。ウェインも、廊下の先にある角を凝視した。
 黒い影がやってくる、廊下の先を。




 
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